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白日アリアは死んだのか?  作者: 黄色之鳥
第1章 黒い日々
6/32

5話

 翌日、甘姫は歌っていた。ピアノが主体の静かな曲だった。


 ボブカットの黒髪と肩を揺らして、リスナーの鼓膜から、心を震わせる、それが甘姫の歌配信だった。


 甘姫はすでにメジャーデビューを果たしており、すでにCDを3枚ほど出している。甘姫は歌う時、必ずスタジオで行うため、音質も折り紙つきであった。つまり、この配信はプロアーティストによる無料ライブということになる。これが、週に1回の頻度で行われていた。


 チャット欄にいるリスナーは静まり返っており、コメントは1分間に2つほどしか流れていない。3万人を超える視聴者のほぼ全てが、黙って歌を聞いている、ということだ。甘姫が歌っている最中はコメントをしてはいけない、という暗黙の了解があるので、本当はコメントをしたくてたまらないリスナーもいるのだろうが、浮くのは避けたいのだろう。


 曲が終わると、チャット欄が沸き立つ。ほぼ不動だったチャット欄が目まぐるしく動き出した。


 ≪最高≫


 ≪888888888≫


 拍手喝采だった。


「ふふ、それじゃあ、次のリクエストを受け付けますね」


 ≪恋春!≫


 ≪アニソンでもいい?≫


「ジャンルは問いません」


 ≪蒼と朱!≫


「あ、蒼と朱いいわね。私、最近アニメを観たの。ラストが特に良かったわ……あ、だめだ、これ言ったらネタバレになるか……危ない危ない……」


 ≪あれはガチで良かった≫


 ≪ネタバレしないでー!≫


「はい、リスナーのみんなもネタバレ禁止ですよ」


 ≪了解!≫


「そうだ、明日の夜は雑談配信をやろうかしら。面白い話を仕入れて来たから、楽しみにしててね」


 ≪きたああああ! 久しぶりの千夜甘夜だああああ!≫


 ≪待ってました!≫


 ≪っぱ甘姫って言ったら雑談配信だよなぁ!≫


 甘姫の雑談配信は安定して面白いと好評だった。彼女のキレのあるエピソードトークは、誰が呼んだか、千夜甘夜物語と呼ばれていた。


 甘姫はそれから、雑談を挟みながらリスナーのリクエストに5曲ほど応えた後、配信を閉じた。いつも通りの約2時間の配信だった。


 


 ***




 初上は配信の終了を確認した後、大きく伸びをした。ガラス越しにミキシングブースを見ると、萌がピースサインを送ってくれていた。初上はそれに応えるように微笑んでから、マイクが置かれているレコーディングブースを後にした。


 スタジオの片付けをしようとした初上を、萌が止めた。「私の仕事なので!」とのことだった。萌の言葉に甘えて事務所へと先に戻ると、鷹野が来ていた。彼は初上を一瞥して一言、お疲れさまです、と言った。


「鷹野さん、今日は事務所で仕事ですか?」初上が聞いた。


「はい、初上さんの歌配信が終わるのを待っていました」


「私に用が?」


「お話があります」鷹野が初上の目を見た。「配信は楽しいですか?」


「おや……」初上が片眉を上げた。「楽しいですよ」


「時に謂れもない悪意に晒されたとしても?」


 初上は驚いた表情で鷹野を見つめた。鷹野は真顔だった。どこか遠くを見ているような、いつもの目つきだ。きっと笑うところではないのだろうけれど、鷹野の話の展開の仕方におかしくなって、くっく、と噛み殺すように笑った。


「配信者のみならず、生きていれば、他者から謂れもない否定をされることもあるでしょう」初上は澄ました声色を作って言った。鷹野のトーンに合わせたつもりだった。


「いいえ、普通に生きていれば、誹謗中傷に晒される毎日を送るなんてことはありません」鷹野が首を横に振る。


「そうかしら」


「そうですよ」


「私達のことが心配なのですね」初上は大げさに肩をすくめる。


「当然です」


「大丈夫ですよ」初上はそこまで言って、鷹野に近寄る。「たくさんの人に愛されたいと思うなら、たくさんの人に嫌われる覚悟をしなければなりません。私も、黒ちゃんも、それは理解しています」


 鷹野が目を見開いて、初上を見た。彼女はもう、帰りの支度を始めていた


「それじゃあ、私はこれから大学に行くので」


「初上さん」


「はい?」


 初上が振り返って目を丸くした。


「無理せずに」


 初上はおどけたような表情を作ったのち、頷いて、事務所を出ていった。

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