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一章 その拾

 アユミの前を赤子を抱いた夫婦が通り過ぎて、右の扉へと入って行った。一度の参拝に掛かる時間は十五分ほどで、その後も数組の男女がアユミの前を通り、参拝を終えていなくなった。本宮の外から聞こえていた声も聞こえなくなると、右の扉が開き奥から巫女が出てきた。

「……参拝されないのですか?」

「はい。今日はやめておきます」

 訝しげな顔をした年若い巫女が奥へと戻っていく。アユミはうつむき、小さく笑った。話しかけてきた巫女はアユミが初めて見る顔だった。おそらく、この春にここへ来たばかりなのだろう。今頃、警備の者にアユミのことを聞いているはずだ。

 結婚してから月に一二度の頻度でアユミは社に来ていた。自ら進んで参っているわけではなく、側仕えに外出を勧められると、ここ以外に行きたい場所が浮かばないのだ。

「奥方様。お体が冷え切ってしまいます。そろそろ外に出られてはいかがですか」

 入り口から側仕えに声を掛けられ、椅子から立ち上がる。奥の間の方へ向いて頭を深く下げた。外へ出ると暖かい空気が体を包んでいくのを感じる。肩掛けを少し緩め、アユミは敷地内にある茶屋へと移動した。

「わたしは温かいお茶を。皆は遠慮しないでお団子も頼んでね」

 店の外の長椅子に腰掛け、店内に注文をしに行く側仕えに声を掛ける。直ぐに出てきた茶碗を両手で持つと、指先がじわりと痺れた。思っていたよりも冷えていた手が、茶碗に温められていく。

 アユミの白くて細い指には黒真珠の指輪が輝いている。指の幅よりも大きい黒真珠は、百年に一度採れるか採れないかと言われるほどの逸品で、黒真珠卿の妻に相応しいものだった。

 茶を一口飲んで本宮をぼんやりと見ていると、また一組の男女が幸せそうな顔で入っていった。龍の社にアユミのように一人で来る人間はほとんどいない。まれに、龍を神のように崇めている人間が参拝することもあるが、この社を訪れる人たちの目的は主に二つだった。


 混乱の極みにある民たちに啓揮が出したお触れは、龍族の秘事『魂名』と『龍玉』についてだった。

 龍玉に人が間近で接するようになったため、本来は龍族のみの魂名を人も持つようになったが、龍とは違って魂名を他人に知られても操られたり命を失うことは無いのだという説明がなされた。奇妙な現象に害が無いと解ると、不安によって起こっていたざわつきは瞬く間に収束した。すると、今度は人々の間で龍の社を参拝して魂名を授かることが流行しだした。

 啓揮はこの流行を利用して民の戸籍の管理を始めた。まずは、この国は神聖な龍に守護される比類なき素晴らしい国だと民を煽り、魂名を授かることを推奨した。そして、その際に龍の社で自身と家族の通り名、生まれた年、住居の場所などを登録させ、国からの祝いの品だとわずかなきんを与えた。金がもらえると知った民は、魂名を授かるためにこぞって社へ向かった。そうして登録された情報を中央に集め、数年を掛けて戸籍台帳を作り上げたのだ。

 ある程度の形は整えたが、龍玉国は未だ法や制度が不充分な若い国だった。民の中には読み書きができない者や、日々の仕事に追われる者、啓揮を国王として認め切れていない者も多く、個々に役所に出向かせて登録させることは難しかった。魂名に関する騒動は、啓揮の統治にとっては大きな味方となった。



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