四章 その肆
「待ち人来る」
コハクの声で本宮の裏手に目をやると、アユミが走ってくる姿が見えた。
「アユミ!」
絡まりそうになる足で駆け寄り、アユミの肘辺りを両手で掴む。
「やっぱり兄さんだ……。きっと生きてるって信じてた」
久しぶりに間近で見た妹の顔は、相変わらず可愛らしかった。
「ぼくのことはどういう風に聞かされていたんだ?」
「秋津国に行く途中で船が事故で沈んで亡くなった、と。違うの?」
「……いや、そうだ。運良く通りかかった秋津国の漁船に助けてもらったんだ。でも、怪我が酷くて帰って来れなかった」
コハクが何か言いたげに見ていたが、ソウスケは気が付いていないふりをした。
「アユミ。本当に良いのか、兄さんと一緒に来ても。浜栗町にはもういられないぞ?」
正式な離縁だったとしても、黒真珠卿の屋敷があるこの町には人目が気になって居づらくなるだろう。ましてや、突然逃げ出した形になるアユミに、ミツアキを慕う町民たちはきっと優しくない。
「兄さんと行くわ」
「父さんたちとも簡単には会えなくなるぞ。兄さんはもう死んだ人間だ。
仕事だってどうなるか──」
肘を掴むソウスケの手を払ったアユミが、小さな拳で兄の胸を叩いた。
「わたしは兄さんが手を引いてくれたら何処にだって行くわ。昔からそうだったでしょ!」
アユミの頬を大粒の涙が伝わっていた。この二年間が嘘のように、アユミの表情は大きく動く。
「わたしは二度と兄さんの手を離さないわ」
潤んだ瞳のまま美しい笑みを浮かべたアユミに、ソウスケは負けを認める。
「兄さんだって、もう離さないさ」
アユミから少し遅れて社に着いていたサキとタロウは、コハクの隣で居心地の悪さを感じながら二人を見守っていた。




