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二章 その伍

 十六になったアユミは、ここらで知らぬ人がいないくらいの器量良しになっていた。縁談もちらほら来るようになったが、アユミは笑顔とゆったりとした話し方で上手くはぐらかしてしまう。ボクの方にも釣書がいくつか来ていたようだが、父もレイラさんもそれを見せてくることは無かった。

「ソウスケさん、アユミさん。旦那様がお店の方でお呼びです」

 夕食を終え、ぼくたちは居間でそれぞれ本を読んでいた。昔から働いてくれているお手伝いさんの表情は、どこか固かった。今日は父もレイラさんも未だ帰らず、おかしいなとは思っていた。二人は食事を家族全員でとることを心掛けていて、どうしても忙しいときにはどちらか一人だけでも都合を付けて家に戻るようにしていた。

 昨年、親から牧場を継いだ友人から譲ってもらった馬にアユミを乗せ、その後ろにぼくも跨がる。父の店までは早足だと五分も掛からない。嫌な予感しかしないぼくは、馬をゆっくり進ませた。

「兄さん。お父さん、どうしたのかしら」

 手綱を握るぼくの腕に、横乗りしたアユミの手が触れる。

「わからないけど、何かあったんだろうな……」

 アユミの手に力が入り、ぼくの袖にしわが寄る。賢いこの馬は、何もしなくてもぼくたちを父の店へと運んでしまった。馬から降りて店の裏口をくぐる。ぼくたちの手は知らぬ間に繋がれていた。

「父さん、何かあったんですか?」

 アユミと初めて会った父の仕事部屋に入った。繋がれている二人の手を見て父はため息をつき、レイラさんはうつむく。

「二人とも座りなさい」

 布が張り替えられ、あのときとは色の変わった長椅子に座る。よく見ると、レイラさんの目が赤くなっていた。父さんはまたため息を一つついてから小さな声で話し始めた。

「……アユミ。半年ほど前に、雲雀伯ひばりはくが視察でいらしたのを覚えているか?」

「はい。偶然わたしもここに来ていて、お茶をお出ししました」

 雲雀伯は児玉郷を代々治めている伯爵で、数代前からは黒真珠の管理権と共に子爵位も国から与えられていた。

「そうだな。その雲雀伯が、体調不良から先ずは子爵位のみをご子息様に譲られることをお決めになった。来月には継承式が行われ、その後のお披露目の場で結婚を発表されたいそうだ。……ご子息様はアユミをお望みになった」

 アユミが息を飲む音が聞こえた。ぼくは後ろから頭を殴られたような衝撃を感じながらも、どこかでこんな未来を予想していたことに気が付いてしまった。

「どうして、わたしなんですか!」

「アユミは覚えていないかもしれないが、そのときにご子息様も一緒に来られていたんだ。アユミを一目見て、是非自分の妻にとおっしゃられている」

「嫌です。お父さん、わたしまだ結婚なんて──」

「すまない!」

 頭を下げた父の震える肩に、レイラさんの手が添えられる。彼女の目からは止めどなく涙があふれていた。ゆっくりと顔を上げた父の顔は苦悩で歪んでいる。

「相手がただの貴族なら、この縁談は何としてでも断った。いざとなったらこの町を出ればいい。だが、向こうは郷主であると同時に黒真珠卿なんだ。父さんの外国との取引の主要商品は黒真珠だ。今、黒真珠を扱えなくなったら莫大な損害が出て、従業員たちの生活も守れなくなる。アユミ、父さんを恨んでも良い。だから、この縁談を受けてくれ!」

「ごめんね、アユミ。去年、外国に支店を作ったばかりで、直ぐには今の仕事をやめられないの。本当にごめんなさい、アユミ。──ソウスケもごめんなさい」

 レイラさんが、ぼくを見ていた。何も持たないぼくには返せる言葉は一つも無かった。

「……わかりました。児玉家に嫁ぎます」

 アユミは涙一つ見せずにそう告げた。ぼくが立ち上がると、アユミも後に続く。体を小さく丸めて震えている両親を残し、二人で店を出た。馬には乗らずに、手を繋いで歩く。

 こうして歩くことももう無いのだ、と二人とも解っていた。


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