一章 その漆
通された部屋は予想以上に立派だった。入って直ぐは畳敷きで、中央には座卓と座布団が二枚。続き間は板の間で寝台が二つ置かれていた。部屋の間は障子で仕切ることができるが、今は開け放たれている。
拾った蕎麦殻を屑籠に入れ、サキは座卓の側にあった茶器で飲み物の用意を始めた。正式な客なら部屋付きの女中が茶を入れてくれるのだろうが、色々と事情があるサキたちには無視をしてくれるくらいがちょうど良い。
「レイさんの言っていた通り、見事に屋敷に入り込めましたね」
「勝算はあったみたいだからね。まずは第一段階だ」
コハク愛用の深い皿に、サキが茶を注ぐ。まだ少し熱いそれに、コハクは器用に息を吹きかけて冷ましている。
「第二段階は明日からにするとして。それにしても違和感ないねぇ、サツキ。その格好」
「何がですか?」
そのきょとんとさた顔に、コハクは苦笑する。菜の花色の振り袖に紫紺の袴の組み合わせは人の目を引く。芸人に扮するためにこの衣装を選んだのだが、本当の女性でもそこそこ勇気のいる色合わせだ。それを、サキことサツキは成人男性にもかかわらず自然に着こなしている。
「今年で十八になったのに。相変わらず、可愛いねぇ」
「呉服屋のお姉さんに、お化粧とか変装の方法を教わりましたから」
旅芸人としてこの屋敷に入ることにしたとき、皆で話し合ってサツキは女性として潜入することになった。その用意のため呉服屋で何枚か振り袖と袴を仕立てたのだが、一分一厘のためらいもなく「ボクが着るんです」と言ったサツキに、呉服屋の若い女店主は面白がって化粧や髪の結い方を教えていた。
「まぁ、そうだね」
サツキは完璧な変装をしていると思っているが、コハクに言わせれば普段の彼とそれ程違いは無い。肩までの髪は結い上げることが難しかったため、辛うじて上げた前髪に小ぶりのかんざしを挿すことしかできなかった。化粧にしても、白粉をはたいて紅を差しているのみだ。
元々女性的な顔立ちだが、あまりにも違和感がないことに逆に違和感を感じて、コハクは言葉を濁らせる。
「そういえば、部屋に着いて直ぐに窓から飛んで行ってしまったんですけど、あの小鳥大丈夫でしょうか?」
「……あぁ、問題ないよ。そのうち戻って来るさ」
鮮やかな薄緑色の小鳥は、この屋敷に来る直前にどこからかコハクが連れてきた。この小鳥は、コハクはもちろんサツキたちの言葉も良く理解して、即席の芸人一座の立派な一員だった。