第6章 玲の重荷
デビューから二週間が過ぎた。でも、まるで昨日のことのように感じる。
愛梨はまだ、この忙しい日常に必死に適応しようとしていた。スケジュールは本当に詰まっている。それに加えて、学校にも通わなければならない。
今日は雑誌の撮影だ。愛梨は午後四時にスタジオに到着し、すぐに楽屋へ向かった。
部屋はかなり広かった。一面に鏡が並び、反対側には衣装がかかったラック。着替え用の小さなカーテンがいくつかあるけど、完全に隠れるわけじゃない。美緒と瑠奈はすでに来ていた。椅子に座って、メイクの順番を待っている。光は愛梨より数分遅れて到着し、疲れた顔でどっかりと座り込んだ。
「疲れた〜」光が愚痴る。「数学の先生がめっちゃ宿題出してさ、全然終わらなかった」
「昼休みにやればいいじゃん」と美緒。
「昼休みは他の課題で潰れたし」
愛梨は小さく笑った。普通の、当たり前の会話だ。
ドアが開いて、玲が入ってきた。長い黒髪はきれいにまとめられていて、制服をまだ着ている。学校から直行したんだろう。何も言わずに空いている椅子に座り、スマホを取り出してスクロールし始めた。
愛梨は彼女を観察する。玲はいつもこうだ。効率的で、落ち着いていて、常に自分をコントロールしている。無駄なことは一切しない。ステージでは完璧で、舞台裏ではほとんど黙っている。
「リュミエールの皆さん、お着替えをお願いします」
スタイリストのアシスタントが入ってきて、ハンガーにかかった衣装を差し出す。
「メイクは後ほど参ります」
彼女たちは動き始めた。愛梨は最初の衣装——青いリボンのついた白いワンピース——を受け取り、部屋の隅のカーテンの後ろに向かった。周りから衣擦れの音が聞こえる。ファスナーが引っかかった光の呟き。アクセサリーについてアシスタントに質問する美緒の声。瑠奈は一番先に着替え終わって、鏡の前でポーズを取っている。
愛梨は着替えを終え、カーテンの後ろから出た。二着目の衣装——デニムジャケットのカジュアルなセットアップ——をラックから取って、椅子の上に置いた。
視界の端に、玲が映った。
玲は窓際に立っていた。部屋に背を向けて。ちょうど制服を脱いだところで、カーテンが完全に隠しきれず、一瞬、素肌の背中が見えた。彼女は手を伸ばして、近くにかけてある衣装を取ろうとしている。
その瞬間、腕が上がったとき、夕方の光が彼女の左腕の内側を照らした。
愛梨は見てしまった。
赤い線。いくつかは新しく、いくつかは薄くなっている——古い傷の跡だ。手首から肘にかけて、不規則に伸びている。引っかいたような、何度も自分を傷つけているような跡。
玲が腕を下ろした。そして、視線を感じたかのように、振り向いた。
目が合った。
パニックも怒りもない。ただ、静かに見つめ返す。
「見た?」
愛梨は言葉を探した。「……何を?」
玲は小さく息を吐いた。「そう……ならいい」
愛梨は目をそらした。二着目の衣装を手に取り、ジャケットを畳むふりをした。畳む必要なんてないのに。
言葉は交わさなかった。何も起きなかった。でも、愛梨の頭から離れなかった。
——あれは何?
——傷?
——どうして?
撮影は数時間続いた。
玲はカメラの前で完璧だった。カメラマンが何度も褒める。
「あご、もう少し上げて……そう、いいね!」
「もう一度、微笑んで……素晴らしい!」
玲はすべての指示に迷いなく従う。隙もミスもない。
愛梨はスタジオの照明の陰から、ずっと玲を観察していた。あの傷が忘れられない。
撮影の合間、玲はパイプ椅子に一人で座り、スマホをチェックしている。誰とも話さない。光が何度か近づこうとしたけど、玲は必要最低限の返事をして、またスマホに戻る。
愛梨は玲の座り方に気づいた。肩に力が入っている。スマホを握る手は固い。時々、指が袖の下の腕に触れ、すぐに引っ込める。
「愛梨さん」
結の声に、愛梨ははっとした。
「さっきからずっと玲さん見てるけど、どうしたの?」
愛梨は少し迷った。
「結ちゃん……」
結は黙って待っている。
「なんで人は、自分を傷つけるんだと思う?」
結は少し間を置いて、静かに答えた。「たぶん……心の痛みの方が、体の痛みより辛いから」
「そう……なんだ」
夜、自分の部屋の机に向かう。
明日は学校で小テストがある。でも、全然集中できない。玲の腕の傷が頭から離れない。
スマホを手に取り、玲にメッセージを送ろうとした。二人だけでやりとりすることはほとんどない。いつもリュミエールのグループLINEだけだ。
打っては消し、打っては消し。
結局、短いメッセージを送った。
「今日はお疲れさま。明日も頑張ろうね」
傷のことには触れない。何も尋ねない。ただの普通のメッセージ。
数分後、返信が来た。
「うん、あなたも。おやすみなさい」
いつも通り、淡々としている。何もおかしくない。
でも、愛梨はそのメッセージを長く見つめた。言葉の向こう側にあるものが、わからなかった。たぶん、誰にもわからない。
二日後、愛梨と玲は同じスケジュールだった。
小さなバラエティ番組の収録。二人だけでの出演だ。午前九時に事務所の車が迎えに来て、渋谷のスタジオへ向かう。
車の中、玲は前の席に座り、愛梨は後ろの席だ。
愛梨は玲の背中を見ていた。肩は、あの撮影の時と同じように張っている。手は膝の上で、時々スカートの端をぎゅっと握っている。
「愛梨」
玲が突然、沈黙を破った。
「うん?」
「朝ごはん、食べた?」
愛梨は少し驚いた。玲から話しかけてくるのは珍しい。
「ちょっと寝坊しちゃって、食べる時間なくて」
「ふうん。朝ごはんは大事だよ。次からはちゃんと食べなよ」
「うん……」
取るに足らない、普通の会話。でも、愛梨にはそれが、何かの——努力に思えた。玲が、何もなかったかのように、普通に話そうとしている。
収録は四時間続いた。ホストは感じのいい人たちで、アイドルをやりながら学校に通う日常について、いろいろ質問してくれた。玲は礼儀正しく、適切なタイミングで笑い、完璧に答えた。
収録が終わったのは夕方。同じ車で帰ることになった。
今度は、愛梨は玲の隣に座った。玲は窓の外をずっと見ている。
愛梨は横顔を見る。玲は美しかった。鼻筋が通って、長い黒髪がきれいに整えられている。いつも輝いて見える。
でも今は、疲れて見えた。
「私、実は……芸能界に入るつもりなんかなかったんだ」
突然、玲が口を開いた。
愛梨は顔を向ける。「え?」
玲はまだ窓の外を見ている。
「母は昔、オーディションを受けて、デビュー寸前までいったんだ」小さく笑った。「でも、それは叶わなかった。病気の祖父の世話をするために、夢を諦めなきゃならなかった」
「小さい頃から、母はよく言ってた。『私の若い頃にそっくりね。私が叶えられなかったことを、あなたなら叶えられる』って」
手が、スカートをより強く握る。
「最初はピアノ教室。次にバレエ。それからボーカルレッスンに演技レッスン。スケジュールはぎっしりで、友達と遊ぶ時間なんてなかった」
愛梨は想像できた。
「疲れたって言うと、母は『チャンスは二度と来ない』って言う。辞めたいって言うと、怒った」
玲はそっと息を吐く。
「中学生の時、ピアノのコンクールで準優勝したんだ」声は相変わらず平坦だ。「母は言った。『もっと頑張ってたら、優勝できたのにね』って」
玲は自分の手を見つめる。
「私は……完璧じゃないと、愛されないんだって思うようになった」
「時々、母は苛立ってた」玲はまだ愛梨を見ない。「それが私を強くするための教育だって言うんだ」
「そして、おかしいんだけど……私、それを信じてた」玲がかすかに微笑む。「ストレスが溜まると、体の中がパンパンになる感じがする。詰まってて、破裂しそうで」
指が、そっと袖の下の腕を撫でる。
「頭の中の声を止めたかったんだ。いつも『まだ足りない』って言う声を」
ようやく玲は愛梨の方を向いた。
「これがダメなことだって、わかってる」目は虚ろで、壊れそうだった。「でも……やめられない」
沈黙が、二人の間に落ちる。
「ごめん。誰にも言わないでほしい」
愛梨は静かに答えた。「誰にも言わない」
玲が小さくうなずく。「ありがとう」
「玲」
彼女が少しだけ首を向ける。「うん?」
「何かあったら、話していいからね」
玲はほんの少しだけ微笑んで、また窓の外を見た。
数日後、練習スタジオ。
愛梨は早めに来ていた。部屋に入ると、もう玲がいた。短い挨拶を交わして、玲はストレッチを続ける。
愛梨は端に座り、バッグから水筒を取り出した。
光が重たい足取りで入ってきて、どかっと愛梨の隣に座った。
「疲れた〜!今日のテスト、絶対悪い点数やわ」
愛梨は微笑む。「そんなことないよ」
「そうかなあ…」
光はいろんなことを話し続けた。でも、その途中で、愛梨は玲をちらりと見た。
玲はまだストレッチをしている。背筋は伸び、動きは正確だ。彼女は微笑んでいた。誰に向けるでもなく、鏡に向かって。でも、その笑顔は、なぜか少しだけ軽く見えた。
ただの思い込みかもしれない。
でも、愛梨はそう信じたかった。
つづく




