四章 その拾(完)
林の中に入り、人が簡単には入ってこれない場所までコハクは駆け抜けた。薄緑の小鳥は、コハクの速さに何の問題もなく付いて来る。
枝付きが悪く、光が多く射し込む場所に差し掛かるとコハクは足を止めた。顎にほんの少し力を込めると、くわえていた水筒が粉々に砕けた。金剛狼の牙にかかれば、竹筒など砂で作った城のようなものだ。
水筒の残骸をコハクが器用に鼻先でかき分けていると、光を受けて小さな欠片がきらりと輝いた。
「目的の物は見つかったか?」
愉快そうな声が小鳥の体から響いた。小鳥の輪郭がしだいに歪んでいき、やがて球状の光の固まりになった。
「……ございました」
コハクも姿を変化させ、背の高い人間の女の姿になった。爪の長い指先で欠片を拾い上げて日の光にかざす。その小さな透明な石は薄水色に輝いた。
「我の狼は、何かと難儀だな」
変わらずに愉快そうな風の神は無視して、コハクは石の欠片を帯に挟み込んでから姿を元に戻した。
「此度は力をお貸しいただき誠に感謝致します」
コハクが感情のこもらない声でそう告げると、風の神はくすくすと笑った。
「おまえのためではないゆえ、礼は要らぬ」
「……わかっております。『あの子』に会いたかっただけですよね」
風の神の笑い声が増す。その声に呼応するように木の葉がざわめいた。
「近頃、姉神である水神の機嫌が良い。加護を頼んでおく。必要であろう?」
自分の次の行動を読まれていることに、コハクは苛立ちを覚えた。たとえ相手が神だとしても。
「姉神の上機嫌の理由はおまえの予想通りだ。これから楽しくなるな」
風の神は空気に溶けていくように、その姿を消した。
全速力で駆け戻ったコハクは、その勢いのままスオウの背中に飛びついた。さすがのスオウも彼女を支えきれずに膝を着く。
「っ! おまえにはこの行李が見えてないのか! 自分の体重を考えろ!」
怒鳴るスオウは無視して、コハクはサツキの袖を引く。
「サツキ、あの水筒を落として割ってしまったんだよ。もらったばかりなのに、すまないねぇ」
「そうなんですか。でも、気にしないでください。コハクもスオウに新しい水筒を買ってもらいますか?」
「そうだねぇ」
和気藹々としている二人を見て、スオウはため息をつく。膝の汚れを払って、痛みが無いことを確認してから歩き出す。
「コハク、次は何処に行くんだ?」
「……サツキ、息止めはどれくらいできるようになった?」
スオウが驚いたようにコハクを振り返るのを見て、サツキは首を傾げながら答える。
「この前、三十八まで数えられましたけど」
「まぁ、それならぎりぎり大丈夫か……。あっちに着く頃にはもう少し暖かくなってるだろうし」
ぶつぶつと何やら呟いていたコハクは、くいっと顔を上げてサツキに言った。
「アタシたちの家に招待するよ」
この三年はずっと旅をしていたせいで、もしかしたらコハクたちに家は無いのかもしれないとサツキは思い始めていた。そこにきてのこの突然の招待。何か大きな意味があるのかと、サツキは期待と不安で胸が一杯になった。




