四章 その壱
薄闇の下、ソウスケは柳の木を背に立っていた。二年前のあの夜、この木の根元でうずくまって自分を待っていたアユミは、一体どんな気持ちだったのかと想像する。
龍の社の本宮の裏手から、コクが近付いてきた。一度は共に屋敷からここまで来たのだが、少し前にふらっと何処かにいなくなっていたのだ。よく見ると、コクの背中には風呂敷包みがくくりつけられている。
「コクには色々と世話になったな」
首元の気をくしゃりと掴む。
「どういたしまして。──おや、驚かないねぇ」
ソウスケは多少目を見開きはしたが、コクが言葉を話しても動転はしなかった。
「最初から普通ではなかったからね。コクの行動も、動物を操れることも。何より、隣の部屋の声は意外と良く聞こえるものだよ」
「それもそうだ。改めて、あたしはコハクだよ」
「やっぱり、名前も違ったんだね。サキに聞いたら本当の名前を教えてもらえるかな?」
「後で聞いてみな。それより、あいつらが来る前に着替えたらどうだい? その芸人の衣装じゃ旅はしづらいだろ」
ソウスケは言われたとおりに質素な長着と袴に着替え始める。まだ夜も明けない社の中だ。コハク以外は誰もいないからと、その場で衣装を脱ぐ。
あばらの浮いた細い体のあちこちには複数の矢傷があった。その中に一つだけある、右脇腹の刀で刺されたような跡がコハクの目に付いた。
「その傷はどうしたんだい?」
未だその傷が痛むかのような顔で、ソウスケは脇腹を押さえた。
「これは、ぼくがアユミを守りきれなかった罪の証だ」




