駅ナカ、おにぎり日和
駅ナカのおにぎり屋は、ちょうど朝の光が差し込む時間だった。
店内には小さな温かさが満ちていて、並ぶおにぎりのケースからは、ほんのりご飯の香りと出汁の匂いが漂う。
五穀米や、ポテトサラダ、おひたしが並ぶケースの横には、注文を受けてから握るおにぎり用の小さなカウンターがある。
私はいつも通り、制服のエプロンを整えながら、来店したお客さまを迎える準備をした。
ケースの中には、鮭や昆布、梅の定番おにぎりが整然と並んでいる。
すぐに手に取れるおにぎりだ。
けれど、唐揚げと卵焼きのセットや、五穀米の特製おにぎりは注文を受けてから握る。
その分、少し時間がかかる。
「すみません、鮭と……梅」
柔らかく落ち着いた声に顔を上げると、そこに彼が立っていた。
「いらっしゃいませ。
おはようございます」
毎朝仕事前に来店する、少し背の高いスーツ姿の人。
ネクタイを整えながら立つ姿は、もうすっかり見慣れた朝の風景だった。
でも、今日の彼はいつもより少し落ち着いて見える。
「今日はこれから、お仕事ですか?」
丁寧に問いかける。
「はい……まあ、そんなに早くはないですけど」
小さく笑いながら、ケースのおにぎりを見ている。
「今日のセット、唐揚げと卵焼きでお願いします」
「かしこまりました」
いつも通りのやり取りなのに、不思議と緊張感はない。
互いの距離は少しだけ近く、それでいて自然な間合いだった。
注文を受け、手元でおにぎりを握る。
温かいご飯が、衛生手袋越しの指先に伝わる。
そのぬくもりが、なぜか心までほっと温めるようだった。
彼はカウンターの向こうで、少し体を傾けながら、私の手元を静かに見守っている。
ご飯を握り終え、そっと包装紙に包む。
包みから伝わる温かさに、彼はふっと笑った。
「これ、まだ温かいですね」
「はい。
すぐに食べるなら、ちょうどいいくらいです」
会話は短い。
それでも、お互いの存在を確かめるだけで、心はじんわり温かくなる。
店内の小さな光。
壁に映る影。
並んだおにぎりの色と香り。
それだけで、なんでもない日常が少し特別になる。
会計を済ませ、彼は改札の方へ向かっていく。
私はその背中を、そっと見送った。
夕方。
仕事帰りのホームは、まだ人の波が途切れずざわめいていた。
外に出ると、夕焼けの光がホームを染めている。
「お帰りですか?」
振り向くと、そこには偶然にも、いつもの彼が立っていた。
「ええ、たまたま残業で……」
私も自然と、少し笑みを返す。
朝とは違う時間なのに、不思議と同じ空気が流れていた。
「……また、会えるといいですね」
小さくつぶやくと、彼は少し目を細めて、静かに頷く。
「そうですね」
どちらからともなく、歩き出す。
並んだ影が、ホームの光に長く伸びていく。
偶然の出会いが、いつの間にか少しだけ距離を縮めていたことを、互いに感じながら。
日常の、ほんの小さな奇跡。
おにぎりの温かさと、夕焼けの光と、ほんの少しの笑顔。
それだけで、今日の時間は充分に特別だった。




