四章 その漆
「これ、本物だよね?」
「本物です。オレの母親が親しくしていただいてるんですよ」
その書状には東公がソウスケの身元を保証し、彼の雇用を命じる旨がざっくばらんに書かれていた。
「噂には聞いてたけど、東公様って本当に面白い人なんだね。『こいつは良く働くらしいから雇ってやって。何か問題があったらわたしに言え』って。この印影が無かったら誰も信じないよ」
東霞、西楓、南蛍、北兎の四つの地方を治める四公と呼ばれる公爵家の印は、複製は不可能と言われるほど精巧な細工が施されている。それゆえ、印影の美しさで誰しもが一目で四公の印だと判断できた。
「そういう書き方なので何処でも使える紹介状ではありません。苗代には東公様の御夫君が経営されている馬産牧場が何カ所があります。そこに行ってみてください」
「最初から最後までお世話になりっぱなしだな。いつか苗代に来ることがあったら、ぼくたちのところに来てください。精一杯のおもてなしをします」
「わたしもお待ちしてます」
空がだいぶ明るくなっていた。もうここを離れた方が良い頃合いだった。ソウスケはアユミを先に馬に乗せ、改めてコハクたちと向き合った。
「それでは、またいつか」
「はい。──そうだ、これも持って行ってください」
スオウはコハクが背負っていた風呂敷包みをソウスケに持たせる。それは、見た目以上に重みがあった。
「金の大判のままだと道中では使いにくいでしょうから、銀や銅に両替しておきました」
「駄目だよ。これはコクが芸をしてもらったお金だ。ぼくは受け取れない」
「一座の頭領はレイさんですよ。それに、これからはお金があるに越したことはないでしょう」
「そうですよ。アユミさんのためにも受け取ってください。ぼ、ワタシは芸人の真似事ができて楽しかった。それだけで充分です」
ソウスケは空を仰ぎ息をついた。何を言っても彼らは考えを変えず、全てを自分たちに与えてくれるつもりなのだろう。
「わかりました。これからのためにも少し図太くなることにするよ。ありがとう」
風呂敷包みを小さな行李にしまい、ソウスケも慣れた様子で馬に跨がった。
「また、いつか」
「さようなら。ありがとうございました」
二頭の馬が寄り添いながら歩いていく。二人を見送りながらサツキはあくびをかみ殺した。
「眠いかもしれないが、オレたちも早めにこの町を出よう。屋敷の連中に見つかるとまずい」
すっかり明るくなった空に、小鳥の鳴き声が響いている。もう直ぐ社の巫女たちが敷地内の掃除を始める時間だ。
荷物は昨夜のうちに常に開放されている本宮の待合室に隠しておいた。素早く支度を済ませた三人は、次の目的地を決めずにとりあえず浜栗町を出ることにした。




