二章 その捌
「あっ、可愛い」
思わず出てしまった呟きに兄が振り返る。
「ん? あぁ、あの帯留めか。ちょっとここで待ってろ」
直ぐ側にあった屋台の脇にわたしを押し込めると、兄は装身具を扱っている露天に向かった。こんな場所で地べたに敷かれた茣蓙の上に並べられた品だ。子供でも手に入れられるくらいの物だろう。わたしがそれを気に入ったのは、白い小さな花が集まったような図案だったからだ。白い花は、あのときの白詰め草に似ていた。
人込みで兄の姿が見えない。ただ待っているだけだからなのか、兄が戻るのが遅いような気がする。男の人の怒鳴り声も聞こえてだんだんと不安になり始めた頃に、ようやく兄が戻ってきた。
「……ほら、これだろ」
兄の様子がおかしかった。提灯の赤い光の下なのに、顔色が悪いように見える。帯留めを受け取って懐にしまった。
「屋敷の人間に見つかった。……急ぐぞ」
兄が走り出す。人込みの中だからにしても、その動きはいつもより遅い。そのことに気をとられているうちに、兄から少し離れてしまった。
「こっちだ。兄さんの手を、離すなよ」
もう繋げないと思っていた手が繋がったことに、つい笑ってしまった。いつだってわたしは、この手に導かれてきた。
夜店通りを抜けて兄が小舟を隠してあるという海岸へ向かっていると、遠くから「こっちだ!」という声が聞こえてきた。兄の手に力が入り、足も速まる。海の匂いが強くなって月明かりに白く浮かぶ砂浜が見えてきた。
「駄目だ。船の近くに、人がいる……」
兄の見ている方向には弓を背負った男や、刀を佩いた男が数人いた。彼らのまとう着物や 袴に見覚えがあった。あれは、黒真珠卿の屋敷の私兵の装いだ。
彼らのうちの一人がこちらに振り返った。
「いたぞ!」
高い笛の音が鳴り響き、人の声や足音があちこちから近付いてくる。わたしたちは行く先々を塞がれ、残されたのは帰雁台へと上る道だけだった。




