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名もなき私が"主"として歩む世界  作者: 餅屋


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5話


星巡りの地下で過ごす日々が、指折り数えられるくらい積み重なった。

傷はまだ疼くけれど、歩くくらいはできるようになった。


トッドは相変わらず軽口を叩きながら、薬を塗ってくれる。

その腕から首にかけてのタトゥーは、近くで見ると細かな文様がいくつも重なっていて綺麗だ。


「スパーナ族はな、一人前になったら入れ墨を入れて村を出る。で、世界を回って店を出す。俺もその口よ」

「……痛くなかったの?」

「めっちゃ痛い。けど、それがけっこう癖になるんだよなぁ」


笑って話してくれているけれど、その奥に少しだけ張り詰めた気配があるのが分かった。


ルカもまた、私の体温や寝起きを何度も確かめ、地下の扉の鍵を何度も確認していた。


「……二人とも、どうしてそんなに慎重なの?」

「お前は“未契約”だ。今はそれが、いちばん危ない」

短く答えたルカの声は低くて、少しだけ震えていた。


 

まだ地上には、一度も出ていない。

ここがどこで、外がどんな場所なのか、私はまだ知らない。

(少し前は木箱で今は小さなこの店が私を閉じ込めてるみたいに感じる)

階段の上から、かすかに光が差している。

(ほんの少しだけなら──大丈夫、だよね。)

私はそっと階段を上り、店先の扉を細く開けた。


……熱い風が吹き込んでくる。

薄暗い室内に外から光が差し込み世界が広がる

視界に写った空も知らない物で

膜の向こうに、赤茶けた空が揺れていた。

街全体を包み込む半透明の“膜”が、陽炎みたいにふるふると震え、外の熱波をやり過ごしている。


「……これが、この世界の空……?」


空気は重く、暑さが肌に刺さる。たぶん四十度くらい。息を吸うだけで胸が焼けるようだ。


私が最初に居た結界の外側──“アンダー”は、きっともっと熱い。

外へ出るには、種族によっては特殊な薬を塗ったり、耐熱の服を着ないと生きていけないらしい。


通りを行くのは、金属の脚を鳴らす機械生命体たち。手足の数も目の数も皆が違う


見上げた結界の縁には、光の粒が波のように流れている。

見慣れない、でも綺麗な景色だった。


暑さに足元がふらついたとき、甲冑の擦れる音と、低い声が耳に入った。


「“人間”が現れたって噂、ほんとか?」

「未契約らしい。見つけたら王城まで直行だ。褒賞は桁が違う」


心臓が跳ねた。

扉を閉めようとした、その腕を誰かが引いた。


『!?』

突然の事にビクリと肩が揺れる


「ルチル‥‥ゆっくり下がるんだ‥」


ルカは私の手を掴み素早く地下へと連れて行く。

階段を降り切ると、彼は珍しく声を荒げた。


「何をしている。外は危険だと言ったはずだ」


『……ごめんなさい。少しだけ、空を見たくて』


私がうつむくと、ルカは短く息を吐き、額に手を当てた。手は冷たくて、硬い。


「……わかった。俺たちが悪い。説明が足りなかった」

────────


ほどなくしてトッドが地上から降りてきた。

いつもの笑顔はなく、ゴーグルの奥の目が鋭い。


「面倒なことになってる。街で“人間が出た”って噂が広まってる。巡回が増えてるし、嗅覚のいい連中まで呼ばれてやがる」

『嗅覚のいい……?』

「匂いで種族を当てる鼻持ちだ。人間の匂いは珍しいから目印になる」


喉がからからに乾く。

『ねぇ‥‥私‥‥迷惑じゃない?』


トッドがルカを横目で見て口を開く

「おい銀緑!お前に止められてたから言わなかったが彼女にも伝えるべきだからいわせてもらうぜ?」


口を引き結んでいたルカが「あぁ」と頷く


「まずな?裏の奴らに捕まったら間違いなくバラバラにされて売り払われる、王国のペットも悪くはねぇよ?‥‥多分すげー数と契約させられてガチガチに守られてお姫様気分で幸せにはなれるな、お前はまだ若いだろ?しかも女だ‥囲われついでに他の飼ってる人間と繁殖させられる‥‥増やす為にな

まぁ銀緑も俺もそれは幸せではないと思ってるし本意じゃねぇから今は守ってやる」


『っ‥』


言葉に詰まってしまった

私が“人間種”で、“未契約”で、ここにいる──それだけで‥。

『‥‥ごめん』

「とにかくこのままじゃ、地下に隠してるだけじゃ持たねぇ」


トッドは作業台に手をつき、こちらを見る。

「……ルチル、少しだけ髪をくれないか」


『……髪?』


「悪用はしねぇよ。ただの“保険”だ。もしここが嗅ぎつけられても、“証拠だけを先に出して追い払う”手が打てる」 


ルカが小さくうなずく。

「トッドは口は悪いが信用できる」


私は少し迷ったけれど、二人が本気で守ろうとしてくれていることは分かっていた。


『……わかった。少しだけなら』


トッドは器用な手つきで、私の髪をほんの束だけ切り取った。

「ありがとよ。こいつが、命綱になるかもしれねぇ」

「ルチルを“他種族”に見せる装飾も作る。擬装用の耳飾りや肌に反応するインクを使えば、鼻をごまかせる。だが、素材が足りねぇ」

ルカが一歩前に出た。

「必要な素材を言え。俺が取りに行く」

「単独でアンダーに? お前、いつも無茶するよな」

「無茶でもやる。彼女を守るためなら」

──彼女に“主になってくれ”と言う資格が、自分にあるのか──


トッドは肩をすくめ、指を二本立てた。

「熱耐性のある鉱石スモルトと、冷却薬の材料になる植物ルミア。どっちも結界の外だ」


「すぐに戻る」


ルカは背中のマントを整え、ひらりと翻した。

扉の前で一度だけ振り返り、視線が私に絡む。

「ルチル。俺が戻るまで扉を開けるな。必ず戻る」


『……うん』

ルカが出ていったあと、地下は静かになった。


遠くで水の流れる音がする。

この街には、地下深くに大きな水脈があって、そこから引いた水で植物が育てられていると聞いた。


トッドが「オアシスみたいなもんだ」と笑っていた小部屋には、薄緑の葉がいくつも揺れていた。

それでも、静けさは長く続かない。


ラジオ型の機械から外の音が聞こえる、金属の擦れる音と重い足音が重なって近づいてくる。

「この辺りから“人間”の匂いがする」

「店を一軒ずつ改めるぞ」 


それを聞いたトッドの表情がわずかに強張り、指先が合図を切った。

「ルチル、息を潜めろ。何があっても声を出すな。上は俺があしらう」


私はうなずき、ベッドの影に身を沈める。

喉が渇く。胸が速くなる。

“主”ってなんだろう。

“未契約”って、私のこと?

私は、この世界で、どうなるんだろう。


──コン、コン。


扉が叩かれた。

静かな地下室に、音が落ちた。

結界の膜が外光を弾き、薄く揺れている。

夜はまだ来ていないのに、闇がすぐそこまで寄ってきた気がした。

*⁂世界のカケラ5⁂*

結界都市ヴィラ

住める帯の中でもアンダー寄りの端にある前線都市。常に40度前後の高温で、都市全体は半透明の結界膜に覆われている。変異種の侵入や資源流入が多く、監視が厳しい。


【人間種の価値】

機械生命体の力を解放できる唯一の存在であるため、国家レベルで管理・囲い込みが行われている。未契約の人間は“国家資源”として争奪の対象となる。

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