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四章 その玖

「ソウスケさんも素敵な人でしたしね。ボクは一人っ子だから、ソウスケさんみたいなお兄さんがいるアユミさんが羨ましいです」

 スオウとコハクは顔を見合わせた。どちらがサツキに尋ねるかを、無言で譲り合う。戦いに負けたのはスオウだった。

「なぁ、サツキ。あの二人は確かに兄妹きょうだいだが、それだけじゃないのはわかってるよな?」

「兄妹以外に何があるんですか?」

 スオウはその場でしゃがみ込み、コハクの耳元に口を寄せた。

「コハク、もうちょっとサツキに色々と教育しろよ。あまりにも純粋すぎるだろ」

「アタシだけのせいじゃないだろ。あんたこそ、男同士なんだからどうにかしなさいよ」

 小声で言い合っている親子をよそに、サツキは薄緑色の小鳥と戯れている。

 しばらく討論は続いていたが、サツキが腰から下げていた竹製の水筒から水を飲み始めたのに気付いたコハクが切り上げた。

「サツキ、その水筒はどうしたんだい?」

「少し前にソウスケさんにいただきました。前に使っていたのが水漏れするようになったので」

 何の変哲もないよくある水筒を、コハクはまじまじと見ている。

「これがどうかしましたか?」

「……新しいのを買ってやるから、それをアタシにくれないかい?」

「別に良いですけど……」

 帯から外して水筒をコハクに差し出す。

「ありがとう。あそこに林が見えるね。この鳥を放してくるから、先に行ってておくれ」

 水筒をくわえて駆け出したコハクの少し上を、薄緑色の小鳥が軽やかに飛んで行く。首を傾げながら見送るサツキの後頭部に軽い衝撃が走る。スオウだった。

「あいつの言うとおりに先を急ぐぞ。今日は早めに宿を取って休もう」

 大きな行李を背負っているスオウの足取りは、いつも通りにしっかりとしている。一睡もしていないのは同じはずなのに、とサツキは少し悔しがる。

 荷物を増やさないためでもあったが、変装のために仕立てた女物の着物は、すべてアユミの行李に入れてきた。多少派手だが、若くて美しいアユミは上手く着こなしてくれるだろう。かんざしや化粧品も良いものを買ったので、これからの生活に役立ててくれると良いなとサツキは思った。

「それにしても、立派なひげですね。これからも布で覆うんじゃなくて、ひげで良いんじゃないんですか? 顔を隠すのは止めないんでしょう?」

「ん? オレもそう言ったんだが、コハクに猛反対された」

「どうしてでしょう?」

「『そんなむさ苦しい顔にほお擦りしたくない!』だとさ」

「ほお擦り……」

 確かに、事あるごとにコハクはほお擦りをしている。誰にでもしているわけでもないようだが、ひげが嫌ならほお擦りを止めればいいだけのような気もする。サツキが考えていることが判ったのか、スオウが困ったような顔で笑う。

「習性だから仕方がないさ。狼は群れの中での順位や関係性の確認を体を触れ合わせることでするんだ。ほお擦りをされるってことは、コハクにとって『仲間』だということだ」

「あぁ、それで。やっとわかりました」

「何が?」

 サツキはスオウの顔を見上げてにやりと笑った。

「スオウがよく人を撫でる理由ですよ。コハクに似たんですね」

「オレ、そんなに触ってるか?」

「ボク、初めて会った日に一尺くらいの高さから飛び降りただけで頭を撫でられましたよ。この人にはボクは五歳くらいに見えてるんじゃないかと真剣に悩んだんですよ?」

「さすがに十五のおまえを五歳だとは思わないさ。そうか、意識してなかったが悩んだんだったら、すまなかったな」

「もう慣れましたから大丈夫ですよ。理由もわかって納得しましたし」

 確かに始めは戸惑っていたが、直ぐにスオウやコハクに触られることは嫌ではなくなったし、理由が判った今では仲間として認められている証なのだとサツキは嬉しさを感じていた。

「それにしても、スオウのひげも含めてコハクって面白い注文を付けますよね。ボクには髪を肩くらいの長さで保って耳に掛けるなとか、洗面のときに水の入った盥に顔を付けて息止めの練習をするようにとか」

「まぁ、大して難しいことでもないし、コハクの機嫌が良くなるなら言うことを聞いておくさ」

「そうですね。コハクはボクたちの『家長』ですからね」



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