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四章 その弐

 アユミが見つけた白い花の帯留めには、ソウスケの方が先に気付いていた。一刻でも早く浜栗町から離れた方が良いことは解っていたが、アユミにそれを買ってやりたかった。無事に逃げられても、しばらくはこんな子供だましの帯留めすら求めることができなくなることは予想できたからだ。

 だが、それが間違いだった。無事に買い求めて立ち上がった途端に、ソウスケは腹に鋭い痛みを感じた。目の前には両家の顔合わせのときに立ち会っていた当代の黒真珠卿の側近の顔があり、視線を落とすと自分の腹から小刀が抜かれるのが見えた。

「監視の者を付けていて正解でした。あなたの存在は主にとって害でしかない」

 とっさに側近の男の背中を押して、商品が並べられた茣蓙ござの上に転がす。店主の怒鳴り声を背中で聞きながら、ソウスケはアユミの元へと急いだ。騒ぎを大きくするのは避けたいだろうから、商品を元通りに並べ直す間は追いかけてこないはずだった。

 できるだけ血が流れないように腹を強く押さえながら、アユミの手を引いて海岸まで走った。しかし、相手は人数に勝り、帰雁台きがんだいの頂上に追い詰められてしまった。

 一度は海に飛び込もうかとも考えたが、ソウスケは腹に傷を負っていて、アユミは高所が苦手だった。懸命に考えを巡らせるが、失血のせいもあって打開策が見つからない。そうしている間に、アユミはソウスケや家族を守るために自ら捕らえられてしまった。

 くらくらする頭で、ソウスケはもう見えなくなったアユミの背中を思い返していた。残された黒真珠卿の私兵たちが弓を一斉に構える。矢尻の全てが自分に向いていたが、ソウスケは不思議と恐怖を感じていなかった。

「……おまえに恨みはないが、主の命だ。死んでもらう」

 兵の頭領らしき男が苦しげな声でそう言い、上げていた手を下げて合図を出した。放たれた矢がソウスケを射抜く。肩、腕、胸、腹、太もも。痛みと熱さと冷たさが混じったような感覚が全身を襲い、崩れ落ちそうになる膝を、奥歯を食いしばって堪えた。

 普段屋敷の警備をしている私兵たちは、人の命を奪った経験が無い者が多いようだ。ソウスケの血まみれの姿を見て、明らかに動揺している。だが、頭領だけは違った。目に人を殺めることの覚悟が宿っていた。彼は刀を抜き、一歩一歩ソウスケに近付いてくる。

「無駄に苦しませてすまなかった。今、楽にしてやる」

 ソウスケはここで初めて死を意識した。このままでは確実に殺されてしまう。それは、もう二度とアユミに会えなくなるということだった。

 すり足で少しずつ後ろへ下がる。崖の縁に踵が掛かった。ソウスケは覚悟を決めた。万が一に掛けてここから海へ飛び込む。この傷では死んでしまう確率の方が高いが、生き残る可能性も残されている。兵たちも海の中までは追いかけて来ないだろう。

「……あなたの、世話には、ならない」

 精一杯の力を振り絞ってソウスケは笑みを浮かべ、背中から崖の下へと倒れていった。


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