3話
1話・2話後書きに世界観を分かりやすくするための情報コーナーを追加致しました
興味のある方はご覧ください
意識がゆっくりと浮上するとともに、ひんやりとした何かに包まれている感覚と、全身にビリビリとした痛みが走る。
──知らない天井だ。
『‥‥っ』
声を出そうとするが、喉が張り付いたように乾いていた。なんとか唾を飲み込み、辺りを見回す。
棚にはよくわからない機械や薬瓶が乱雑に置かれている。
『‥‥ここは……どこ?』
自分から出た掠れた声すら、身に覚えがない気がする。
起き上がろうとするが、まるで重力が倍になったかのように体が重く、思うように動かない。
なぜ、こんなところにいるんだ?
そうだ──気がついたら箱の中にいて、おっきな百足が……。
そこでふと気づいた。それ以前の記憶がない。
何度思い出そうとしても、何ひとつ出てこない。
「私……誰?」
名前も、顔も、家族も、何も思い出せない。
けれど、“水”“空”“スマホ”など、“常識”だけは覚えていることに気づき、余計に混乱する。
金属の壁に映る自分の姿が視界に入る。黒髪のセミロング、そして金色の瞳。
その瞳に、言葉にならない違和感を覚える。
「……この目、私の?」
自分の腕や足には無数の擦り傷や火傷の跡。包帯も冷却パックもされている。誰かが助けてくれたのだろうか?
おぼろげに、美しい顔の“天使様”を思い出した。
──ガチャ。
金属音とともに扉が開く。
入ってきたのは、美しい造形の右半分の顔を髪で隠した青年。緑と銀の粒が混じった瞳がこちらを見つめ、「起きたか」と低く声をかける。
たぶん、あの天使様だ。
『あの……?』
天使様が私の額に手を伸ばす。手が触れた瞬間、冷たくて硬質な感触に驚く。
『……人間、じゃない?』
「?」
「無理に動くな。お前がここまで来られたのは奇跡だ」
そう青年は言い、そしてぽつりと呟いた。
「……まさか、お前が“人間種”とはな」
彼はなにを言っているんだろう。
「人間種? 私が?」と問い返すが、彼は答えず、「もうほとんど残っていない」とだけ告げる。
なにが残っていないの? 人間? 人間種? どういうことだろう?
だって、あんな百足なんて世界にはいないはずだ。
世界がどうなっているのかも、自分が何者かもわからず、不安が膨らむ。
黙り込む私に、彼が口を開いた。
「俺は R8824M573 戦闘改良型モデル、[ルカ]。通り名は銀緑だ」
あーる88なんとか……ルカ? ぎんりょく?
突然の記号の連続に脳がついていかず、困惑する。
『えっと……ルカさん? ギンリョクさん?』
「呼びやすいように呼べばいい」
『名前は?』と問われ、「……わからない」と答える私。
少し考えたあと、彼は優しい声で言った。
「……なら、“ルチル”と呼ばせてくれ。光を意味する名だ」
『ルチル……』
と呟いた瞬間、胸の奥に何かが灯る感覚がする。
私には似合わないかもしれないけれど、私のために考えてくれたのかと思うと、顔が熱くなった。
『うん……』
悪人ではないんだろう。
「安心しろ。ここは安全だ」
そう言うルカさんは、もう一度ぽつりと呟いた。
「……まさか、本当に“人間種”とはな」
「人間種? 私が?」
そういえば、“人間種”ってなんだろう? 種? そんなことが頭を巡る。
ルカさんは近づいてくると、私の髪を耳にかけ、そっと耳に触れた。
そのあと、「……やはりない。跡すらもない……」と、小声でぶつぶつと何かを呟いている。
近くで見た顔はとても美しいが、髪に隠れた部分がちらりと見えてしまった。
火傷のようなケロイドの奥に、鉄でできたアンドロイドの骨格が覗いている。
その表情は、畏怖と歓喜が入り混じっているのがわかる。
ああ、私はこんな人種を知らない。
「主……になってくれるか?」
と小さく零すのを聞き取り、私はまた知らない単語で困惑させてくる彼に尋ねる。
『主って……何?』
*⁂世界のカケラ3⁂*
【主】
機械生命体が力を解放するために必要な存在。神と信徒にもたとえられ、契約によって魂の一部が結びつくとされる。
【耳輪】
機械生命体の“血液”とエーテルで作られる神聖な契約具。主の耳に装着されると淡い光を放ち、契約が成立する。




