第三十二話【選手の入場】
(それでは、ただ今から神戸ティガースファン感謝祭を始めたいと思います!!)
五個買ったバターロールを全て食べ終わった後、その放送を聞いた。
待ちくたびれたと言ってもいいぐらいだ。
傘1つ持つのも正直面倒だとも言ってもいい。
袋は何となくだが捨てずに持っていることにした。
珈琲が入っていた袋の中に袋を入れる。
ティガースの模様が描かれているわけでもない普通のセピア色。
「やっと始まりますのね・・・全く、遅いですわよ」
大勢の客が集まる場所に神竜寺麗華も向かうことにした。
ユニフォームを着たティガースファン達。
そんな中に一人だけ制服を着たまま立ち止まる。
ある意味で空気が読めていないと思われてそうだが仕方がない。
兄からの突然の連絡で太陽デパートに向かっただけなのだから。
そして別にそんなことは気にはしていない。
「むぅ・・・前の人の身長が高くて見えないですわ・・・・・
すみません、前をお譲りくださいな」
身長138cm、最前列には大人ばかり。
背伸びしても見ることは大変なので彼女は前の人に声をかけていきながら進んでいく。
そんな彼女を見て「どうぞ」とティガースファンは席を譲ってくれた。
普段気にもしていないがこんな時にはさすがに気にする。
ようやく彼女は座ることが出来た。
(神戸ティガースファンの皆様、大変長らくお待たせ致しました!!
午後7時となりましたので感謝祭を始めます!!
太陽デパートがこうしてあるのも皆様のお陰!!
盛大な感謝祭にしたいと思い、我々・・・・・)
『説明はええでー!!早よ始めてくれー!!』
待つことを何よりも嫌うティガースファン。
相手投手であろうと味方投手であろうと。
投球間隔が長いとヤジが飛ぶことがよくある。
逆にそれは試合を早く楽しみたいという気持ちからかも知れない。
ただしやり過ぎは注意。
興奮しすぎて過去にはメガホンを投げてしまった客もいた。
それを聞いて従業員も早口で話す。
時折何を言っているのかも分からないがそれでも客はいい。
ただ彼らが今ある気持ちはイベントを楽しみたいという物。
説明はタダのお飾りに過ぎない。
つまりはせっかちなのだ。
「それでは!!皆様お待ちかね、神戸ティガース選手達の入場です!!!」
左側から大勢の男達がやってきた、神戸ティガースの選手達だ。
さすがスポーツ選手なだけあってとても筋肉質。
両手に持っている金属バットとグローブが小さく見えるほど。
被っている帽子で少し顔が隠れているのが少し怖く感じる。
伝統の縦縞模様のユニフォームが輝かしく見える。
ファン達は大喜びで拍手喝采。
「(こう見ると私って小さいですわね・・・中央に立っているあの人・・・
身長190cmぐらいでしょうか?大きいですわ・・・)」
麗華が190cmだと感じた選手をずっと見ていたからか。
向こうも彼女の視線に気付き笑顔で手を振ってきた。
突然だったので少々驚きながらもこちらも手を振って返した。
考え事をしている時に何かされると困る事が多いのは彼女だけではないはず。
「もっと近くに来てくれー!!!」
「握手してー!!!」
「ボールにサインしてー!!!」
選手達はそのファンの呼びかけに応え、席へと向かってきた。
年季の入った大人の男性の元に近寄って談笑。
女子高校生には握手をして大喜びされた。
子供のボールにサインペンでサインをした。
近くで見るとまるで巨人のような高さ。
小さい者が顔を見ようとすると立ち上がっても首を上げなければいけなくて大変。
神戸ティガースの大体の選手は身長が高く、小柄な人はいない。
そんな中-----
(スッ)
「?」
そんな周りを見ている麗華の前に突然選手がやってきた。
選手の名前を一人も知らない彼女は何と呼べばいいのか。
さすがに戸惑う。
(キュッキュッ)
(ポンッ)
「え?え!?」
何と自分が持っていたグローブに名前を書いて手渡した。
深く帽子を被っていたので顔はよく見えなかったが、口が笑っていた。
「ちょ、ちょっと!?」
そうして彼は何も言わずに別のファンの元へと小走りしていった。
「こ、これどうしたらいいんですの!?」
どうやら小学生のように見えたらしく、子供を優先した模様。
一応中学生だが・・・どちらも子供に変わりはないが。
後に知ったことだがこのグラブは神戸ティガースのエース投手の物だったらしい。
とりあえず何も知らない彼女はビニール袋に入れることにした。