死人の決意
鷹野蒼司が飛び降り自殺をした動画は瞬く間に拡散され、社会問題へと発展した。テレビやSNSでは、誹謗中傷によって自殺を選択したアイドルとそのマネージャーの物語が流布されていた。時間が経つごとに物語には演出が加えられ、二人の自殺を美談とする者、悲劇とする者、笑劇とする者、様々な反応が見られるようになった。
加古井は事務所のデスクで広げたノートパソコンで、鷹野が自殺したことで広がった波紋を眺めていた。
「あのー……鷹野さん、この動画どうやって作ったんですか? なんか鷹野さん本当に飛び降り自殺してるように見えますけど」
「望月さんに協力してもらいました。よくできているでしょう?」
「リアルすぎて怖いですよ」加古井は顔を後ろに引いて、ドン引いていた。
「警察にはかなり怒られました。動画を削除しろ、と」鷹野が肩をすくめて言った。
「でしょうね。早く消した方がいいですよ」
「本当にダメなら勝手に消えるでしょう。しばらく放っておいてみます」
「くわー……国家反逆罪だ」加古井は渋柿を食べた時のような表情で言った。「でもこれで、鷹野さんの目的は一応達成ですか?」
「警鐘を鳴らしただけです、目標は誹謗中傷の根絶ですから、まだまだ」鷹野が答えた。「達成したかどうかが分かるのは、もっと先のことです」
「YURIは結局自殺じゃなかったんですよね? なのにまだ、誹謗中傷を憎んでるんですか?」と加古井。
「当たり前でしょう。直接の死因ではなかっただけで、友理がアンチ共の酷い言葉のせいで傷ついていたのは確かですから」
「まあ、わかりますけどぉ……やり方がダメダメですよ」
「それに……黒江さんだって、少なからず悩んでいたんだと思いますし」鷹野が言う。
「あ、それ、初上さんの前で言ったら怒られますよ? 『黒ちゃんを勝手に解釈しないで!』って何度も言われてるじゃないですか」
「僕は僕なりの考えを持って行動するだけなので。初上さんは関係ありません」
「ちょっともう……社長、なんとか言ってあげてくださいよ」
「うんにゃ、まあ、危ないことをしないなら好きにしたらいい思うよ。誹謗中傷に対する気持ちは俺も同じだし」大和田が、眠そうな目をこすりながら言った。「今は鷹野君の帰還を祝いたい気持ちしかないね」
「甘いなあ……」加古井が口を尖らせた。「でも、社長はYURIが本当は病死だったってこと知ってたんですよね? 鷹野さんには甘々のくせに、何で教えてあげなかったんですか?」
「いやあ……言ったら、鷹野君死んじゃうと思ってたから」大和田が頭を掻きながら言った。
「あぁ……う~ん……納得です」加古井が頷いた。
「その話はもういいです。過ぎたことですから。僕はもう前に進みます。今は亡き友理のためにも、誹謗中傷根絶のために残りの人生を使います」鷹野は決意を目に溜めていた。
「私だって、匿名で悪口を言い合う文化はよろしくないとは思いますけどね」加古井が肩を竦める。「こんなやり方で、正せるとは思いません」
「正攻法では無理なことは歴史が証明しています。荒療治で、さてどうなるか……」
「結局は、消費されるだけだと思いますよ~」加古井はおどけた表情を作って言った。
「そうですね。人は正義を振りかざすことに、快感を覚える生き物ですから。叩けるものや正義をひけらかせる話題を探してネットの海を彷徨っている顔のない悪魔たちに消費されるだけかもしれません」
「わっ、またそういう主語の大きい言葉を使う」加古井が顔をしかめて、人差し指を伸ばした。「それ、あかんですよ」
「事実でしょう。SNSは小さな正しさを語るには最高のツールですから。それが間違えた方向にエスカレートすると、誹謗中傷になったりするんです」
「言いたいことは分かりますけど……誹謗中傷がない世界って、あんまり想像つかないんですよねえ……アンリアルというか」
「初上さんもそう言ってましたが、行動しなければ始まらないので」
「わかりましたわかりました」加古井が両手を上げて降参のポーズを取る「でも、この動画のせいで、世間的には鷹野さんは死んだことになっていますけど、どうするんですか? もう外を歩けないじゃないですか」
「普通に生活します」
「いやいやいや!」加古井は手を縦にして左右に振った。「死人が歩いてるぞ! って写真撮られて、ネットにアップされて終わりですよ」
「冗談です。しばらくは死人の自覚を持って、生きていく予定です」
「なんですかそれ。一言で矛盾してますよ」
「では、実際に死ねと?」
「そうは言ってません!」加古井は不機嫌になる。「もういいです。鷹野さんのやることに口を出すのはやめますから。勝手に誹謗中傷根絶に勤しんでください」
「いいね」大和田はげらげらと笑って言った。「日常が帰ってきた感じがする」
「帰ってきたのは死人だけですよ」加古井が舌打ちをした。
『こんアリア~!』
鷹野のPCから、アリアの声が聞こえた。
「お、今日も始まりましたね」加古井が鷹野の席に駆け寄って。画面を覗き込んだ。大和田も同じように寄ってくる。
『今日はね~、最高難易度エクストリームハードコアをやってくよ~! これがクリア出来たら、私が最強ってことでよろしくっ!』
「また最強になろうとしてる……」




