お日様ギャング。
鐘が鳴って、お昼ご飯を食べたら。
もう我慢できない。
空の青。かすむは白い雲。
木々のスキマからあふれるひかり。
太陽の福音。
「こんにちはー! 失礼します!」
南校舎の三階。
曲がって曲がって突き当たりに、古びた図書室があった。
無人のそこは常に開放されていて、たまに割り当てられた図書委員が当番をしている。
実はそんなあたしも図書委員だったり、する。
活動もなにもしていない、名前ばかりの委員だけれども。
だから、こんな場所に近づくことなんてめったになかった。
ところが、ある日。
図書室のいちばん奥で四角いソファを見つけたあのときから。
あたしは毎日のようにここへ通いつめるようになっていた。
日当たりのいい、静かな図書室の片隅に置かれたソファ。
そこは、まさに至上の楽園だった。
あのひとさえ、いなければ。
「――お前、また来やがったのか」
無人だと思われがちのこの古い図書室には、番人がいる。
普段は優等生なメガネ男子図書委員長。
しかしその正体は、大きな猫をかぶった悪い顔のひとだった。
「センパイ、かぶった猫がズレてますよ。口調が悪いひとですよ。ただでさえ悪人ヅラなのに」
「うるせえな、図書室は休憩所じゃねえんだぞ」
「知ってますよ。でもこの誘惑には勝てないんですもん。それにいつもあたしとセンパイくらいしかいないじゃないですか」
事実、この図書室を短いお昼休みで利用しようとするモノズキはセンパイくらいなものだった。
こんな遠くて、しかも別棟あるこの場所へ足を運ぶ生徒なんてうちの高校にいるとは思えない。
あたしの目当ては、そもそも図書室じゃなくて図書室にあるあのソファだ。
お日様のひかりを受けてふかふか。
干したばかりのお布団みたいな、あの匂い。
ムラムラと湧き上がるこの欲求を抑えて、我慢することなんてできるわけがない。
「お前は利用者じゃない」
「じゃ、ソファ狙いのギャングということで。とう!」
センパイの立っている本棚の横をすり抜けて、ダッシュエンドダイブ。
お日様の匂いと、かび臭い匂いと、なんだかもうよくわからないけど気持ちいい。
自分の重みで沈んでいく感触が、とにかくたまらなかった。
極楽浄土はきっとここ。
少し開いた窓から、葉ずれが聞こえて余計に眠気を誘った。
「お前な、足開くなよ、足」
「セクハラ! セクシャルハスラメントですか、センパイ」
「ハラスメントだろ。おい、もっとつめろよ」
あたしの頭の上にある空間にセンパイが腰を下ろした。
重いのか軽いのか、やさしいため息が耳をかすめる。
「そんなにいいか」
「お日様の匂い、最高じゃないですか。これがわからないだなんてもったいない」
うつぶせにして、顔をソファにすり寄せた。
ああ、気持ちいい。
あたしの中が、お日様であふれる。
満たされたものにおとずれる睡魔。
逆らうことなく、まぶたを下ろしたとたん。
「――なあ」
「もう! いったいなんですか!」
約束された安眠を妨害するその声に、遠のいた意識がカムバック。
上半身を反らして抗議に出ようとしたあたしの首筋に、重みのある影と何かが落ちてきた。
「太陽の匂いっていうか、お前の匂いしかしない」
ぞわぞわと背中を走る感触と、耳にかかる吐息。
今まで経験したことのないしびれが一瞬にしてカラダをめぐる。
「ちょ、……っや!」
体温が急上昇。まるで蒸発してしまいそうなほどの加熱。
おとずれていたあの眠気もどこかへ吹き飛んでしまって、とにかくくすぐったい。
本を閉じる乾いた音とともに、ようやく離れたセンパイの悪人ヅラ。
残った熱が、まだこの首筋を染めている。
「ざまあみろ」
いつのまにか外していたらしいメガネを装着したセンパイに、本の角で頭を小突かれた。
普段ならたいしたことのない衝撃だったけれど、今のあたしには大打撃。
上半身を支えていた手から力が抜けて倒れこめば、またお日様の匂いがした。
発散することのできないこの熱と、青い春の衝撃。
髪をなでられる感触に高まる欲望を我慢できなくて、あたしはその手に顔を近づけた。
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干したてのお布団ほど魅力的なものはありません。
そんな眠い日に書いたものです。
読んでくださってありがとうございました!
(追記 2008.11.12)
加筆修正しました。
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