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駅ナカ、おにぎり日和

作者: 絵宮 芳緒
掲載日:2026/03/05

駅ナカのおにぎり屋は、ちょうど朝の光が差し込む時間だった。


店内には小さな温かさが満ちていて、並ぶおにぎりのケースからは、ほんのりご飯の香りと出汁の匂いが漂う。


五穀米や、ポテトサラダ、おひたしが並ぶケースの横には、注文を受けてから握るおにぎり用の小さなカウンターがある。


私はいつも通り、制服のエプロンを整えながら、来店したお客さまを迎える準備をした。


ケースの中には、鮭や昆布、梅の定番おにぎりが整然と並んでいる。

すぐに手に取れるおにぎりだ。


けれど、唐揚げと卵焼きのセットや、五穀米の特製おにぎりは注文を受けてから握る。

その分、少し時間がかかる。


「すみません、鮭と……梅」


柔らかく落ち着いた声に顔を上げると、そこに彼が立っていた。


「いらっしゃいませ。

おはようございます」


毎朝仕事前に来店する、少し背の高いスーツ姿の人。


ネクタイを整えながら立つ姿は、もうすっかり見慣れた朝の風景だった。


でも、今日の彼はいつもより少し落ち着いて見える。


「今日はこれから、お仕事ですか?」


丁寧に問いかける。


「はい……まあ、そんなに早くはないですけど」


小さく笑いながら、ケースのおにぎりを見ている。


「今日のセット、唐揚げと卵焼きでお願いします」


「かしこまりました」


いつも通りのやり取りなのに、不思議と緊張感はない。


互いの距離は少しだけ近く、それでいて自然な間合いだった。


注文を受け、手元でおにぎりを握る。

温かいご飯が、衛生手袋越しの指先に伝わる。

そのぬくもりが、なぜか心までほっと温めるようだった。


彼はカウンターの向こうで、少し体を傾けながら、私の手元を静かに見守っている。


ご飯を握り終え、そっと包装紙に包む。

包みから伝わる温かさに、彼はふっと笑った。


「これ、まだ温かいですね」


「はい。

すぐに食べるなら、ちょうどいいくらいです」


会話は短い。

それでも、お互いの存在を確かめるだけで、心はじんわり温かくなる。


店内の小さな光。

壁に映る影。

並んだおにぎりの色と香り。


それだけで、なんでもない日常が少し特別になる。


会計を済ませ、彼は改札の方へ向かっていく。

私はその背中を、そっと見送った。




夕方。

仕事帰りのホームは、まだ人の波が途切れずざわめいていた。


外に出ると、夕焼けの光がホームを染めている。


「お帰りですか?」

振り向くと、そこには偶然にも、いつもの彼が立っていた。


「ええ、たまたま残業で……」


私も自然と、少し笑みを返す。


朝とは違う時間なのに、不思議と同じ空気が流れていた。


「……また、会えるといいですね」


小さくつぶやくと、彼は少し目を細めて、静かに頷く。


「そうですね」


どちらからともなく、歩き出す。

並んだ影が、ホームの光に長く伸びていく。


偶然の出会いが、いつの間にか少しだけ距離を縮めていたことを、互いに感じながら。


日常の、ほんの小さな奇跡。


おにぎりの温かさと、夕焼けの光と、ほんの少しの笑顔。


それだけで、今日の時間は充分に特別だった。

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― 新着の感想 ―
 衝突・脱線事故なく、仕事でのトラブルやストレスによる八つ当たりなく、食事を口にし、会話もできる。あたりまえのようで、大切にしたい程にありがたい事なんでしょうね。 和やかで素敵なお話でした。
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