王の誕生
20歳で故郷を捨てるまでは、総督はユピテルと同じ素手だけで戦地を駆け巡り、名を残していた。
父が持っていた家宝「重剣山越」は、代々剣山一族の長が守っていたのだが、それを使いこなせる者は歴史上ただ一人もいなかった。
理由は三つある。
一つは、神が扱っていた剣であった為。
父なる天空ウラノスの末っ子、クロノスがある日父を討ち神々の王となった時に、母から譲り受けた剣が、この重剣山越であったと言われている。
勿論、神話であるから信憑性はないがそれに似せられて作られた事は間違いない。
二つ目は、重すぎるということ。
ただでさえ、普通の剣であっても使いこなすのには最初は苦労する。
ただ山越は通常の剣の何倍、何十倍の重さがその剣に宿っている。
剣山一族の信仰する神は「自然神」であり、その力は樹力と言って、自然の力を借りて初めて己の力に変える事が出来ることにある。
そうして、自分の力の底上げをしても、神に比べれば人間なんて些細なものだ。
自分の体重ほどの剣を軽々く持つなんて事は普通考えない。
それに、強く握れば握る程、山越の重量は上がっていき、益々使える代物とは思えない。
最後の理由として、長しか山越を触る事を許されていなかった事だ。
代々引き継いできた重剣山越は、たとえ誰もそれを使いこなせる者がいなかったとしても、剣山一族の族長しか触る事は愚か、その姿を見る事さえ許されなかったからだ。
これらの理由から、重剣山越の剣は、剣山一族にとって家宝と言う名のただの飾りのようなものに過ぎなかったとも、言われている。
色々な伝説を残している山越だが、その姿をお披露目する機会が無いのであれば、伝説だけが独り歩きしたただの棒きれに過ぎない代物だったのだ。
総督は、その山越の力を使いこなして、今陸の紋章を手に入れた。
陸の王者となって、神と自覚し始めた時から、総督は既に、滅びの歯車を刻一刻と回し始めていたのだった。
王の力を得る、紋章は、その持ち主達を引き付ける効果がある。
紋章を持っていれば、他の紋章を持つ者が今どこに居るのかを正確に知る事が出来るのだ。
陸の紋章を手にした瞬間に感じた、海と空の紋章の持ち主、居所、その姿形を全て把握した。
海の紋章を持つ者は、深い海中にいる。
陸と陸の間にある海を支配しているように、そこに君臨しているのが見えた。
多くの鮫を仕えて、海を蹂躙するその姿は、言うまでもなく、「海神」そのものだ。
無精髭をこしらえて、悠々自適に泳いでいる。
三叉槍を持ち、魚を捕獲しているのが見える。
目を閉じて集中すると、その姿がありありと浮かんでくるのだ。
場所は分かった。
後は、そいつを倒し海の紋章を手にいれるだけだ、と。
目を開けて、樹力を上げる。
目が濃い緑色に変わる。
そして、新たな力、陸の紋章の力により、全身から樹力を上げ、腕から足から、全て緑色に変色した。
「ネプチューン様。食事の用意が出来ました。」
海底洞窟の中で焚き火を起こし獲った魚を焼いている、側近の者が高々と言った。
しかしネプチューンは魚に手をつけずに、目を瞑り唸っている。
「ネ、ネプチューン様?どうかなさいましたか?」
側近の者が表情を伺いながら訊いた。
「うぅむ…………」
首を傾げて何か思い詰めている様子だった。
そうしてしばらく考え込んでいると、ゆっくりと目を開けた。
「ユピテルが死んだ………陸の王者が変わった………」
思わず息を吐き出してしまい急いで口を閉じたが、それを気にやむ事もせずに、ネプチューンは側近の者を見ていた。
「ユ……ユピテル様がなくなられるなんて……そんな事が本当にあるのですか?」
「……新しい陸の王者はまだ、[神の審判]を受けておらん。次期に訪れるだろうが、それを待たずして、ワシを殺しに来るじゃろう。間違いない。恐らくサタンの奴もそれを危惧しているだろう。」
ここまで淡々と喋るネプチューンを見たことが無いらしく、側近の者はただ目を大きく広げて主の話を聞いていた。
「………で、ですが、いくら、陸の王と、言えども、ネ、ネプチューン様を倒せる輩など、こ、この世に、存在、するでしょうか?」
妙に脂汗が出てきた側近の者は主を怖れながら口をつぐみつつ言った。
だが、ネプチューンの返事は意外なものだった。
「いる。確実にな。今まで何故わしらが王者の座を独占せんようにしてきたか分かるか?」
唐突に質問されたので、肩をビクンッと上げて主を見たが、ゆっくりと首を振り分からないと答えた。
「……それを、そうする事を、わしら陸海空の王者は[神の審判]にて承ったからじゃ。誰もそれを逆らおうとはせん。わしらは神に選ばれた極僅かな人間だからな。じゃが、その均衡が崩れてしまった今、審判を守る伝が無くなり、誰が王を名乗っても良いと、だがな、陸の王者が死んだというのはつまり、わしやサタンでさえ、純粋な肉弾戦では[その者]には敵わんというのを証明されたんじゃ。」
血がさぁっと引いていくのが分かった。
自分の鱗を擦りながら、無意識の内に、主の命が尽きぬ事を願ってしまう。
「ラージ……」
「……は、はい!」
「…シャークに戦闘準備をさせておけ。そして、あの二頭を起こしてこい。わしの命令じゃと聞いたら、簡単に起きるじゃろう。頼むぞ?」
ラージと呼ばれた側近の者は、シャーク一族の族長だった。
一番大きく鱗も固い5年に一度しか生まれない貴重なシャークを、「ラージ」と言うのだ。
「かしこまりました………」
今から400年も昔の話。
世界は荒れに荒れていた。
主にクールタウン、ヒールタウンの、世界の北側を中心に神の力を使い、自然の摂理を壊そうとする者が多くいた。
大地は揺れて人が生き埋めになり、海が荒れて津波が起こり全てを飲み込んでいく、空が怒り暴風雨が人々を襲い作物が育たずに飢えて死ぬ者もしばしばいた程だ。
その中で当時クールタウン[剣方地方]を統べっていたユピテルは、「武集」を組んで荒れ狂った大地に狂気となった人々を鎮めた。
その時ユピテルの神にも似た奇術で人々に潤いを与えていたのだった。
その奇術こそが自然神の力の源である「樹力」であった。
自然を操り、火や風、雷を巧みに操り田畑を元の輝きに戻させてやった。
その噂は、ユピテルのいた[剣方地方]に留まらず、クールタウン全土にユピテルの力が広まった。
元々剣方地方には自然神を信仰する宗教はあったのだが、次第にクールタウン全土の共通宗教へと変化していた。
それに伴い人々は樹力を使い自然を操り、自分達の明日の飯を確実に確保していったのだ。
だが一旦恵みを感じると人は欲が出るものだ。
一地方の一部族間だけではなく、もっと広範囲に我が物とせんと、そういう欲が出てきた頃から、「戦争」の二文字が駆け巡った。
ユピテルは、自分の行った、広めてしまったものを悔いた。
だが、本当にそれは悪い事だったのか、自分がやった事は人々を救ったはず。
なのに争いが起きてしまった。
その真偽を確かめる為に神に説いた。
遠く天の世界にいる神々に。
「私は何か間違った事をしたのでしょうか?だとすれば私はどうすれば良いのでしょうか?」
必死に、毎日、毎日、天を仰ぎ神に祈った。
それを行う事「49年」。
ユピテルが丁度100歳を迎えた頃だった。
自然神の初代継承者であるユピテルは、自分を極限まで操りいつまでも若い頃を忘れまいとして、ずっと自然から力を借りていたのだ。
継承者であるから、自然に力を返す事はせずに済む、だから長生きしようとすれば案外簡単に長生き出来る。
勿論限度はあるが。
100歳を迎えたある日、天から光明が舞い降りた。
天使にも似た美しい容姿の、しかしその方は紛れもなく、神だった。
「我はゼウス。天を統べりし者だ。ユピテルよ、汝の行いは我にも届いておる。汝に新たな力を与えよう。汝は今から、[陸の王者]だ…」
一瞬の出来事だった。
ゼウスと名乗った神が、大理石のような銀色の石を手渡したと思ったら、その石はユピテルの胸の中に入っていってそのまま光を失うように、吸い込まれていったのだ。
しかし、ユピテルには分かっていた。
これは、また新たな可能性を与える力なのだと。
神の御告げを聞いた後、我に返ったようにユピテルは目を見開き、辺りを見た。
この49年の内で祈りを捧げてきたこの丘は、一本の神樹が生えているだけだ。
龍谷林を降りて、一体を取り囲んでいた人々に名を与えた。
その人々が後の「龍牙家」である。
「あの丘を未来永劫守り通す事を命じる。それを破った時は私が直々に貴様らを屠り行くから、そのつもりでおれ。いいな。」
龍牙一族は承知し、龍谷林の頂上にある聖なる丘をこの時より守り続けていた。
同時期、クールタウンとヒールタウンを繋ぐ海で、海神ポセイドンがネプチューンを認め[海の王者]に、ヒールタウンのクライム会場の地中深くでは冥界の神ハデスが元々冥界の王者であったサタンに神の座は与えれぬ代わりに、[空の王者]として生きる事を命じていた。
こうして、陸海空の王者はこれより400年間、地上の全てを統べり、各々の[神の審判]を聞いた後、荒れた人々を鎮める為に戦った。
クールタウンはユピテルが、ヒールタウンはサタンが、その間を結ぶ海をネプチューンがそれぞれ支配し、徐々に彼らを慕う者が多くなり争いを私利私欲の為に行う者はほとんどいなくなっていった。
しかしそれも一世紀ごとに激変し、王者達の力が弱まるにつれて、再び争いは激を増していた。
その最たる者が、[世界の王]として君臨した、伝説の戦士「インドラ」だった。
インドラは、雷神の[神官]であった。
神官とは、プロメテウスが創ったと言われる原始の人間の子孫の事だ。
風、水、雷、そして全てを操る一番原始に近い人間、自然の全てを操る、彼らは「神官」と言われ、神々の継承者でなくとも、それと同様の、もしくはそれ以上の力を扱える、まさに神に一番近い人間として崇められる。
雷神の神官として生まれたインドラは、生まれながらにして己から雷を出し、高速で移動も出来る。
さらに自然に発生する雷を自在に操り、落雷の到達点を変える事も出来る程だ。
そして、インドラが最強と言われる所以は、天の神ゼウスが扱う「雷霆」に負けず劣らずの武器[ヴァジュラ]を持っていた事だ。
二大雷武器の一つ、ヴァジュラは槍の形をしており、その槍はどこへ投げてもどこに行ったとしても必ず命中し、手をかざすだけで持ち主へと必ず戻ってくる。
当たれば自然の雷と同じ威力を保ったまま相手を感電させる。
いわば、「自由自在の雷撃」
このヴァジュラの槍を自在に操れるので、インドラは最強と言われたのだ。
体の模様は、全身が黄色く染まり、黒い斑点が所々に見える、豹のような柄を持つ。
見た目は奇妙だが、インドラの生涯は400年できっちりと終える、と長生きだがれっきとした人間である。
インドラには師匠がいたという。
その師匠は、「雅王の戦士」の神とも呼ばれた、像の戦士「アヴァダラ」だ。
アヴァダラの[チャクラ]と呼ばれる丸い異空間は、世界をまるで時を止めたかのように、時間をゆっくりと鎮めてしまう。
遅すぎて止まっているように見えると言うのが正しいだろうが、そのチャクラと呼ばれる異空間に入ると、相手は自由を完全に奪われる。
そして、動きを制御させられた後、[咆哮]という圧力にも似た気合い玉が発しられると、相手の意識を完全に無くさせる。
「つまり、[チャクラ]を使い[咆哮]すると、強制的に気絶させられる。」
その力を得意とする雅王の戦士(像の戦士)アヴァダラを師匠として、学び、インドラは[チャクラ]と[咆哮]をも、自在に扱い、オリジナルの技として使う。
像の師匠アヴァダラと、最強の雷神の神官インドラの名前はイナズマタウンのみならず、隣のヒール、ウォールタウンにも広がり、いつしか世界中からこう呼ばれるようになる。
「世界の王」
そして、400年の生涯に突然に終わりを告げたのは、神々が棲むと呼ばれる「12の聖地」最後の聖地、「オリュンポス山」を史上初、完全制覇を成し遂げたのだった。
帰ってきた後、インドラの唯一の弟子であった、アスラにヴァジュラを授け、この世に終止符を打ったのだった。




