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白日アリアは死んだのか?  作者: 黄色之鳥
第1章 黒い日々
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8話

 アリアの休止発表から1週間が経とうとしていた頃、加古井は事務所で、レイン・カッシュのスケジュール表の作成をしていた。先刻、良平とのオンラインミーティングにてスケジュールのすり合わせをしたので、それをスプレッドシ―トに起こす作業だった。時刻は午後11時を回っている。夜型の良平に合わせると、この時間帯が業務時間になる。加古井はもう慣れたが、普通の仕事ではあり得ないことだ。別に家で作業をしても構わないのだが、加古井は事務所でやる方が仕事が捗ると考えており、基本的には出勤するようにしていた。


 良平とのミーティングの最中、アリアの休止についての話題になった。あの人もたまには休んだ方がいい、良い機会だ。というようなことを言っていた。良平も、アリアの長時間配信や、アンチコメントが多いことを心配していたのだろう。


『うひゃああああ!』加古井のスマホから、叫び声がした。


 加古井はキャビネットの上に置かれていたスマホを持ち上げて、画面を確認する。ファンタジーな服装をした金髪の少女が右下にいて、顔を振っていた。白日アリアの2Dモデルだった。ゲーム画面には、『GAME OVER』と大きく表示されている。スマホ画面の下の方には、チャット欄があって、コメントが下から上へ高速で流れていた。


 ≪うるさっ!≫


 ≪ゲームよりお前の声にびっくりするわ≫


『あ、ごめんごめん』アリアは笑いながら、コメントの反応を楽しんでいる。 


 アリアはこの一週間、連続で長時間配信を行っていた。20時頃から配信が始まり、朝の8時に配信が終了する。その12時間後にまた配信が始まり、配信時間が12時間ほどになると終了する。これの繰り返し。つまり、12時間サイクルで配信が行われているのだ。どうやら、最近発売された1人用アクションRPGを永遠とプレイしているようだった。


 ≪だからベリーハードモードはやめとけって言ったのに……≫


『もーまた行き詰まちゃったじゃん! このゲーム難しすぎない?』


 ≪下手なだけ説≫


 ≪こんなん一生クリアできないやん≫


『はいそこおだまり! みんなだって、私がこの章をクリアするまでは、気になって寝れないでしょ? 応援しなくていいのかなー?』


 ≪もう毎日10時間以上応援してるんですが……≫


 ≪決めたわ。アーちゃんがこの章をクリアするまでは寝ない。頼むぞアーちゃん≫


『言ったな? 絶対寝るなよ~?』


 アリアは笑顔で上体を揺らしながら、流れていくコメントをいくつかピックアップして、それに返答していた。


『冗談は置いておいて、みんなは眠くなったら寝てね、ちゃんとアーカイブは残るから』


 このアリアの配信の同時接続数は5万人を超えている。この数字はリアルタイムでアリアの配信を視聴している人数を表すものだ。ただのゲーム配信でこれだけの数字を叩きだせるバーチャルストリーマーは、現状、白日アリアの他にはいない。


 ≪毎日長時間やって疲れないの? 流石に心配なんだけど≫


 ≪はい、初見乙。アーちゃんは、ゲーム体力お化けだから心配するだけ無駄≫


『うーん、よし、ちょっと休憩にしようかな。小腹空いてきたし』


 ≪何食べるのー?≫


 ≪太るよ?≫


『おにぎり一個ぐらいじゃ太りませーん、それにこの後ちゃんと運動しますよー、っと』


 ≪絶対しないやん≫


『するってば!』


 ≪もぐもぐかわいい≫


『ん〜おにぎりおいしー』


 ≪飯テロしてないで早く再開しろ≫


『急かすなー! シーチキンマヨの部分味わってるんだからぁ!』


 ≪シーチキン食う奴はガキ≫


『シーチキンの美味しさを忘れるぐらいなら大人になんてならなくていいです〜』


『やばやば、明日収録だから早くクリアしないと! おにぎりなんて食べてる場合じゃないって!』


 ≪え?≫


 ≪今日も朝までやるつもり? 収録あるのに大丈夫?≫


『大丈夫大丈夫、多分もうすぐクリアだよね?』


 ≪いや……まだ中盤に入ったぐらいなんですけど……≫


『え……? これで折り返しぐらい……?』


 ≪無理しないでもう終わったら?≫


 ≪どうせクリアできないと思ってたから、別にやめていいよ。収録優先しなよ≫


『はいもうキレました。絶対クリアするかんな! 絶対見とけよ! 私がクリアするまで寝るの禁止!』アリアはいたずらっぽく笑いながら言った。


 やはり、アリアの配信技術は群を抜いている、と加古井は思った。リスナーとの距離感が絶妙なのだ。リアクションもいちいち可愛い。ゲームの腕も、適度に下手なのがちょうど良く、突っ込みどころが多いので、コメントが盛り上がる。天然なのか、鍛えられた配信技術なのか。いや、その両方だろう。


 加古井がふと、下のチャット欄に目を向けると、顔をしかめたくなるような罵詈雑言が大量に流れていた。もちろん、普通のコメントもたくさんある。しかし、言葉尻の強い文章の方に意識が向きやすい人間の心理作用があるのか、悪意のあるコメントに目がいってしまう。


「そりゃ、休止したくもなるよねえ……」加古井が呟いた。「人間だもん」


 地獄のようなチャット欄を眺めているうちに、レイン・カッシュの配信が始まったので、そちらに画面を切り替えた。始まったばかりなのに、既に1000人弱の視聴者が集っていた。レインの配信は、女性のリスナーが多い。美少年のモデルを使用しているので、これは狙い通りだった。年齢層も高く、民度も高い。穏やかに、綺麗な言葉たちがゆっくり流れていく様子のチャット欄が、先ほどのものと対照的だった。


 レインの配信をしばらく監視していると、鷹野が事務所にやってきた。


「お疲れ様です」加古井に缶コーヒーを手渡しながら、鷹野が言った。


「わ、ありがとうございます。珍しいですね、この時間に事務所に来るの」加古井はそう言いながら、貰った缶コーヒーを開けた。プルタブの音が、静かな事務所に響く。


「自宅だと寝てしまいそうだったので」


「あ~、分かります分かります」加古井が首を縦に振った。「何か急ぎの作業でもあるんですか?」


「いえ、作業というか、監視です」


「アリアちゃんの?」


「そう、一応見ておかないと」


「え、もしかして鷹野さん、毎回全部見てるんですか⁉」加古井の声が大きくなる。


「まさか、流石に無理ですよ」


「あ、なんだぁ……そうですよね」


「最近、黒江さん、12時間サイクルで配信をしてるんです」


「あ、ですよね? あれ、大丈夫なんですか?」


「まあ、ちゃんと寝てれば大丈夫だとは思うんですが、今までこんなに毎日12時間も配信することなんてなかったので、少し心配はしています」


「電話とかしてみた方がいいんじゃないですかね? 休止前だからって、張り切り過ぎてるのかも」


「もちろん、話しましたよ。『ゲームやりたいだけだから、大丈夫』とのことです」


「は~……ゲーマーって、そんなもんなんですかね?」


「知りません。まあ、ハマっているゲームなら、それぐらい苦じゃないのかもしれませんね」


「すごいなぁ……もはや才能ですね」


「僕が気になってるのは、12時間サイクルでやっていることです」


「だから、それぐらいやるんじゃないですか?」


「そうではなく。なぜ12時間サイクルなのか、です。変じゃないですか? 毎日20時に初めて、8時に終わる。別に19時に初めてもいいし、9時に終わってもいいのにですよ」


「え? いや、ただ時間を決めてお行儀よくやってるだけじゃないですかね?」


「今まで、そんな時間を決めるなんてことしてませんでした」


「自制のために、時間を決めることにした。とか?」加古井は右の人差し指を上に向けた。


 鷹野は加古井を一瞥してから、事務所の玄関へと歩き出した。


「あれ? 帰るんですか?」加古井が鷹野の背中に問いかけた。


「自販機。コーヒーを買ってきます」 


 加古井は、手に持っている缶コーヒーを見て、肩をすくめた。


「へえ、なんか、すいませんね」加古井が呟いた。「本人に聞いたらいいのに」

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