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変身

作者: 増瀬 司

 村田大輔は、朝起きると、自分が中年男性になっていることに気づいた。


 「あなた、誰よ!?」と大輔の母親が叫んだ。


 「おれだよ、大輔だよ!」と彼は云った。


 「なんで、あんたおじさんになってるのよ!」


 鏡を見てみると、そこには50歳ほどの男が映っていた。


 身長は180センチほどで、恰幅が良かった。


 肌が浅黒く、彫りの深い顔立ちで、口の周りには髭を生やしていた。


 大輔は、小学五年生で、身長は150センチほどだったので、彼が着ていたパジャマはビリビリに裂けて、ピチピチになった下着姿になっていた。


 「とにかく何か着なさいよ!」と母親がどなった。


 大輔は、母親が持ってきた上下のジャージを着た。それは、彼の父親の服だった。


 とりあえず、大輔と彼の母親は、リビングで朝食を取ることにした。


 「それで、なんであんた、そんな見た目になってるのよ?」と彼女が血走った目で訊ねた。「説明しなさいよ」


 「だから、わからないんだってば」と大輔は、牛乳に浸したコーンフレークを食べた。「起きたら、こうなっていたんだよ!」


 「あんた、昨日、何か変なもの食べたんじゃないでしょうね」と彼女は熱いコーヒーを飲んだ。


 「食ってないし、そもそも食い物なんかで、こんな風になるわけがないだろ!」と大輔はどなった。


 「いってきます」と大輔はランドセルを背負って、自宅を出ようとした。


 「あんた、その姿で学校に行く気なの!?」と母親が訊いた。


 「だって、連続登校記録が途切れるんだもの!」と大輔は家を出て行った。


 近所の、通学班の待ち合わせ場所には、すでに子供たちが集まっていた。


 「誰!?」と班長の女の子が、やってきた大輔に訊ねた。


 「おれだよ、大輔だよ!」と彼は弁解した。


 「ふ、不審者だ!!」


 その女の子も、他の子供たちも、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ出した。そのうちの一人の、ランドセルについた防犯ブザーが、けたたましい音を朝の町中に響かせていた。


 仕方ないので、大輔は一人で登校することにした。


 通りの信号機が変わるのを、小学生たちに混じって、中年男の大輔は歩道で待っていた。


 交通指導員のおじさんが、彼と、彼の背負うランドセルとを、怪訝そうな顔つきで交互に見ていた。


 大輔は、自分のクラスである五年三組に、奇跡的に、誰にもとがめられることもなく、辿り着くことができたが、セキュリティ的には、ちょっとマズいんじゃないのか?と不安になった。


 担任の若い女の先生が教室にやってくると、目を剝いて固まった。


 「おれです、大輔です!」と彼は片手を挙げた。


 「なんで、大輔くん、そんな見た目になってるの!?」と彼女は訊ねた。


 「自分でもわからないんです」と彼は答えた。


 「大輔くん、昨日何か変なもの食べたりした?」と先生が訊いた。


 だから、食べ物なんかで、おっさんになるわけがないだろ!と彼は突っ込みたかったが、それはグッと呑み込んだ。


 一時間目は算数だった。


 大輔は算数が苦手だったので、しめた、いまの自分なら、計算式をスルスルと解けるぞ!と思ったが、これまでと同じように、まったく解けなかった。見た目は大人だが、頭脳は子供のままだったのだ。


 なんで、頭脳だけは前と変わってないんだよ!と大輔は心のなかで叫んだ。


 二時間目は体育で、サッカーの練習試合があった。


 相手は小学生なので、この身体なら無双できるぞ!と思ったが、三分もしないうちに息が切れて、担任の先生に伝えて、見学させてもらうことした。


 そのまま、体調を悪くして、彼は保健室で休むことにした。


 ベッドの上でうつらうつらとしていたら、いつの間にか眠り込んでしまっていた。


 時刻は、13時を過ぎていた。給食を食べそこねた上に、相変わらず身体は元に戻ってはいなかった。


 ♪


 地獄のような日だった……と、彼は背中を丸めながら、帰路を辿った。


 家に帰ると、いつものように誰もいなかった。母親はパート・タイムで、父親は長期出張中だった。


 彼は、冷蔵庫からおやつを出して、それをリビングのテーブルで食べた。


 「一生、このままだったら、どうしよう……」と大輔は思った。


 美咲ちゃんも、おれの姿を見て、ドン引きしてたな……と、彼は今日あったことを思い返しながら、暗澹たる気持ちになっていた。ちなみに、美咲ちゃんとは、彼が淡い恋心を抱いている女の子である。


 夕方に、母親が帰ってきて、夜、リビングのテーブルで二人で夕食を取った。


 「お父さんが帰ってきたら、わたし、おじさん二人と暮らすことになるじゃない」と彼女はブツブツと文句を垂らしていた。おれが知るかよ!と大輔は思ったが、くたびれていたので、黙って食事を続けた。


 明日、まだおじさんのままだったら、近くの町医者に行ってみよう……と大輔は自室の電気を消して、ベッドに潜った。


 くたびれていたので、眠りはすぐにやってきた。

 

 翌朝、目が覚めて、大輔はすぐに手鏡を覗いてみた。


 元の自分の姿に戻っていた。


 大輔は深く安堵の息を漏らした。「あのままだったら、どうしようかと思った……」


 ところで、あのおじさんは一体、誰だったんだろうな……




 その豪邸は、中東のある国にあった。


 その家の主あるじは、石油王だった。


 「おはようございます」と執事が主に云った。


 「ああ、おはよう」と主は起き抜けの姿で応じた。


 「戻っていらしてますね」


 「ああ」と主は答えた。「まったく驚いたよ。突然、自分の姿が、東アジアの子になっていたんだからな……」


 おわり

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