表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/41

二章 その漆

 龍の社の敷地内にある、柳の木の根本でわたしはうずくまっていた。落ち合う時間を細かく決めていなかったせいで、今か今かと胸が張り裂けそうな思いで兄を待っている。

 今日は満月で、明かりのほとんどない社でも周りの風景は何となく確認できた。遠くから祭りの賑わいが風に乗って届いてくる。

 音に敏感になっているわたしの耳に、足音が聞こえてきた。息を潜め、体を小さく丸める。覚悟を決めて顔を上げると、待ち望んでいた人の輪郭が見えた。わたしは気付けばその人に向かって走り出していた。

「兄さん、来てくれたのね」

「アユミこそ、本当に良いんだな?」

 わたしの記憶にあるより肉の削げ落ちてしまった兄の頬に驚く。この二ヶ月間の兄の苦労を思う。

「屋敷の周りを見てきたが、普段と変わらないと思う。夜店通りを突っ切るのが一番早い。アユミはこれを付けろ」

 兄に渡されたのは狐のお面。こんなときだけれど、この歳でお面をつけるなんて、と笑ってしまう。兄は布を頭から被り、口元にも巻き付けていた。

「よし、行くか」

 夜店通りに近付くと、この変装でも不自然ではないことを知った。大人たちのほとんどは酒に酔い、お面を付けてふざけている者も少なくない。ふんどしだけの男の人や、どうしてか頭に桶を被る女の人。誰もが周囲のことなんてお構いなしだった。

 少しだけ余裕ができたわたしは、歩きながら夜店を眺めていた。子供の頃はお盆や秋のお祭りが待ち遠しかった。兄は小さな弓を使った的当てが好きで、当たった景品は全てわたしにくれた。金魚すくいも得意だったが、兄はすくった金魚を家に連れ帰ることは無かった。

 ──小さな金魚鉢に入れちゃ可哀想だ。

 草原を馬で風を感じながら駆けるのが好きな兄らしい言葉だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ