四章 その参
「その後はどうやって助かったんだい?」
着替えを終えたソウスケは、コハクの隣に座り込んでいた。先程より明るくなったが、まだ朝とは言えない空を見上げる。
「見知らぬ男が助けてくれた。自分で海に入ったはいいが、着水の衝撃と失血で体が動かずに直ぐに溺れたんだ。もう駄目だと思ったときに、強い力で海面まで引き上げられた」
「……へぇー。それで?」
「思ったより沖まで流されていて、ぼくは男に海岸までそのまま引っ張られて行った。岸に上がると朦朧とする意識の中で、男と少しだけ話したんだ」
砂浜で倒れているソウスケに、男はただ一つだけ尋ねた。
──おまえは、どうしたい。
──妹を、助けたい。
──わかった。たすけてやろう。
ソウスケが覚えているのは、そこまでだった。
「次に気付いたのは十日後だった。小さな村の薬師の家で、ずぶ濡れで玄関の前に倒れていたらしい。そこで治療してもらって、今のように動けるようになるまで一年近く掛かった」
「助けてくれた男はどうした?」
「薬師の家をそろそろ出ようと思っていたときにふらっと現れた。最低限、旅に必要なものをぼくに用意して。思えば、あの人と係わってからは不思議なことだらけだったな」
ソウスケが子供のように笑う。白い髪のせいで忘れそうになるが、彼はまだ二十なのだとこういうときに思い出す。
「例えば?」
「髪が真っ白になったこと。眠っていた十日間、息はしてたけれど体は死んでるみたいに冷たかったこと。怪我をした次の日の朝には薬師の村にいたけど、そこまでは浜栗町から馬車で丸一日は掛かること。コハクたちと会うことを予告されたこと」
指を折りながら話すソウスケを見るコハクの目は険しい。
「ソウスケが目覚めた村の場所は?」
「海岸に沿って北に向かったところにある。馬を単騎で全速力で走らせれば一晩で行けなくも無いけど、あの傷で異識のないぼくを馬に乗せての全速力は無理だと思う」
「予告とは?」
「薬師の家を旅立つときに、あの人が浜栗町に帰って妹を助けろって言ったんだ。そのときに『大きな黒い犬を連れた旅人と出会うから、彼らを頼れ』と」
「それで、あたしたちに声を掛けたんだね……。どんな男だった?」
「とても背の高い人だった。髪は焦げ茶色で、癖毛なのかあちこちにはねていて後ろ髪は少し長め。馬のたてがみに似てた。歳は三十くらいかな。男前だったよ。目は深緑色だったんだけど……」
「けど?」
「左目はいつも前髪で隠れてた。でも、海で助けてもらったときにちらっと見えた左目は色が違ったような気がするんだ。異識が朦朧としていたのと、暗かったのとで確信は持てないけど」
コハクは黙り込んでしまった。何かまずいことでも言っただろうかと、ソウスケは内心焦る。
黒い毛並みの耳がぴくりと動いた。




