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名もなき私が"主"として歩む世界  作者: 餅屋


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3/11

3話

1話・2話後書きに世界観を分かりやすくするための情報コーナーを追加致しました

興味のある方はご覧ください

意識がゆっくりと浮上するとともに、ひんやりとした何かに包まれている感覚と、全身にビリビリとした痛みが走る。


──知らない天井だ。


『‥‥っ』


声を出そうとするが、喉が張り付いたように乾いていた。なんとか唾を飲み込み、辺りを見回す。


棚にはよくわからない機械や薬瓶が乱雑に置かれている。


『‥‥ここは……どこ?』


自分から出た掠れた声すら、身に覚えがない気がする。


起き上がろうとするが、まるで重力が倍になったかのように体が重く、思うように動かない。


なぜ、こんなところにいるんだ?


そうだ──気がついたら箱の中にいて、おっきな百足が……。


そこでふと気づいた。それ以前の記憶がない。

何度思い出そうとしても、何ひとつ出てこない。


「私……誰?」


名前も、顔も、家族も、何も思い出せない。

けれど、“水”“空”“スマホ”など、“常識”だけは覚えていることに気づき、余計に混乱する。


金属の壁に映る自分の姿が視界に入る。黒髪のセミロング、そして()()()()

その瞳に、言葉にならない違和感を覚える。


「……この目、私の?」


自分の腕や足には無数の擦り傷や火傷の跡。包帯も冷却パックもされている。誰かが助けてくれたのだろうか?

おぼろげに、美しい顔の“天使様”を思い出した。


──ガチャ。

金属音とともに扉が開く。


入ってきたのは、美しい造形の右半分の顔を髪で隠した青年。緑と銀の粒が混じった瞳がこちらを見つめ、「起きたか」と低く声をかける。


たぶん、あの天使様だ。


『あの……?』


天使様が私の額に手を伸ばす。手が触れた瞬間、冷たくて硬質な感触に驚く。


『……人間、じゃない?』


「?」

「無理に動くな。お前がここまで来られたのは奇跡だ」


そう青年は言い、そしてぽつりと呟いた。


「……まさか、お前が“人間種”とはな」


彼はなにを言っているんだろう。


「人間種? 私が?」と問い返すが、彼は答えず、「もうほとんど残っていない」とだけ告げる。


なにが残っていないの? 人間? 人間種? どういうことだろう?


だって、あんな百足なんて世界にはいないはずだ。

世界がどうなっているのかも、自分が何者かもわからず、不安が膨らむ。


黙り込む私に、彼が口を開いた。


「俺は R8824M573 戦闘改良型モデル、[ルカ]。通り名は銀緑ギンリョクだ」 


あーる88なんとか……ルカ? ぎんりょく?


突然の記号の連続に脳がついていかず、困惑する。


『えっと……ルカさん? ギンリョクさん?』


「呼びやすいように呼べばいい」


『名前は?』と問われ、「……わからない」と答える私。


少し考えたあと、彼は優しい声で言った。


「……なら、“ルチル”と呼ばせてくれ。光を意味する名だ」


『ルチル……』

と呟いた瞬間、胸の奥に何かが灯る感覚がする。

私には似合わないかもしれないけれど、私のために考えてくれたのかと思うと、顔が熱くなった。


『うん……』


悪人ではないんだろう。


「安心しろ。ここは安全だ」


そう言うルカさんは、もう一度ぽつりと呟いた。


「……まさか、本当に“人間種”とはな」


「人間種? 私が?」


そういえば、“人間種”ってなんだろう? 種? そんなことが頭を巡る。


ルカさんは近づいてくると、私の髪を耳にかけ、そっと耳に触れた。


そのあと、「……やはりない。跡すらもない……」と、小声でぶつぶつと何かを呟いている。


近くで見た顔はとても美しいが、髪に隠れた部分がちらりと見えてしまった。


火傷のようなケロイドの奥に、鉄でできたアンドロイドの骨格が覗いている。

その表情は、畏怖と歓喜が入り混じっているのがわかる。


ああ、私はこんな人種ひとを知らない。


「主……になってくれるか?」

と小さく零すのを聞き取り、私はまた知らない単語で困惑させてくる彼に尋ねる。


『主って……何?』

*⁂世界のカケラ3⁂*

【主】

機械生命体が力を解放するために必要な存在。神と信徒にもたとえられ、契約によって魂の一部が結びつくとされる。


【耳輪】

機械生命体の“血液”とエーテルで作られる神聖な契約具。主の耳に装着されると淡い光を放ち、契約が成立する。

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