第7章 結の沈黙
リュミエールのテレビ出演が増えていた。
バラエティ番組。音楽番組。ときどきインタビュー。彼女たちの名前は少しずつ知られ始めている。ファンは毎日増えていて、SNSのコメントはそれぞれのアカウントに溢れていた。
今日は、いつもより大きなスタジオでのバラエティ収録だ。ホストはもっと有名で、観客も多い。田中は朝から念入りに指示を出していた。
「今日は目立つように。玲さんはメインで。愛梨さんは場を和ませる役割を。光さんはいつも通りで結構です。美緒さんは笑顔多めで。瑠奈さんはいつものストレートな感じで」
彼はそこで止まり、結を見た。
「結さん。あなたは……もう少し喋るようにしてください。黙ってばかりではいけません」
結が小さくうなずく。「はい」
でも、その声はほとんど聞こえなかった。
収録が始まった。
最初のセグメントは自己紹介。メンバーが一人ずつ、それぞれの個性で名乗っていく。玲は自信に満ちて。美緒は甘く。瑠奈は相変わらずストレートな関西弁で。光は軽いジョークを交えて。愛梨は親しみやすい笑顔で。
結の番。
「こんにちは……リュミエールの篠原結です。よろしくお願いします」
短い。平坦だ。ホストが気まずそうに微笑んで、すぐに次のセグメントへ進めた。
愛梨は隣で結を見た。表情は変わらない。でも、手がスカートをぎゅっと握っている。
第二セグメントはクイズ。ホストが次々に質問を投げかけ、即興で答えなければならない。玲、光、愛梨が交代で答えて観客を笑わせる。美緒と瑠奈も時々コメントを挟む。でも、結はずっと黙っていた。カメラが向けられたときだけ、小さく微笑む。
第三セグメントは体を使ったゲーム。二つのチームに分かれて競う。結は愛梨と同じチームだった。彼女は真面目に、一生懸命プレイする。でも、声は出さない。勝っても小さく笑うだけ。負けても黙っている。
すべては順調だった。最後のセグメントまでは。
最後のセグメント。ショートヘアの女性ホスト——ゲストの内面を引き出すことで有名な彼女——がソファに座り、鋭い笑顔を向けた。
「ところで、リュミエールさんはデビューしたばかりですけど、きっと舞台裏ではいろんな苦労があったんじゃないですか?よかったら聞かせてください」
玲が話す。厳しい練習の日々。美緒が話す。モデルからアイドルへの転向。瑠奈が話す。大阪から一人で東京へ。光が話す。学校との両立の大変さ。愛梨が話す。芸能人の両親のもとで育ったプレッシャー。
ホストはうなずきながら聞いている。そして、目が結に向いた。
「結ちゃんが一番年下だもんね。大変でしょ?それに、ご両親と離れて暮らしてるって聞いたけど。どんな感じ?」
結は黙った。
全員の視線が集まる。
口を開く。でも、声が出ない。
目が虚ろだ。手が、小さく震えている。
「結ちゃん?」ホストは微笑む。「どうしたの?」
まだ黙っている。
五秒。十秒。
監督席で誰かが立ち上がる。ADが慌てて動く。
「結」玲が小声で言う。「大丈夫?」
結は玲を見て、またホストを見る。目は……虚ろだった。まるで機械が突然止まったみたいに。
「すみません」やっと声が出た。小さい。「私……私、その……」
止まる。手はまだ震えている。
女性ホストは視線を外し、プロの笑顔を作った。「はいはい、話したくないこともあるよね。じゃあ、次いきましょう!」
収録は続いた。でも、結は端に寄せられた。カメラはもっと玲と愛梨を映す。結はときどき映るだけ。小さく微笑んで、黙っている。
収録が終わったのは夜の九時。
控え室で、田中が低い声で言った。
「結さん。次から、もし答えられない質問があったら、スタッフに合図を送ってください。こちらで話を逸らしますから」
結はうなずいた。「すみませんでした」
「謝らなくていい。次に活かしてください」
田中は去った。他のメンバーは帰り支度を始める。光が愛梨を誘うけど、彼女は首を振った。
「ごめん、先に帰ってて。トイレ行きたいから」
光はうなずく。「わかった。お先に!」
愛梨はみんなが出ていくのを待ってから、非常階段に向かった。
ドアを開けると、夜の空気が入ってきた。冷たい。非常階段の灯りは上に一つだけ。下の方はほとんど暗い。
その隅に、結がいた。
階段に座っている。膝を抱えて、顔を腕の間に埋めている。肩が、かすかに震えていた。
愛梨は立ち止まった。
一瞬、去ろうかと思った。一人にしておいてあげた方がいい。でも、足が動かなかった。
ゆっくり階段を下りる。わざと足音を立てて、来たことを知らせる。
結が顔を上げた。目は赤くて、濡れている。愛梨を見ると、すぐに顔をそらした。腕の袖で涙を拭う。
「すみません……私、すぐに帰ります」
愛梨は答えなかった。ただ、隣に座った。冷たい階段の上に。
黙ったまま。
結が彼女を見る。
誰も話さない。
愛梨はただ隣に座っていた。結はもう泣いていなかった。呼吸も落ち着いてきた。
「なんで……ここにいるの?」結が掠れた声で言った。
愛梨は考えた。でも、答えがわからない。
「ただ……一人でいるのが辛いかなって思って」
結はしばらく黙って、それから言った。「私、黙ってると、みんな離れていくよ」
「どうして?」
結が肩をすくめる。「だって私は、変な子だから。話せない子だから」
愛梨は結を見た。小さな彼女はまだうつむいている。前髪が目を隠している。
「変じゃないよ」
結は黙る。
「私、沈黙、好きだよ」愛梨が続ける。「だって、そのときは、何も偽らなくていいから」
結が顔を上げた。目が、何かを問いかけている。
愛梨は小さく笑った。「でも、ときどき、沈黙も重いよね。一人は重い」
結は長い間、愛梨を見つめていた。そして言った。
「あなたも、一人なの?」
愛梨は答えなかった。
でも、結はわかったみたいだった。また二人で黙った。
「子供の頃」
結が突然話し始めた。声はまだ小さいけど、さっきよりしっかりしている。
「私、本当は……そんなに大人しい子じゃなかったんだ」
愛梨が少しだけ横を向く。
「小さいことも、なんでも喋ってた。それが普通だと思ってた」
結がかすかに微笑む。
「ある日……私はいつもより早く家に帰ったんだ」
息を吸う。
「お父さんが、カフェで知らない女の人と一緒だった。手をつないでた。意味がわからなくて、近づいて、呼んだ」
声が小さくなる。
「お父さんは驚いて、その女の人はすぐに消えた。お父さんは怒って、誰にも言うなって」
手が、ジャケットの裾を強く握る。
「でも……お母さんに話したんだ。その夜、二人はすごく喧嘩した。叫び声と、物が割れる音が聞こえた。数日後、お父さんは出て行った。家は静かになった」
結はうつむく。
「お父さんは言った。全部、私が黙ってなかったからだって」
その声は小さくて、重かった。また泣き出しそうだった。
「それから……話すのが怖くなった。自分の言葉で何かが壊れるのが怖い。誰かがいなくなるのが怖い」
「中学に入ってから、ほとんど喋らなくなった。友達は私を変だと思い始めた。先生も困ってた。中には、私が偉そうにしてるって思う人もいた。いじめられ始めた」
愛梨は黙って聞いていた。
「結局、学校に行かなくなった。家にいて、ただの負担になった」
長い息を吐く。
「それで、リュミエールのオーディションを見つけたんだ。もし受かったら、新しい場所に行ける。最初からやり直せるかもしれないって思った。母に何も言わずに、一人で東京に来た。何かが変わると思ってた」
目が揺れる。
「でも……何も変わらなかった」
声が震えた。涙がまた溢れ出した。
「怖い。でも、このままでいたくない」
冷たい夜の中で、結の涙がまた溢れた。愛梨は黙って、彼女が落ち着くのを待った。
しばらくして、結は少し落ち着いた。
「ごめん、愛梨さん。迷惑かけて」
「ううん。私たち、仲間だから」
「ありがとう」
スマホが震えた。光からのメッセージだ。
『愛梨、どこ?!何回メッセージ送っても返事ないし!心配してるんだけど!』
見ると、光から何通もメッセージが来ていた。すぐに返信する。
『ごめん!結と一緒にいた。一緒に帰るから、心配しないで』
光から、ほっとしたスタンプが返ってきた。
愛梨はスマホをしまい、立ち上がった。
「もう遅い。帰ろう」
結もうなずいて立ち上がる。足が少し痺れているみたいだ。愛梨は彼女の手を取って、立ち上がるのを手伝った。
「ありがとう」結がまた言う。
「もう、ありがとうばかり」
結がほんの少し笑った。二人は一緒に帰った。
つづく




