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白日アリアは死んだのか?  作者: 黄色之鳥
第2章 白い日々
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7話

 翌日、加古井が望月にメールを送ったのだが、返信は無かった。メールには、正直に聞きたいことを書いた。白日アリアのアカウントが乗っ取られたこと、謎の復活を遂げたアリアの喋りに違和感があることを説明した。


 加古井はこの日、昼頃に家を出て、望月の勤務先の最寄り駅へと向かった。望月との約束を取り付けられていないのに行動を始めたのは、初上から相談したいことがあるので会えませんか? という提案を受けていたからだった。


 指定された喫茶店に到着すると、初上が奥のテーブル席に座っているのが見えた。彼女は珍しくセミフォーマルな印象のファッションだった。いつもはカジュアルな服装で事務所に来るので、今日の初上は一段と大人に見えた。初上は片手を上げて、自分の居場所を知らせてくれた。


 店内にはほとんど客はおらず、初上と、もう一組男女がいるだけだった。加古井は自分のコーヒーを注文して受け取ってから、初上の待つ席へと向かった。


「麻衣さん、すみません呼び出してしまって」


「いえいえ、全然」加古井が椅子に座りながら言った。「それで、相談っていうのは?」


「はい、大学での話なのですが……甘姫だとバレてしまいまして」初上はため息交じりに言った。


「うええええっ⁉」加古井が勢いよく立ち上がる。


静かな店内に、加古井の叫び声が響いた。


「失礼しました……」加古井は、軽く会釈をしながら座り直し、小声で続けた。「やばいじゃないですか……!」


「実は結構前から当たりをつけられていたんです。甘姫だろ? みたいな絡み方をされてて、はぐらかしてたんですけど……ちょっと昨日、久々に来たなと思ったら、黒ちゃんを馬鹿にし始めて、それで口論になっちゃって……」


「うわぁ……」加古井が顔をしかめる。「最低な人ですね」


「ええ、今思い出しても、腹立たしい」初上が頷いた。「それで、甘姫だとバレてしまったという顛末です。でもまあ、それはどうでもいいんです。大学に普通に通ってたら、いつかはまあ、バレるだろうと思ってましたから」


「どうでもよくないですよ……!」加古井が声量を抑えながら語気を強めた。「変に襲われでもしたらどうするんですか」


「大丈夫、私は強いので」


「おぉ……」加古井がぽかんと口を開けた。「あ、空手の有段者なんでしたっけ?」


「ええ、ただではやられません」初上が微笑んだ。「それよりも鷹野さんのことです」


「鷹野さん?」


「その、大学で絡んできた男、近藤っていうらしいんですけど、どうも鷹野さんを知っているみたいで」


「おや、知り合いとかですかね?」


「どうでしょう……知り合いではなさそうでしたけど……その近藤君曰く、鷹野さんは殺人犯らしいんですよ」


「でぇ⁉」加古井がまた大声を出して立ち上がる。


 店員がまた、加古井を睨みつけていた。


 加古井は両手を合わせて謝罪しながら座り直した。


「殺人犯って、どういうことですか」加古井の声が更に小さくなった。


「鷹野さんがYURIのマネージャーだったことは知ってますか?」


「ああ、それは知ってます」


「近藤君は、YURIは鷹野さんが殺したんだと、そう言ってました」


「いや、冗談ですよね……⁉」加古井がテーブルに身を乗り出す。


「いや、わかりません。詳しくは説明してくれませんでした、おそらく根拠はないんじゃないですかね」初上は肩をすくめた。


「ああ……良かった」加古井は胸をなでおろした。「黒江さんのこともあるし、その、YURIを殺したっていうのが本当なら、もしかして……ってなっちゃったところですよ」


「ええ、そうですね」初上は紅茶を一口飲んだ。「でも、人はなんの脈絡もなく、他人のことを殺人犯呼ばわりしません」


「う……確かに」加古井は顎に拳を当てる。「は、初上さんはどう思ってるんですか? 鷹野さんが自殺に追い込んだと」


「正直、少し怖くなったの。もしかしたら、YURIも黒ちゃんも、鷹野さんが何らかの手段で自殺に追い込んだんじゃないかって」


「うぅ……」加古井が頭を抱えた。「もう、次から次へと……事件ばっかりじゃないですかぁ」


「そうね。だから、ひとつひとつ整理したいなと思っていたの」初上がテーブルに手を置いて言った。「黒ちゃんがなぜ死を選んだのか、私は知りたい」


「え?」加古井が顔を上げる。「黒江さんは誹謗中傷に病んで、自殺しちゃったんじゃないんですか?」


「私は、そうじゃないと思ってるわ」初上はティーカップを見つめている。「黒ちゃんの自殺には、不可解な点がいくつかあります」


「不可解な点……ですか? 警察の方は自殺で間違いないって、言ってましたよ」


「ええ、そこは私も疑ってないわ」初上は続ける。「黒ちゃんの自殺は、計画されたものだったと私は思っているの」


「ライブの日に死ぬことを決めていたということですか?」


「そう、黒ちゃんは自分の死後もライブを決行してもらえるように、データを残していたでしょう? 衝動的に自殺をしたなら、そんなことはしないわ」


「う~ん、確かに」


「問題は、なぜライブの前に亡くなったのか。自殺をするなら、ライブの後でも良かったと思わない?」


「まあ、確かに……あんなに練習したんだから、自殺をする前にひと花咲かせようと思うのが普通ですかね?」


 初上は小さく息を吐いて笑った。


「あれ、違いました?」


「いえ、一花咲かせようっていう表現が少し面白くて……」


「あぁ……ライブの時のアリアちゃんと甘姫ちゃん、花のように綺麗だったので、つい」


「詩的な誉め言葉をありがとう」初上はにこやかに笑って、頷いた。「黒ちゃんの真意は分からないけれど、ライブの前に自殺が完了している必要があったのだと思う」


「むむ……どういうことですか」


「黒ちゃんが自宅で亡くなっていた、というネットニュースが当日のライブ中に広まったでしょう?」


「はい……あの時はもう、心臓が止まるかと思いました」


「黒ちゃん、インターネットではアリアの中の人として有名だったかもしれないけれど、自殺体が発見されてすぐにニュースになるなんて、不思議じゃない?」


「あ、それは確かに思いました。超有名芸能人だったら、分かるんですけどね」


「これも憶測なのだけど、そのネットニュースの掲載タイミングも、事前に計画されていたんじゃないかしら」


「事前に計画……って、ん? 記事が用意されてたってことですか?」


「そう、黒ちゃんが自殺することを知っていた人がいて、その人が記事の掲載を準備していた。それなら、あのタイミングで記事がトレンドに乗ったのも合点がいくわ」


「えぇ……もしそうなら、なんでそんなことをする必要があるんですかね」


「この説が正しいとすると、黒ちゃんは、アリアと甘姫のライブ中に、自分が既にこの世から去っていることを世間に知らせたかった、ということになるわ」


「あ、分かりました」加古井が右手を上げる。


「どうぞ」


「黒江さんは、自分の正体がアリアじゃないってことをアピールしたかった」


「ええ、私もそう考えたわ」初上が頷く。「多分、正解だと思う」


「やっぱり、特定されたのが辛かったんですかねぇ……」


「それだけなら、自殺する理由にはならない。自分とアリアの関係を断ち切るために、死ぬ必要があった、これが一番の理由じゃないかしら」


「どんな理屈があったって、自殺が必要なんてこと有り得ないですよ! 死んでしまったら、何もできないじゃないですか……」


「そうね……それだけ、黒ちゃんのアリアにかける想いは、私たちの想像を絶するものだったのかもしれないわ」


「それじゃあ仕方ないね、なんて、私は言えません」加古井がうつむく。「アリアなんてどうでもよくて、ただ、生きててくれるだけでよかったのに」


 陶器と、何か固いものがぶつかる音がした。加古井が顔を上げると、初上が角砂糖をティーカップに入れたところだった。初上は微笑みながらスプーンを手に取り、ティーカップの中身をかき混ぜていた。


「あとの謎は、鷹野さんの行動です」甘くなったであろう液体を一口飲んでから、初上が切り出した。


「あぁ、そうですよねえ」加古井が頬杖をつく。「あの人はどこをほっつき歩いてるんですかねえ……この大事な時に」


「麻衣さん。私、鷹野さんは黒ちゃんが死ぬことを知ってたんじゃないかって、そう思ってるんです」


「え、その自殺の計画を知っていたってことですか?」


「ええ」初上が続ける。「あの日、鷹野さんは黒ちゃんを迎えに行って、亡骸を発見した。警察に連絡して、ポータブルSSDを持ち出し、私たちの元へと帰ってきて、嘘をついてまで、ライブの決行を促した」


「ふむ……並べてみると、確かに変ですね」


「ええ、ちょっと正常な行動とは思えません。黒ちゃんが自殺していることを事前に知っていたと考えたら、説明がつきます」


「見殺しにしたってことじゃないですか……!」加古井がテーブルを軽く叩きながら言った。「じゃあ、やっぱり、近藤って人のいうことが正しい可能性がありますよね」


「憶測に次ぐ憶測なので、ね。まだそうと決まったわけではありません」


 一瞬、頭に血を昇らせた加古井だったが、初上の窘めるような微笑みによって冷却された。


「オーケーです。一旦、忘れます」加古井は自分の両頬をビンタする。「あれ? でも、黒江さんの自殺の計画に鷹野さんが一枚嚙んでいたとしたら、姿を眩ます理由ってあります?」


「いい質問ですね」初上が片眉を上げた。


「先生、知ってるんですか?」


「全然わかりません」両腕を広げる初上。「冷たくなった黒ちゃんを見て、自分の過ちに気づいてしまった、とかでしょうか」


「……やっぱり一旦、あの男のことは忘れます」加古井は下唇を噛みながら言った。



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