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Zero[外伝]  作者: 山名シン
14/16

最後の海最初の海

酸特有の甘酸っぱい匂いが嗅覚を鈍らせる。

さらに、背中の傷も相まってとても戦えるとは思えない。

口の中は何故か明るかった。

風景と擬態化出来る能力があるからか、それとも他に理由があるのかは知らないが、とにかく今目の前にいる男に膝まずき見上げている。

「陸の王者よ。貴様名は何と言う?」

「……なら、お前から名乗るべきだろう?」

「フフ。あぁ、そうだな。悪かった。わしはネプチューン。クールとヒールを結ぶ[カリフリーマル]を支配する海の王者じゃ。」

誇らしげに語り、そして目を瞑り集中すると頭上に銀色の紋章が現れた。

ユピテルと同様、頭光の輝きを放ち大理石のような存在感を醸し出している。

ただ違うのは、形だ。

その形は、十字架を二つ重ねたような形をしていた。

星形にも似たその紋章は、陸の紋章とは違う偉容な感じがある。

「フフ。初めて見るか?そうじゃろうなぁ。お前はまだ、[神の審判]を受けておらんのじゃから。」

「神の審判?何だ?」

「そいつは教えられん。来るべき時が来るまで待て。それしか言えん。」

総督が体力を奪われているのは、何も背中の傷や甘酸っぱい匂いのせいばかりではない。

今いるここはリヴァイアサンの口の中。

リヴァイアサンは、体は蛇だ。

それも巨大な蛇で、頭の先から尻尾の先まで全て胃酸が敷き詰められている。

胃酸で徐々に体が溶けていき体力を奪っていくのだ。

「ほれ。名乗ってやった。貴様の名を教えてはくれんか?」

頭が痛い。視界がぼやけてくる。吐き気がする。体が痺れてきた。

「………剣山……総督だ…………」

肩で息をしながらネプチューンに言った。

もはや自己紹介にはほど遠い最低限の情報だけを言った。

それでもネプチューンにとっては充分だった。

名前というのは本来戦闘に置いて二の次に必要なもので、身内意外に知らせる必要は余程でない限りあり得ない。

「……フフ。そうか。総督と名乗るのか。では、総督よ、一つ聞こう。貴様は何故王者を狙う?余程の理由(わけ)があると見える。」

「……理由(わけ)……はねぇ……ただ……強さが欲しい…… 皆を守れる強さが」

総督はそれだけ言うと、倒れるように横たわったがネプチューンによって阻止された。胃酸の水を操り、総督を無理矢理立たせた。

「強さ……か。まだまだ若い。かつてのインドラのようにギラギラしていて熱い、が、弱い。インドラと違ってな。純粋な肉弾戦ならお前に敵う者はもうこの世におらんじゃろう。だが、今こうして倒れ伏しておるのは、総督よ、貴様だな……」

目の色が変わった。

いや、樹力のように緑色になったわけではなく何か空気のようなものが変わったのだ。


ネプチューンは総督を見下していた。


「このままお前を殺すのは惜しい。だが、生かすのも惜しい。選べ。わしと戦い死ぬか生きるか?わしと戦わずに死ぬか生きるか?どちらが良い?」

「……………………」

答えは、握っていた剣が応えてくれる。

「キーン」という鈍い音と共に、切っ先から柄の部分から透明の道が出来、重力の塊が真下に降下する。

血管が浮き出るほど、指先が白くなるほど力強く握り締めて胃酸の雨を降らせる。

「落山……エベレスト(8848m)」


ギャァァッァァッァァァァァオォォォッォン!!!!!!!!


リヴァイアサンの呻き声が轟いた。

口の中での爆音で鼓膜が破れそうになるも、悠長な事を言ってられない。

上下に振動する口内で、不適な笑みを見せている老人が一人。

「フフ。こういうのも悪くないな。」

しかし、ネプチューンは余裕綽々とはしていなかった。

自分の死期を感じ、全盛期より10分の1の力しか今は出せないでいる。


(……サタン、後は頼む……)


三叉槍でリヴァイアサンの喉元をえぐり抜いた。

ズドンッッッ‼

その穴から胃酸が飛び散り、外へ出る。

海が独りでにネプチューンの足元へ行き着き、100m程中空へ飛ばしていく。

「お前達、よく頑張ったな。新たなネプチューンが生まれる。それに付き従い守れ。今日からわしはネプチューンでは無くなる。さらばじゃ。」

リヴァイアサン、バハムート、モルス、ミデア、ラージシャーク達に魚にしか聞こえないテレパシーでそう伝え、仲間を[自由(リベルタス)]へと解き放ってやった。


海の柱の中に、三叉槍を持った影が見えると重剣山越を思いきり振るった。

透明の道がネプチューンを包み、重力の塊が襲う。

「落山…キリマンジャロ(5895m)」


ザパァァァァァァン!!!!!!


ネプチューンの姿が一瞬にして見えなくなった。

立て続けに、山越を天高く上げ両手で力を込める。


[どれ程栄華を極めたとしても、やがて訪れる「老い」にはどうしても勝てない。時代は移り変わっていくもの。淋しいようでそれは新たな未来を築くためには必要不可欠なものだ。そう、わしらがこんな小さな海にまで追いやられたのも時代が変わった証拠。クールとヒールを結ぶ海カリフリーマルを支配し最強を誇ったなんてほんの10年やそこらの話。そんな小さな海をわしらは支配してはいない。全タウンの海全てを支配しユピテル、サタン等比べ物にならんぐらい強く広範囲を支配しとった。じゃがそれは限界があるもの。わしが気付いた時にはこんな有り様じゃ。よく「昔は良かった」なんて言うがあれは嘘じゃな。昔が良かったんではなく、昔がそれほど容易いものだったの間違いだ。そう、わしは簡単に海を統べっとった。文字通り海は滑るものじゃからのう……]


海の底、暗い海底でそんな細やかな過去を振り返り、後悔する男が一人。

今やそんな男の下に付いている者はいない。

彼が最後の最後で気付いた本当の支配者像。

その先が「独り」という選択肢だった。

(……海は広い……人が地域や一族間で呼び方が違うように、海にも色々な呼び名がある。じゃが、その線引きがそもそも間違いじゃ。)


「そう、最初から海は一つしかなかったんじゃ………」


上空で浮かび剣を振るう緑色の怪物はもはや、ネプチューンなど眼中にない。

七大高峰の全てを足した最強最高の技、「巨人鉄槌(ティタノマキア)」を繰り出す。

重剣山越から、振るった先の全てに透明の道が出来、そして、それは道の長さかける重さで表される。

七大高峰全てを足すと40658m、透明の道は下に4万658m出来、さらにその道全てに4万658kgが加算されているので、どこで区切っても4万658kgの重量が存在している。

それをかけるのだ。

すると4万658×4万658で、16億5千3百7万2千9百64kgになる。

およそ165万3千72トンの巨大な岩の塊がそのまま降り注ぐと言ったら、その恐ろしさが見えるだろう。

もはやそれは、隕石に近いだろうか。

最大の落山を、海に向けて一直線に降下した‼


「まだ、死ぬには惜しいな。そして生かすのも惜しい。フフ。せいぜい足掻け、総督?じゃったかな。若者よ……」

刹那に、海が、ドクンッと鼓動を叩く。

ドクンッ‼ドクンッ‼ドクンッ‼


かつて人は犯してはならない罪を犯し、神から言葉の通じない多種多様な言語能力を付け足された。

人が喋る言語は元々世界共通で他に言葉は無かったのだが、人間の欲深さによって一度だけ、「天の世界」、神々のいる場所へ登れる、ある[塔]を作ったと言われている。

それが、バベルの塔。

欲に溺れた人間達の唯一の希望。


陸海空(バベル)!!!!!」

クールとヒールを結ぶ海カリフリーマルを、総督ただ一人に向けて解き放った‼

深海の圧力や温度など関係なく、底の底から海の全てを天へ解き放つ。


巨人鉄槌(ティタノマキア)陸海空(バベル)が正面から激突する。

今まで聴いたことのない轟音を撒き散らし、もはやそれが何の音なのか検討もつかないほど。

普通の人間ならば、いや、超人と言われるユピテル程のタフな人間であってもこんな化物攻撃耐えきれるはずもない。


一瞬、カリフリーマルの海が消え、完全に底にあった陸地が見えた。

水溜まりも一切残さない、その空間だけが、ぽっかりと穴をあけているが、そこには間違いなくクールとヒールを結ぶ海カリフリーマルが存在していた。

一体、何分、何時間そうして海を上へ投げればそうなるのだろうか?

いや、そもそも重力があるから少量の水をすくって放り投げたとしても、全く意味もなく元の位置に戻りまた水は何事も無かったように流れていくだろう。

しかしーーー


ネプチューンはその自然の理を有り得ない形で成し遂げたのだ。

たとえ神様であってもそんな事は考えはしない。

「全ての生命(いのち)の源である海を一瞬とは言えその土地から無くす」など、誰が考えるであろうか?


前代未聞の超巨大水柱となって、総督を押し潰していく。

しかし、山越から放たれる巨人鉄槌(ティタノマキア)は容赦なく空っぽになった底に重力の塊を叩きつけネプチューンを粉砕していく。

この時点でネプチューンの姿は海底の奥底に眠り、骨も残らぬほど呆気なく砕け散り、さらに奥底へ地面をえぐり抜き穴ぼこを残した。

そしてその穴を中心に海が元の位置へと戻っていく。


海が戻ったのを見計らったように、ネプチューンの持つ[海の紋章]の銀色の輝きが海を突き抜け中空へと飛ばされた。


総督は生きていた。


だがほぼ即死の状態まで追い込まれたあげく、このまま海に落ちれば間違いなく死ぬだろう。

出血の量も、人の体にどこにそれほど血があったのかと言うほど吹き出て、痩せ細っている。

身体中の穴という穴から血が吹き出て、だが、山越の剣はまるで糊のように手に張り付きいつまでも握りしめていた。


そこへ、中空へ飛んできた、海の紋章の輝きが総督を包む。

二本の十字が重なったような、大理石のごとく綺麗なその紋章は総督の胸の前に止まると、光を失いつつ中へと入っていく。

そうして、海へと落ちていく。

と、思われたが海へは落ちずに逆に海が独りでに総督に寄っていき水のベールのように包み、陸の紋章の力によりそれらを樹力に変えて総督に力を与えていく。

海のエネルギーが全て総督のエネルギーに変わっていき、全回復していく。


水面を揺らす事なく、海に立ち上がりヒールタウンの地に降り立った。

「……ここが最後だな」

総督は休む事なく、その状態で[悪魔の巣窟]へと足を一歩踏み入れた‼


「どうぞ、人間の女の骨の寄せ集めでございます」

皿に盛り付けた骨の塊を、主に差し出しているのは、蛇を操る最恐(さいきょう)の女「メドゥーサ」だ。

頭の上まで上げて膝をつき、主が食事を終えるまでそうして座って待つ。

差し出された、骨をバキバキと噛み砕きながら、食事を楽しむこの男は冥界の覇者「サタン」。

冥界の神、ハデスに任されたその日より、およそ500年の月日このヒールタウンのほぼ全土を人間から奪い、もはや地獄絵図の有り様に仕立て上げた。

ヒールタウンのヒールとは悪という意味だが、それは「悪魔の支配した土地」という裏の意味も込められている。

「ククク……さぁ早く来い……剣山…総督!!」


バキン‼


骨を噛み砕き飲み込んだ。

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