第3章 グループ結成
オーディションから一週間。
授業中、スマホが震えた。
メールだ。
『高橋愛梨様
このたび、アイドルグループ「Lumière」のオーディションに合格されましたのでお知らせいたします。
つきましては、6月24日(土)午前10時に、当社オフィスまでお越しください。
株式会社 星彩エンターテインメント』
愛梨は画面を見つめた。
合格。
嬉しくもないし、驚きもしない。まるで他人の知らせを読んでいるみたいだ。
隣から、肘でつつかれた。
「どうだった?受かった?」
光が覗き込んでいる。いつの間に隣に来たんだろう。
「……みたい」
「『みたい』って?」
光が叫びそうになった。前の席の二人が振り返る。光は口を押さえて、声をひそめた。
「受かったのに『みたい』って何それ!」
愛梨は肩をすくめた。「なんか……実感がなくて。光は?」
「私も今朝メール来た!」光が愛梨の手を掴んだ。「二人とも受かった!」
愛梨は小さく笑った。でも、頭の隅で別のことを考えていた。
一週間前、あの審査員の男が言った言葉。
『いつもそうなの?』
ずっと引っかかっている。答えが出ないから。
今、合格した。なのに、なんだかもっと大きな何かに足を踏み入れて、もう戻れなくなる気がする。
土曜の朝。
愛梨と光は、星彩エンターテインメントの前に立っていた。
場所は青山。前のオーディション会場とは全然違う。きれいなビルだ。
「なんか、すごいね」光が囁いた。
受付に案内されて、会議室に入る。広い部屋だ。真ん中に長い机。窓からは街が見える。奥のホワイトボードには『リュミエール』って書いてある。
先客がいた。
窓際の席に、一人の少女が座っている。背筋が伸びて、長い黒髪がきれいに整えられている。手は机の上。窓の外を見ていたけど、ドアの音で振り返って、小さく微笑んだ。
「おはようございます」
愛梨も会釈した。「おはようございます」
光も一緒に頭を下げたけど、目はキョロキョロ動いている。
またドアが開いた。入ってきたのは、茶色い髪の少女。ふわっとしたパーマがかかっている。
「高橋さん……ですよね?永瀬さんも?」
愛梨と光が振り返る。
「えっと……桜井美緒さん?」
「そうです!やっぱり二人も受けたんだ」
桜井美緒は、同じクラスの子だ。でも、ほとんど話したことがない。
三人で座る。沈黙。
またドアが開いた。今度は、金髪短めの少女。表情がなくて、手をポケットに入れたまま、一番隅の席に座った。すぐにスマホを触り始める。
さらに二分後、ゆっくりとした足音がして、もう一人入ってきた。前髪が目にかかっている。残った席——愛梨の隣——をチラッと見て、黙って座った。
六人そろった。
沈黙。
スマホを触っていた金髪の子が、指で机をトントン叩き始める。美緒は髪の毛先をくるくる弄っている。黒髪の子は微動だにしない。前髪の子は、うつむいたままバッグを抱えている。
重い空気。
「ねえ」
光が突然口を開いた。
「自己紹介しない?これから一緒にやるんだし」
美緒がうなずいた。「そうだね……なんか緊張するし」
みんな、うなずいた。
「じゃあ」黒髪の子がスカートを直して姿勢を正した。「私から。神崎玲です。17歳、高校3年。ダンスは5歳からやってます。オーディション受けた理由は……トップになりたいから」
シンプルで、はっきりしている。野心がありすぎず、ちょうどいい。
次。
「桜井美緒、16歳。私……実はスカウトで。前はモデルやってました。ダンスも歌もできないけど……」唇を噛んだ。「頑張ります」
金髪の子が続く。でも、口調がさっきまでとちょっと違う。
「夏目瑠奈、16歳。大阪から先月東京に引っ越してきました。ダンスはできます。歌も少し。目標はな——有名になることや!」
関西弁だ。はっきりとした、力強い口調。
「私ー!」光が胸をポンと叩いた。「永瀬光、16歳。特になんもできません。オーディション、なんとなく受けたらなぜか受かっちゃって。だから、まあ、やるだけやります」
美緒が口を押さえて笑った。「適当すぎる」
次は前髪の子。小さい声で言った。
「篠原結です。15歳、中学3年。福岡から来ました。ダンス……ちょっとだけ。歌も……ちょっとだけ。オーディション受けた理由は……」少し間があった。「家を出たかったから」
誰も深く聞かなかった。空気がちょっと重くなる。
みんなの視線が愛梨に集まる。
少しだけプレッシャーを感じた。
どのキャラを出すべきか。
無垢な美緒タイプ?野心家の瑠奈タイプ?ミステリアスな結タイプ?でも、もうみんな存在している。
愛梨は息を吸った。
「高橋愛梨、16歳です」小さく笑った。あまりフレンドリーすぎず、冷たすぎず。「東京生まれです。ダンスも歌もできません。でも……頑張ります」
「高橋?もしかして、高橋タケルさんと高橋由美子さんの娘さん?」玲が聞いた。
「はい」
ドアが開いた。
男が入ってきた。四十代くらい。髪はきれいに整えられていて、スーツ。目は細くて、プロっぽい笑顔を浮かべている。
「おはようございます。これから皆さんのマネージャーを務めます、田中と申します」
田中は続けた。言葉遣いは丁寧だが、無駄がない。
「本日より、皆さんは当社の研究生となります」
光が手を挙げた。
「はい」
「どうぞ」
「えっと……全員合格ってことですか?選抜とかないんですか?」
田中は微笑んだ。
「いいえ。お三方を含めたこちらの六名で、デビューしていただきます」
美緒がホッとしたように息を吐いた。一方、瑠奈は眉をひそめた。なんだか不満そうだ。競争する準備をしていたのかもしれない。
「ただし」田中が人差し指を立てた。「楽な道のりではございません。これから半年間、トレーニングが続きます。月次の評価も実施します」
田中は続ける。
「まず初めに、グループのセンターを決めていただきます」
静まり返る。
センター。一番目立つ場所。
玲は表情を変えない。瑠奈は顎を引き締めた。美緒はうつむいたけど、目だけが動いている。結は相変わらず黙っている。
光がまた手を挙げた。
「事務所が決めるんですか?」
「いいえ」田中は背もたれに寄りかかった。「皆さん自身でお決めください」
美緒が口を開けた。「私たちが?」
田中は立ち上がった。「では、改めて参ります。お決まりになりましたらお呼びください」
ドアが閉まった。
沈黙。
六人は顔を見合わせる。
玲が息を吐いた。「じゃあ、話し合おう。センター、やりたい人いる?」
効率的で、ストレート。リーダー気質だ。
美緒がおずおずと手を挙げた。「私……実は、あんまりやりたくない。センターってプレッシャー大きいんでしょ?」
瑠奈がニヤリとした。「私、やりたい!」
みんなの視線が瑠奈に集まる。
「大阪から東京まで来たんやで?センターになれへんかったら、何のために来たかわからへんしな」
玲が静かにうなずいた。「他には?」
美緒は首を振る。結は黙ったまま。光は頭をかいた。
「私は……別に。デビューできればそれで」
玲が愛梨を見る。「あなたは?」
愛梨は口を開きかけたけど、その前に頭が動いた。
野心家の瑠奈がセンターを欲しがっている。私が「やりたい」と言えば、敵になる。ここは中立がいい……
「ちょっと考えさせて」愛梨は答えた。
瑠奈が鼻で笑った。「何考えることあんの?一番ふさわしいのは——」
「決まってへん」
みんなが声の方を向く。結だった。
小さな子はうつむいたままだ。でも、声ははっきりしている。関西弁ではない。でも、その言葉は瑠奈の心臓を抉った。
「あんたが一番ふさわしいって、まだ決まってへん。誰の実力もまだ見てへん」
瑠奈が目を細めた。関西弁がぶつかる。
「私がふさわしくないって言うん?」
「決まってへん言うただけ」結が顔を上げた。目は静かだ。「誰も練習してるの見てへん。どのくらいできるのかもわからへん。今、決められるわけない」
また沈黙。
玲が小さく笑った。「結の言う通りだね。まだ誰の実力もわからない」
瑠奈は拳を握ったけど、反論しなかった。でも、その目はまだ納得していない。
玲がみんなを見渡す。「数週間練習してから決めよう。いい?」
美緒と結がうなずく。光が親指を立てた。愛梨も小さくうなずく。瑠奈は大きなため息をついた。
「……わかったわ。でもな、覚えとき」
玲が一人ひとりを見る。「私たちはみんな同じ。上下はない」
彼女は手を机の真ん中に差し出した。
「一緒にこのグループを成功させよう」
光がその上に手を重ねた。「一緒に!」
美緒がおずおずと続ける。瑠奈は顎を引いて、ちょっと乱暴に手を重ねた。結の手は少し冷たい。最後に愛梨。
六つの手が重なった。
初めて、愛梨は何かを感じた。
これが、始まりっていうのかな。
ドアが開いて、田中が入ってきた。
「お待たせいたしました。決まりましたか?」
玲が立った。「数週間練習してから、実力を見て決めることにしました」
田中は少し黙って、微笑んだ。
「承知しました。良い判断だと思います」
彼は一歩前に出た。
「では、改めまして。本日より、皆さんは『リュミエール』のメンバーです」
ミーティングが終わって、ビルの外。
光が大きく息を吸った。
「やべえ、初日から頭使った」
愛梨は隣に立って、ビルを見上げた。
神崎玲。桜井美緒。夏目瑠奈。篠原結。
それぞれ、自分の野心を持っている。
そして光。いつも軽そうに見える幼なじみ。でも、本当はみんなと同じなのかもしれない。
「何考えてる?」光が聞いた。
愛梨は少し考えて、素直に答えた。
「誰が最後まで残るんだろうって」
光は愛梨を見て、笑った。
「みんな残るんだよ。まだ始まったばかり」
愛梨は答えなかった。
ただ、光が正しいことを願った。
つづく




