第二十一話【有終の美を飾ろう】
「1回戦は勝ったんだけどな、2回戦で敗れてしまったよ。
あいつも打って頑張ったんだけど守備が課題だった。
でも全員が成長してきているし来年こそはいけるかも知れんな!!」
「・・・そうですか」
「2番手の林も(投手の名前)1年生なのにいい投球をしたよ。
制球力は上がったしフォークがいい切れ味でな!!
こりゃ2年生も負けていられんぞ、気合いが入って良いことだ」
「・・・・・」
「5回のピンチを併殺打にしたのは大きかった!!
あそこで飛びついたからこその結果で勝つことが出来たんだから。
それでお前がまたグラウンドに立ってくれれば---」
「・・・・・・もう、いいんです」
思わず須網が本音を口に出した瞬間だった。
それはもう希望を捨て諦めた男の情けない声。
顔はずっと下を向けたままで、ずっと暗い顔で。
入部当初のあの笑顔はどこに消えたのかと聞きたいほど。
「・・・夏には失策して、先輩達の甲子園の夢を潰して・・・・・
秋には練習中痛めた左足があのダイビングキャッチで再発して・・・・
その結果が【足関節脱臼骨折】で・・・・・全治1年・・・・・」
涙は出なかった、胸だけが苦しかった。
自分の口から告げた方が楽になれると思っていたがそうでもなかった。
言葉が頭の中で反響されて逆に辛かった。
それでも自分で決めたことだから、と言い聞かせる。
チームに迷惑をかけたくないから監督直々にそう伝えた。
「治ってもすぐにあの守備も出来ないし・・・
1年がどれほど大きいか分かってます・・・
2年半しかない高校野球生活なのに1年も無駄にすることになって・・・
これからだって・・・思ったのに・・・!!」
言ってしまおう、退部すると。
2回も迷惑かけてまたグラウンドに立つなんて出来ない。
試合中にきっとまた失策して・・・そんなのだったら・・・
須網自身はそう思って続けて口に出そうとしたが------
「・・・なぁ須網、人間の中で一番大切な物って何か分かるか?」
「・・・・・・え?」
突然監督に問われて、戸惑った。
真剣に話していたのに急に話題が変わる物だから訳が分からなかったが
質問されたからには少しの間考えてみた。
「・・・いえ、分かりません・・・・」
少しの時間ではさすがに難しかった。
そもそもそれに答えはあるのか?とも思った。
そう答えて10秒ぐらい経過して監督の口が開いた。
「人間の中で一番大切な物・・・・それはな、諦めない心だよ」
監督が出した答えは心だった。
「誰もが挫折って言うのは味わってしまうもんなんだ。
それで『あぁ、自分は何て駄目な奴だ』って思ったり
『自分には才能がないんだ』って思ったりする奴もいる。
だが誰だって挫折する。
天才だって総理大臣だって神様だってそうだ。
どんな偉い人間だって何処かで転んでしまうんだよ。
それは間違った事なんかじゃない、当たり前の事だ。
そこで大事なのが『諦めない心』」
普段も熱血な性格で生徒達の間では評判にもなっている教師兼監督。
須網は大人しく、問題を起こすような性格ではなかったため
生徒指導室に連れて行かれることは一度もない。
実際に受けた生徒が言うには『何だか吹っ切れた』という一言。
今彼も同じようにその指導を受けている。
「簡単に夢を諦めてしまう奴は将来生きても必ず後悔する!!
それに対して努力をした者が報われるとは限らない。
だけど何もせずに駄目だと思っているよりは見る目はよっぽど変わってくる!!
結果がどうであれ、それに立ち向かった事が勇気なんだ。
・・・・・2回の失敗なんかで、頑張って続けてきた野球を辞めるのか?」
「・・・・・・・・」
凄く、その言葉が胸に響いた。
今までも生徒の事を本当に思ってくれる人だとは思っていたが
落ち込んでいる自分に対してここまで言ってくれるとは思っていなかった。
「お前はまだ1年生なんだ、【足関節脱臼骨折】が何だ。
世の中には歩きたくても歩くことの出来ない病気を持っている子供達だっているんだ。
確かに1年は大きいかも知れんが・・・その苦しみを乗り切れば
これから先待っている辛さなんて軽いもんだ。
治す努力もせずに諦めるのだけは止めてくれ」
「・・・監督・・・・・・」
言葉って不思議な物だと感じた瞬間だった。
心の中で涙が流れている、目が痛くなってくる。
もう泣き続けて涙なんて出ないものだと思っていたのに。
「・・・みんな待ってるぞ、須網。
背番号【6】はお前だけの物なんだ。
守備の名手であるお前がそのユニフォームを着てやらなくてどうする」
「・・・・・・・・!!!」
(ポンッ)
「しっかりとリハビリをして、また部に戻ってこい。
3年の夏に全員で・・・有終の美を飾ろうじゃないか!!!」
自分の失敗が、気にならなくなった。
ずっと病院内で怪我のことで泣いていた。
自慢の足が故障して自慢の守備が出来なくなるって不安を抱いていて。
それだけが取り柄だった自分に何が残ってあるのかって。
辛い辛い1ヶ月を過ごしてきた。
「・・・監督・・・・・監督・・・・・!!!」
それに一旦の終止符が打てた時だった。
必死の治療を続けていこうと思った時だった。