第6話 *トッド視点
──コン、コン。
軽く叩く音が、静かな地下にまで響いた。
「来やがったな……」
思わず口の中で悪態をつく。
聞き間違いようもない、あの足音。王国直属の“検査隊”ってやつだ。
「ルチル、息を潜めろ。絶対に声を出すな。動くのも最小限だ」
小声で階段の下に呼びかけると、彼女はこくりと頷いてベッドの影に身を沈めた。
この街じゃ“人間”は噂だけでも充分な騒ぎになる。見つかったら、ただじゃ済まない。
「“星巡り”だな。開けろ」
金属のこすれるような声が階段の上から響く。
「はいはい、今行くっての」
できるだけ間延びした声で返しながら、俺は心臓を落ち着かせた。
扉を開けると、案の定だ。銀色の外殻、無駄のない肢体、青白い瞳──新世代の機械生命体たちが三体、無機質な光を放ちながら立っていた。
やれやれ、こいつらは本当に趣がない。
表情の一つも動かさねぇし、話してても歯車と会話してるみたいだ。
「このあたりから“人間種”の反応があった。店を改めさせてもらう」
「“人間”ねぇ……それはまたご立派なご指名で」
俺は肩をすくめて両手を広げる。
「好きに見ていきな。ただし、壊したら倍請求するからな」
やつらは無言のまま店内へと入ってきた。
床を踏むたび、金属の足音が“地面”そのものを殴ってるみたいに響く。
「ふん……ここはパーツ屋だな。反応源は……」
一体が鼻先のセンサーを動かす。くそ、噂どおり“嗅覚ユニット”付きか。
“人間の匂い”はこいつらにとって、珍味みたいなもんだ。
「……下にも空間があるな。見せてもらおう」
心臓が一瞬だけ止まった気がした。
階段を降りられたら終わりだ。地下にはルチルがいる。
一体でも降りてきたら、どんな嘘を並べたって通じやしない。
──だから、こっちが先に“嘘”を出す。
「おっと、待ちな」
俺は机の引き出しからひと束の髪を取り出して見せつけた。
「ほらよ、これが“噂の人間”の遺留品だ。昨日、裏ルートからここに持ち込まれた。まだ湿ってるだろ? 本体はいねぇよ。これだけだったんだ」
検査隊のひとりが青い光を走らせ、スキャンを始めた。
「……確かに“人間種”の生体データだ」
「だろ? 本物だ。けど、俺の店に来たときには“髪だけ”だった。
本体は──足の速い連中がさらってったんじゃねぇか? 闇市なら桁違いの値がつくからな」
沈黙。
三体の機械生命体が、電子信号を交わすような短い光を瞬かせ合う。
「……この件は報告する。次は“調査”では済まない」
「好きにしな」
俺は軽く笑って肩をすくめる。
「店を壊さなかっただけでも感謝するよ」
数秒後、足音が遠ざかり、扉が閉まった。
その瞬間、肺の奥から空気が一気に抜けた。
「……ふぅ。まったく、肝が冷えるわ」
階段の下から、そろりとルチルが顔をのぞかせた。
怯えた金色の瞳が、こっちをじっと見つめている。
「た、助かったの……?」
「あぁ、今回はな」
俺は机にもたれかかって、深く息を吐いた。
「だが次は通用しねぇ。“未契約の人間”なんざ、王国が放っとくわけがねぇんだ」
言ってから、自分でもわかってる。
あの新世代の目は、“疑っていない”目じゃなかった。“探している”目だ。
「怖ぇだろ?」
冗談めかして言ってみたが、ルチルは答えずに小さく頷いた。
「でもな、怖いってのは“生きたい”って証拠だ。生きたいなら、今は息を潜めてやり過ごせ。……それが一番の生き延び方だ」
ゴーグルの奥で目を細める。
あの青白い瞳──あれが本気を出してくる前に、手を打たねぇといけねぇ。
「……銀緑、急げよ」
いない相棒の名を、独り言みたいに吐き出す。
ルチルはまだ知らない。
本当の脅威は、今の一件で終わりじゃないってことを。
次は“確認”じゃ済まない。
次は、“捕獲”が来る。
──それでも、守ると決めたんだ。
俺はこの手で、“運命の子”を渡さねぇ。
☆世界のかけら☆
・“新世代”機械生命体【"ニュー"オートマタ】は、王国直属の管理兵として設計され、感知能力や嗅覚センサーを持つ個体もいる。
・“未契約の人間”は国家資源とされ、保護と称して実質的な管理下に置かれることが多い。




