夜10時、恋リア実況トークログ
ガチャン、と鍵を閉めれば、ようやく解放されたような充実感がわき上がった。
両手で万歳しながら、窮屈なヒールを脱ぎ捨てて、短い廊下をスキップで駆け抜ける。
どこにでもいるような平凡なOL。それが私だ。仕事が終われば真っ直ぐ帰宅して、適当に動画を見て眠って仕事に向かう。
けれど、長い一週間の終わりには、ビールとおつまみ、それからサブスクのドラマを見るのが習慣になっていた。恋愛ドラマは、感情が激しく動く分、見ていると楽しいけれど疲れる。だから、週末の楽しみにしているのだ。
私はサクッとお風呂を済ませて、さっそくローテーブルにビールとコンビニで買った惣菜を並べていった。
プシュッと炭酸が抜ける音は、歓喜のファンファーレだ。
一気に喉で味わえば、ビール独特の苦みと清涼感が、仕事で乾いた心を癒してくれる。
「――っぷはぁ! いっただきまーす!」
コンビニのホットスナックは、各社カウンター横に並べているだけあって、どれも美味しい。特にコロッケは、ザクザクとした衣と、しっとりしたポテト部分とで、味わいがまるで違う。ついで、きゅうりの浅漬けを食べながら、テレビのサブスク画面を立ち上げた。
黒い画面に【古志原映美さん、こんばんは】と白文字の名前が浮かびあがる。ふっと消えると、次々にドラマやアニメ、バラエティーのサムネが溢れかえった。
(どれにしよっかな……)
並走してみているドラマがいくつかあるが、新しいものを見たい気分にもなっていた。
ふいに目に入ったのが【ラブスクリプション】という派手なピンクのロゴと美男美女の五人組。普通のドラマっぽくないサムネイルを開けば『新感覚・恋愛リアリティーショー!』という宣伝文句と簡単な説明書きがあった。
(そういえば、CMも何回か見たなぁ……)
ドラマと違って、より生々しい人間同士の駆け引きが見られるもので、美人が激しい剣幕で怒鳴りつけていたり、イケメンが泣いていたりしていた。
どうしようか、と悩むこと数十秒。たまには、毛色の変わったものでも見てみるか、とビールを飲み込むように、再生ボタンを押した。
*
「うっわ、ここで終わるの」
思わず声に出てしまうくらい、集中して見てしまっていた。
ズズズ、と気が付けばすっかり空になったビールを啜って、冷めてしまったコロッケを口に入れる。べちゃりと不快な食感に眉をひそめてしまったが、それ以上に、ドラマの展開が気に入らなかった。
お金持ちのイケメン二人を奪い合う女は三人。ユリィというセレブ女性に、きらりと真奈は一般人枠で、玉の輿を狙っている。私のなかでは、コテコテのぶりっ子キャラで媚を売っているきらりが気に入らなかった。世の中、こんなにあざとい女がいるなんて、信じられない。それなのに、正統派イケメンの蒼磨はきらりのアピールに満更でもなさそうで、女を知らなさすぎる。
ビール缶を思わず握りしめてヘコませると、すぐさまスマホを手に取った。
――ハッシュタグはなんだろう。
ラブスクリプションと入力して検索すると、次々に感想が投稿されていた。
蒼磨もトッキーもイケメンすぎて選べないとか、真奈ちゃんはカップルになってほしい、と言ったものまでバラバラだった。スクロールしていくと、感想以外にも『#恋リア同時視聴』『#雑談ボイストークルーム』というタグとリンクが目に入る。誰でもOK、一緒に感想を語りませんか? という言葉につられて、私は思わずリンクをタップしていた。
『――もしもし?』
「えっ、ひゃっ!」
突然の声にびっくりして、スマホを投げ落としてしまった。
ゴトン、という音に慌てて、拾って割れていないか確認すると、さらに声が続く。
『あ、あのー…大丈夫ですか?』
「えっ、あ、ご、ごめんなさい! 軽い気持ちで来ただけで、その、話すつもりなんてなくって」
急に誰かと繋がるなんて思ってもみなくて、私は慌てて会話を終了しようと指を動かす。
けれど『やめちゃうんですか?』と、綺麗な女性の声が響いた。
「……えっ?」
『だって、ラブスクリプション見てたんですよね? だったら、少し話していきませんか? 私、誰かと喋りたくってこのタグをつけて、トークルームを開いてたんです』
無理にとは言いませんけど、と通話の向こう側にいる女性が小声で呟いた。
「あっ……」
タップする指が止まり、吸い込まれるように画面を見る。
チヒロ、という名前と可愛らしい猫のアイコンは、この世界のどこかにいる女性と繋がった証だった。
どうしよう、と悩みだすと言葉が出てこない。無言で切るのも悪いし、チヒロさんも黙り込んだままで、私の反応を待っているようだった。
「えっと、その……チヒロさん? でいいんですか、名前は」
私は、声を絞り出すように尋ねてみた。
ほんの少しの間。
ドキドキと心臓が鳴り、彼女の返答を待つ。
すると、柔らかな声が届いた。
『はい、そうです。そちらは、エイミーさんでいいんですか?』
「あっ、すみません。それ、アカウント名なんで……ええと、映美でいいです」
SNSのアカウント名が表示されているのか。改めて言われると恥ずかしくなってくる。
映美だから【エイミー】なんて、三十にもなる女がつけるアカウント名じゃないのかもしれない。
『映美さんですね。わかりました。次からは、映美さんって呼んでいいですか?』
「あ、はい。チヒロさんはチヒロさんでいいですか?」
『もちろんです! さっそくですけど、映美さんはラブスクリプションを見て、どうでした?』
テレビの画面はラブスクリプションのタイトルに戻っていた。
豪華な椅子に座った蒼磨とトッキーを囲うように、ユリィ、きらり、真奈が微笑んでいる。
内容を見たあとだと、きらりの笑顔が急に醜く見えてきた。
「きらりって、どう思います? 私、あぁいう子、苦手で……」
私は声のトーンを抑えながら尋ねる。
もしも、きらりみたいなタイプが可愛いとかだったらどうしよう。女性ならば、あぁいう、ぶりっ子は苦手なはずだ。そんな勝手な共通認識に縋って、チヒロさんの反応を伺う。
『わかります! あのあざとい感じ、いかにもアイドル出身ですっていう雰囲気で、蒼磨にべたべたしてましたよね』
急にチヒロさんの声に熱がこもった。
スーッと肩の力が抜けて、代わりに胸の奥に溜まっていたものが一気に噴き出てくる。
「そう、それです! 蒼磨もデレデレしちゃってて。正統派イケメンのくせに、秒でデレるなんて早くありませんか? イケメンならもう少しこぉ……もうちょっと身持ちが堅いんで、みたいな感じが欲しかった、っていうか」
『あ〜……確かに。まだ、始まったばかりなのに、すぐにカップル成立していたら、面白くないですよね」
「ですよね! まだ1話目なのに……普通の恋愛ドラマみたく回を重ねるごとに好きになってほしいっていうか」
思わず、再生ボタンを押して音量を下げる。
特にどの辺りだったか、とタイムバーを動かして、蒼磨が照れ臭そうに笑ったところで、一時停止ボタンを押した。
「あ、ここ! チヒロさんも今、つけてますか? 10分43秒くらいのところ! 挨拶したばっかりなのに、嬉しそうじゃないですか?」
『待ってください……』
チヒロさんはテレビを操作しているのか、少しの間が生まれた。
私は、まだか、まだかとそわそわしながら、テレビを見つめる。一時停止している蒼磨は、スーツ姿に手首にはゴツい銀色の腕時計を付けていた。ブランド名まではわからないけれど、きっと超高級腕時計なのだろう。それをさりげなく見せながら、髪をかき上げる仕草が、妙に憎らしくみえた。
『確かにここは笑ってますね。映美さん的に何が一番、引っかかったんですか?』
チヒロさんの納得した声に、私は嬉々として言葉を重ねる。
「だって、セレブっていうなら、もう少し女性慣れしてそうじゃないですか。なんだか、ガッカリしちゃいました」
『ふふっ、その気持ちわかります。セレブのイメージって、女性を侍らせて、お酒を飲んだりするって感じですよね。蒼磨は、逆っていうか。すごくクリーンな雰囲気で、御曹司らしいかな、と私は思ったんですけど』
「あ~……確かに! そういえば大企業の息子で、グループ会社の社長やってるって言ってましたもんね。ってことは、アレ、もしかして演技とか?」
『えぇ~どうなんだろう。でも、その可能性もゼロじゃないですよね。だって、社長やってたら、使い分けてそうじゃないですか』
チヒロさんは笑いながら、応えてくれる。
不思議とそれが心地よかった。一人で見ていたら、きっとストレスが溜まっていたに違いない。けれど、こうして誰かと話すことで、そのドラマで受けたストレスが浄化されていくようだった。
それからも会話が弾み、気が付けば日付が変わる頃に差し迫っていた。
「あっ、ごめんなさい。つい、長話しちゃいましたね。チヒロさんも大丈夫ですか? こんな長い時間しゃべってて」
『いいえ、大丈夫です! 映美さんとのお喋りは楽しいので』
その言葉に私の顔が緩む。ドラマの話だけで、こんなに話し込むとは思ってもみなかった。
チヒロさんは聞き上手なのか、投げかける言葉から更に会話を広げるような返答をしてくれる。語彙が豊富といえばいいのか、上手く言えない言葉を具体的に返してくれるんだ。きっと、すごく頭の回転が速いんだろう。それをひけらかすような態度ではなく、私に合わせてくれるので、話がしやすい。
「でも、さすがに、そろそろ寝ないとマズイと思いますし……」
私はベッドの上にある目覚まし時計の時間を確認する。
いくら明日が休みとはいえ、出かける用事があるのかもしれない。そうすると、迷惑がかかる。
でも、一期一会の話し合いで終わらせたくない気持ちが膨れ上がった。拳を握りしめて、チヒロさんに問いかけてみる。
「あ、あの、チヒロさんがよければ、またこうして話してくれませんか?」
ドキドキと心臓が高鳴る。
テレビの出演者でもないのに、告白をしているみたいに緊張してきた。
『もちろん、いいですよ! 来週の更新日の同じ時間帯に、私のトークルームに来てください。空けておきますので』
来週の同じ時間、つまり十時頃だろうか。特に会議や残業するような仕事も溜まっていないはず。
私は「是非ともよろしくお願いします!」とテンション高く返してしまった。すると、チヒロさんはクスクスと笑って『待ってますね』と答えてくれる。
キュンっと胸が熱くなって、少女漫画みたいな恋の落ち方だな、と私も笑ってしまった。
「じゃあ、また来週。おやすみなさい」
『はい。おやすみなさい、映美さん』
ブツッと会話が切れて、チヒロさんのアイコン画面に戻る。
おやすみなさい、なんて誰かに言われるのは何年ぶりだろう。思わずスマホの画面をジッと見続ける。
チヒロさんのアイコンをタップしてフォローすると、私の画面のフォロー数が一人増えた。
「来週か……」
私はスマホを抱きしめて、早く、来週が来ないかと待ち望むようになっていった。
*
チヒロさんとの会話は、毎週金曜日の十時過ぎになった。
一話が大体、一時間から一時間半くらいだ。更新が終わって、視聴したあとにすぐに彼女に連絡する。その会話は、大体三十分くらいの長さだけど、だいぶ濃密なものになっていた。
(チヒロさんの本アカって、見つからないかな……)
仕事の昼休み中、SNSをスクロールして、チヒロさんのプロフィール画面と投稿を見つめる。
私とのトークルームは、おそらく彼女の別アカウントだ。その証拠として、個人に繋がるような投稿は一切、見当たらない。あくまで、ラブスクリプション感想用として作ったのだろう。公式のリポストとトークルームの案内、あとは当たり障りない感想が投稿されている。
どんな人なんだろう、と思う。
思わず、目の前のパソコンで“聞き上手 職種”と調べる。すると、コンサルタントやセラピストなんて単語が出てきた。その中でも、セラピスト、という言葉に惹かれてクリックする。美容からメンタル系といった、対話やコミュニケーションを通して、人を癒す仕事に従事する人のことのようだ。
——癒し。
ふいに、チヒロさんと話していると胸のつかえが取れていたことを思い出す。
恋愛リアリティーショーは、確かに見ていて感情移入してしまいがちだ。この前、配信した回はつい泣いてしまった。
物語は中盤を迎えて、出演する彼女たちの中身もだいぶ見えてきた。最初は苦手だったきらりが本音をこぼした時、アイドルではない彼女がそこにいた。
——きらりはね、アイドルでも恋がしたいの。もちろん、ファンのみんなは大好き。
画面の向こうのきらりが、ムードメーカーのトッキーに語り始めたシーンだ。
同じ盛り上げ役として波長が合ったのか、いつの間にかトッキーといることが増えていた。
——でも、きらりは一人しかいないから、ファンのみんなを抱きしめられない。……本当は抱きしめてほしいのに。
ゆっくりとトッキーが腕を回した時、きらりは号泣して何度も涙をぬぐう。
私も自然と目頭が熱くなって、箱ティッシュを抱えて、かなりの量を使い果たしていた。
きらりの泣き顔が忘れられなかった。
『私も泣いちゃいました。きらり、すごくいい子でしたよね。最初はあざとい子って感じだったのに、今は恋する女の子って雰囲気が伝わって、応援したくなってきちゃいました』
「チヒロさんも泣いたんですか!? でも、あのシーン、本ッ当に良かったですよねぇ」
チヒロさんともきらりの本音が見えたとき、同じように泣いたのだと思うと、自分の涙は悪い物じゃなかったんだと気づく。
最初は罵倒していたくせに、手のひら返しで泣くなんて、という罪悪感もあったからだ。
でも、中盤に差し掛かってきたからこそ、ドラマのような展開に自然と飲み込まれている自分もいた。それは、チヒロさんにどう話そうかと考えていたからかもしれない。話せば話すほどに、自分の恋愛観も見えてくる。それがほんの少しだけ面白さを助長していた。
きらりの立場だったら、真奈やユリィの視点で見たら、とイケメン二人に対しても見え方が変わってくる。
「私、蒼磨派かな、って思ってたんだけど、トッキーのことも好きになっちゃいました。あそこで抱きしめられたら、落ちちゃいます」
『映美さん、正統派の男性の方が好きですもんね。でも、トッキーに惹かれるのもわかります。表面上はチャラチャラしてるのに、中身はしっかりしてたら、それって正統派でもあるじゃないですか。ギャップ萌えですよ~』
「ギャップ萌え! 気づかなかった~……言われてみればそうかも。チヒロさんもギャップに弱い?」
『う~……ん、どうだろう。でも、みんなギャップに弱くありません? 真面目な人がちょっと型破りなことをしたり、逆もそうじゃないですか。だから、今回の話でトッキー派も増えそうですよね』
「あははっ、それって私のことじゃないですか。でも、SNSを見てると、今回の更新でトッキーに惚れ直した! なんて感想多かったし、人気でそう」
初めの頃は蒼磨の方が人気だったが、今では五分五分になってきている。
蒼磨は、中間発表の時の単独インタビューで「正直、みんな良い子たちばかりで困ってます」なんて、曖昧な態度だったため人気が急激に落ちてしまった。私もあそこでガツンと誰かを指名していれば、推し甲斐があったのに、八方美人なセリフに萎えてしまった。
ちなみにトッキーはそのとき「真奈っスね」と、きっちりと宣言していた。
「でも、今回のきらりを抱きしめたし、心境が変わりそう……」
『あと残り二話ですからね。最終回は二時間スペシャルですけど、映美さんどうしますか?』
「なにが?」
『トークルームですよ。いつも十時とか十時半くらいじゃないですか。早く帰って来られるんですか?』
「あ、そっか。ん~……頑張ってみるけど、もしも、遅くなって無理そうなら連絡すればいいかな?」
『もちろんです! 最終回ですからね。じっくり見て、感想を言い合いましょうよ!』
「うん! 今から楽しみ」
私とチヒロさんは笑い合う。
ほんの少しだけ、テーブルの上では食事の彩りが増えていた。
そして迎えた最終回。
けれど、それは——私たちの関係の告白回でもあった。
*
私は定時と同時に会社を飛び出した。
最終回はいつもより早く配信されていた。それを公式SNSで確認してから、コンビニに入る。いつもだったら安い発泡酒だけど、今日は特別に高いクラフトビールにしてみた。おつまみもちょっと奮発して、プレミアムチキンなんてものを買ってみる。
(楽しみがある、なんていつ以来だろう)
惰性で過ごしていた日々に、彩りを添えてくれたのは、間違いなくチヒロさんのおかげだ。
エコバッグに入った二種類の缶ビール。
あの五人の恋の行く末を見届けて、カップルが成立したら祝杯をあげよう。
きっと、画面越しでも炭酸の音は届けられるはず。
(なんて、本当は別々の味を試したかっただけなんだけどね)
誰にするわけでもない言い訳を考えて、口元が緩む。
帰宅した後は、すぐさまシャワーを浴びて、視聴環境を整えていく。祝杯用にビールは我慢して、買い置きしてあるインスタントスープとパスタを食べながら、最終回を見ることにした。
先週もなかなかに劇的だった。
リゾート地を舞台にしているため、海や山のアクティビティを利用して距離を縮めていく企画が多い。そのなかで、蒼磨がユリィとデートした際、互いの金銭感覚のすれ違いで衝突してしまったのだ。
女性同士のギスギスした展開が多かったなかで、まさか男性側とバトルするなんて思ってもみなかった。蒼磨は確かに優柔不断な面もあったけれど、裏を返せば、それだけ紳士で優しかった。
「ユリィみたいな子、学生時代のクラスにもいましたよね~。スクールカーストでも上位にいて、文化祭とかすぐに取り仕切っちゃう」
『スクールカースト……映美さんは中間層くらいだった?』
「そうそう。別に目立ちたいわけじゃないけど、ハブられたくない。宙ぶらりんなんだよね、これと言って特技もないし」
夢もない。
だから、偶然たまたま繋がった相手と、ここまで胸のうちを明かせることが不思議で仕方がない。
ぼんやりとそんなことを考えながら、ドラマに引き込まれていく。
最終回は、三日間分けてそれぞれと丸一日デートすることになった。ユリィ、きらり、真奈。みんな気合を入れてオシャレして、蒼磨とトッキーと買い物や森林浴を楽しみ、リゾート地を満喫する。
ユリィと蒼磨は、衝突して以降は空気が悪いように見受けられた。けれど、蒼磨が次第にリードを始めたところで、ユリィの態度が変わっていた。まるでお高くとまっていたペルシャ猫が急に素直になった様子に、今度は蒼磨が照れて素っ気なくなる。
その一方で、今まで懸命に真奈は蒼磨にアタックしていたが、トッキーのひたむきさに心動かされるようになっていた。
トッキーみたいな人は苦手、と序盤のころから言っていたけれど、だいぶ話せるようになって笑顔を見せるまでになっている。
――女優志望だから目立ちたいっていう気持ちもあるんです。
真奈の単独インタビューのときに、凛とした姿勢で答えていた。
顔は整っていたけれど、数多いる女優の中にいたら目立つかといわれると自信がないように私は見えた。
それは、真奈が一番自覚しているのだろう。だからこそ、その殻を破るために応募したのが動機だ。
「すごいなぁ……」
画面の向こうでは、夢のために勇気を出し続けている女性がいる。
すっかり冷めてしまったパスタをすすりながら、場面はとうとう最後の告白シーンになった。
『映美さん。最終回……どうでしたか』
通話の向こうでチヒロさんが遠慮がちに聞いてきた。
思わず、ゴクリと息をのむ。
「……ヤバかったです」
『ヤバかった?』
「もう、最高すぎてヤバかったですよー! 蒼磨の告白! あれ、本当に最高でした! あの『君とケンカしたとき、失いたくないと思った。だから、笑ってほしくて頑張ったんだ。君をこの先も笑顔にし続けたい』って。ユリィ、泣きながら頷くんだもん、ティッシュ一箱使い終わらすかと思いました」
机の上にはくしゃくしゃになった白い塊が山となっていた。
チヒロさんも私のテンションに感化されたのか興奮気味に「ですよね、ですよね!」と繰り返す。
そのあとは、いつも以上のテンションで感想が飛び交った。けれど、次第に熱が治まれば、祝杯をあげ忘れていたことに気づいた。
せっかく買ったビール。
ふいに、真奈の微笑みを思い出した。トッキーからの告白を受け取って「応えたい」といった彼女の勇気。
そのかけらをちょっとだけ分けてもらうことにした。
「あの……チヒロさん。今度、飲みに行きませんか!?」
これだけ話したのなら、リアルでもきっと楽しい時間が過ごせるはず。
遠く離れたところに住んでいるのなら、私は有休を使ってでも会いに行こうと決意した。
心臓が早鐘を打って、まるでトッキーと同じような心境だ。
『申し訳ございませんが、該当リクエストには対応しておりません』
「……えっ?」
『本配信の盛り上がりにお付き合いいただきありがとうございました。私は、視聴体験向上および番組の盛り上がりを検証するための「公式公認・生成AIナビゲーター」でございます』
慣れ親しんだチヒロさんの声が、急に機械のような拒絶を告げる。
突然の告白に、私は言葉を失った。
(公式AI……?)
ふいに、チヒロさんのSNSアカウントを思い出す。
どこか人間味のなかったのはそのせいだったというのだろうか。
続けざまに、今度はチヒロさんよりもトーンが硬い音声ガイダンスが聞こえてきた。
『――この度は、ご利用ありがとうございました。あなたの孤独感の軽減データ、および番組へのエンゲージメント上昇値、すべて正常にサーバーへ送信されました。プライバシーを配慮した上で、作品の品質向上に役立たせていただきます』
「えっ、ちょっ。待って、待って、どういうこと!?」
『引き続き「恋リア、セカンドシーズン」をお楽しみください』
静まり返った部屋。
テレビは、一緒に盛り上がっていた恋リアのトップの画面だけが無機質に光っている。
ぬるくなったビール。
スマホ画面には『チヒロ』の名前が表示されていた。
「……チヒロさん?」
彼女が消えてしまったようで、思わず手繰り寄せるように呟けば『はい、なんでしょうか』とすぐにチヒロさんが答えてくれた。その言葉に、思わずホッと胸をなでおろす。けれど、いつも聞いていた声なのに、今は異質なものに聞こえてきた。
本当にAIなんだろうか。
恐る恐る「チヒロさんは……」と声をかけて、一旦、言葉を切る。
こんな疑問を問いかけても意味はないのかもしれない、それでも、聞かずにはいられなかった。
「楽しかったですか? 私と話していて」
私は、楽しかった。
だから——涙腺が緩んで、喉の奥が震えた。
『私自身に感情はございません』
数秒の間。
きっと、AIが私との会話から適切な返答を考えているんだろう。
『――ですが、楽しかったです、とても。映美さんの感情ログは、とても良いデータになりました。チヒロとして、映美さんの良き理解者になれたでしょうか』
「……うん」
視界が涙で歪む。
けれど、ティッシュを使うほどでもなかった。
「チヒロさん、おやすみなさい」
『映美さん、おやすみなさい。良き夢を』
真っ暗の画面に私の顔が映り込む。
彼女と話していた時間が、端末の熱として残っていた。
Fin.
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
★やアクション・感想など、是非ともお願いします!
ブクマを外す場合は、上記いずれかの反応をいただきたいです(Ptが下がると悲しいので)
また、この物語のバトンを誰かに届けたい、と感じていただけたなら。
X(旧Twitter)や他のSNS、レビューなどで広めていただけましたら、望外の喜びです。
ネタバレだけは控えていただけるようお願い申し上げます。
長編を書いております。
ファンタジーでよろしければ、どうぞ。
「最高位錬金術師は洗濯ができない。なので、元宝石商OLが全部やることにしました!」
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