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三章 その拾壱

 龍玉国の経済を支える大きな柱である宝石は、国によって厳しく管理されている。規定額以上の高価な宝石は所有者登録が必要で、なおかつ売買するときには売買権を持っている必要がある。

 書状には、アユミの指にある大粒の黒真珠の所有者も売買権者も彼女であると書かれていた。

「不備はないから、後はアユミが拇印を押すだけだ。……最後の願いだ、持って行ってほしい。直ぐに売ってしまってもかまわないから」

「ミツアキ様……」

 開け放たれた障子から見える空は、明るくなり始めていた。朝方はまだ冷たい春風がアユミの長い黒髪を揺らす。

「ソウスケ殿に会った。彼は『アユミの幸せが、自分の幸せだ』と言っていた」

「兄さん……」

 アユミの口元がわずかにだが緩んでいた。ぎこちないが、それは確かに笑みだった。ミツアキは打ちのめされた気持ちと同時に、不思議と清々しさも感じていた。

 本当は初めから解っていたのだ。アユミが自分を見ることはないと。それを思えば、この二年間は奇跡のような日々だった。

「夜が明ける前に行きなさい。馬も二頭、連れて行くと良い」

 ミツアキは立ち上がり、アユミに背を向けた。最後に見るアユミの顔は、あのぎこちない笑顔が良かった。

 きぬ擦れの音と共に、アユミが動き出す。不意に、温もりを感じた。ミツアキの背中に、アユミがぴたりと寄り添っていた。

「大事にしていただき、ありがとうございました。貴方の妻であった日々は微睡みの中のようでした。……さようなら」

 振り向いてしまいたかった。そうしてアユミをつなぎ止めることができるのなら、何を失っても良いとミツアキは思った。

 けれど、微睡みの中の日々よりも、ソウスケの側にいられるのならアユミはどれだけ苦しくても現を選ぶのだと、今のミツアキには解っている。

「ああ。幸せになれ、必ず。わたし自身もそうなるように心掛ける。……もう、行け」

 温もりが離れていった。小さな足音ももう聞こえない。空はまだ薄暗いが、やがて青い空が広がるだろう。アユミがいなくても、今日はいつも通りにやってくる。

「ミツアキ様……」

 ふすまが開いたのは判っていたが、ミツアキは振り向かなかった。

「今日は忙しくなるな」

「そうですね」

「まずは、アユミがもういないことを屋敷の内外に説明しなければならない。彼女の名誉を傷つけない理由を共に考えてくれるか、テツヤ」

「承知致しました」

「ありがとう」

 二人はしばらくの間、藍色の空をただ見上げていた。


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