第二十五話【偉業達成の瞬間】
「お前達、自分達が今どういう状況でいるか・・・分かるか?」
監督は須網の時もそう、生徒達にまず聞くことが多い。
それはどんな時でも冷静に考えさせると言うことを教えている。
つまりは今球場にいようとこれは勉強なのだ。
間違いなく選手達は望みを失いかけている顔をしているのが分かる。
そんな高校生に監督は今問いかけている。
「『1点リードで負けている』や『甲子園の好機が・・・』と思っているか?
思っているだろうな、その顔を見れば分かる。
だがそんな焦りを持ってこの最終回勝てると思えるか?」
「・・・・・・・」
ナイン達は何も言わず、その言葉に顔を下に向けたまま。
全員がそう心の中で思っているからだ。
「いいか?相手は兵庫県内最強と言われている西宮川崎第一高等学校だ。
それに比べて周りから見れば金屋高校は無名の弱小高校。
そんな我らが、甲子園の切符を手に入れるためこうして戦っている。
思うべきは・・・・・感謝だ!!」
「か・・・感謝・・・・・?」
何と監督が出した答えは『感謝』だった。
周りはキョトンとした顔をしている、だが須網だけは違った。
入院していた時のように監督なら不思議な事を言うことは分かっていたから。
それでも深呼吸を終えて落ち着いたような顔でもないが。
「打撃自慢の高校を、たった2点で抑えているんだ。
それには風間(捕手の名前)のリード、林の気迫の投球・・・・・
そして須網を含む内野と外野の団結力がこの結果を生んだ!!
『抑えることが出来て、ありがとうございます!!』
『もう少しで甲子園に手が届きそうです!!ありがとうございます!!』
『誠心誠意込めていい勝負が出来ました!ありがとうございます!!』
この気持ちを持って相手に全力を尽くして戦うこと!!
それがこの勝負の感謝だ!!!」
40代で、髭は生やしていて、逞しい体をしていて。
そんな外見には似合わない言葉を次々と出してくる。
兵庫内でも有名な監督リストに出てきそうな、そんな人物だ。
試合中に生徒に勉強させる人なんて普通に考えているわけがない。
「須網!!」
「!!は、はい!!!」
「この回の先頭打者はお前からだ!!守備のことは吹っ切れ!!
失敗はいつだって取り返せる!そう強く思うなら・・・・・
チームの為に打って繋げ!!!」
「・・・・・・はい!!!」
(1番 遊撃手 須網君 背番号6)
ここまでは相手投手に抑えられて4打数の0安打。
ただし打球は芯に当たっていて決して悪くない。
内野も少し力があると判断してか後ろに下がっている。
済んだことをまだ気に掛けていた自分に反省した。
打席に立った時も少しそれが頭にあったが、しかし今度は迷い無し。
-------ここだ。
(コンッ)
意表を突いた三塁へのセーフティバント、線上ギリギリ。
相手も猛ダッシュしボールを追いかける。
須網の足なら・・・と思いきや突然減速。
ここにきて足に痛みが出始めた。
何とか出塁する!!
その強い気持ちを持って一塁へヘッドスライディング。
万全な状態とは言えないのに思い切ったプレー。
もはや怪我のことなど頭になかった。
ただ逆転を信じて1番打者の仕事をこなすことだけに・・・・・・
『セーフ!!!』
判定は三塁への内野安打で無死から走者が出る。
が、この走塁を見て監督がベンチから立ち上がり審判に交代を告げる。
代走に俊足の1年生を投入、須網は途中交代することに。
ベンチに戻って気迫溢れる走塁に全員は温かく迎えてくれた。
これで同点で延長になっても自分の出番はない。
後は何とか味方の逆転を待つだけが彼の出来ること・・・・・
代わったばかりの1年生が初球から盗塁し、見事成功。
続く二番打者の打球もセカンドゴロと思われたがこれを相手が失策。
それを見て走者は一気に本塁へと駆け込みセーフ。
須網の出塁から生まれた得点でこの回同点に。
期待が大きく膨らみ、いてもたってもいられない状況。
夢の舞台へついに上がることが出来るのか。
ナイン達は既にベンチから飛び出す準備をしていた。
勿論監督も全員と同じ気持ちでいた。
そして・・・・・・・・・
(キーンッ!!!)
(これはどうだ!?内野の頭を越えて外野・・・・抜けたー!!!
走者は3塁を蹴って本塁へ!本塁へ全力疾走!!!
打った打者はもう次の塁を狙うことなく一塁側でガッツポーズ!!
途中交代した須網君がベンチから飛び出し本塁で待ち構えている!!
今ホームイン!!遂に!!遂にやりました!!!
強豪 川崎第一高等学校を破り、金屋高校初甲子園行きー!!!!)
ついに彼らは偉業を成し遂げた。