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二章 その壱

 父が新しい母を連れてきたのは、ぼくが八歳のときだった。亡くなった実母のことは、正直あまり覚えていない。当時、まだ三歳だったことと、外に出ることが好きだった実母が、ぼくの世話をほとんどしていなかったせいだと思う。

「ソウスケ、昼食を終えたら店の方に来なさい」

 その日の朝、玄関で仕事へ向かう父の見送りをしているときにそう言われた。言われたとおりに午後一番に父の営む宝石店に向かい裏口から入ると、顔見知りの従業員たちがやけに笑いかけてきた。不思議な気持ちで父の仕事部屋に入ると、父のほかに二人の人間がいた。

「来たか。父さんの隣に座りなさい。紹介したい人たちがいる」

 外国とも取引をしている父の部屋には、布張りの長椅子やそれに合わせた卓子たくしが置いてあった。ぼくたちの向かいの長椅子に座っていたのは、見覚えのある女性とぼくより少し小さな女の子だった。

「レイラさんは知っているな。父さんの仕事を手伝ってくれている。こちらの女の子は、レイラさんの娘さんでアユミちゃんだ」

 レイラさんとは数回会ったことがあった。父親が外国の人で、髪も目も明るい茶色ですらっとした長身のとても美しい人だ。生まれは龍玉国から遠く離れた国で、成人してから母親の故郷のこの国に旅行でやって来て、そのときに知り合った男性と結婚したのだが、その夫とは数年前に離縁していた。

 まだ結婚していたときから数カ国語を操れる語学力を生かして、色々な場所で通訳の仕事をしていたのだが、離縁してからは父の下で働き、外国との交渉の全てを任されていた。

「こんにちは、ソウスケ。この子はアユミ。これからよろしくね」

 大きめの口から白い歯を覗かせてレイラさんは笑った。隣に座っていた父が、ぼくの肩に手を回す。

「父さんな、レイラさんと結婚することにしたんだ。今日からお母さんと呼びなさい」

 従業員たちが笑っていた理由が解った。彼らはぼくより先に父の再婚を知っていて、祝福をしていてくれていたのだ。めでたいことだとは思うけれど、自分だけ知らなかった事実は少しだけぼくの心を傷付けた。

「かあさん、結婚するの?」

 レイラさんにべったりとくっついて座っていた女の子が、驚きで目を丸くしていた。

「そうよ。アユミにお父さんとお兄さんができるのよ」

 そのとき、女の子が初めてぼくの方を見た。髪も目もレイラさんには似ずに真っ黒だったが、その肌は蔵で遊んでいる最中に偶然見つけた実母の婚礼衣装のように白かった。

「お兄さん?」

 ぼくを見ながら首を傾げた女の子の目は、少しだけ潤んでいた。胸がとくりと音を立てた。

「ソウスケです。これからよろしくね、アユミちゃん」

 家族が増えることには特別何も感じなかったけれど、アユミも親の結婚を知らなかったことには後ろ暗い喜びを感じた。

 父は仕事が忙しい中でも二人の時間を作って遊んでくれていたし、祖母やお手伝いさんはいつも家にいて、寂しいと感じることも無かった。けれど、そのときのぼくには、アユミだけが自分の気持ちが解る唯一の同士のような気がしていた。

「アユミです。仲良くしてください、お兄さん」

 少しだけ笑顔を見せたアユミの頭を、ぼくは無意識に体を前に乗り出して撫でていた。


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