12話
「鷹野さん、大丈夫ですか?」
加古井は、リハーサルスペースにいた鷹野に問いかけた。初上は何やらスタッフ達と会話をしていた。そこには先ほどステージで挨拶を交わした、望月もいた。
「問題ありません」
鷹野の横顔を、ちらり、と確認する。いつもの無表情だったが、やはりどこか、陰あるように感じた。
「アリアちゃん、映ってますね」加古井がモニターを観ながら言った。
「ええ」
「本当に黒江さん、来ないんですか? その、サプライズで、当日登場とか……ないですよね?」
「ありません。黒江さんは来ません」
「中身がいないのに、アリアちゃんはステージに立って、歌うんですか」
「そうです」
「出来るんですか?」
「技術的には、可能だそうです。歌を合わせるのが、少し難しいですが、初上さんなら問題ないでしょう」
「ライブなのに、本人が現地にいないっていうのは、なんか……不思議な感覚ですね」
「アリアなら、そこにいますよ」
鷹野がモニターの中で歌うアリアを指さした。
「でもこれ、ただのデータですよね」
「なにが違うのですか? この甘姫も、いまそこで歌って踊っている初上さんから抽出した音声とモーションデータを受け取って、3Dモデルが再現しているだけです」
「まあ……そうですけど……」
加古井はそこで言い返すことを辞めた。本当は、今からでも中止にすべきだと考えていたが、今の鷹野と議論する気にはなれなかった。こちらと、まったく顔を合わせようとしない人間との会話は、得てして建設的なものにはならないと思ったからだった。
ライブが無事に終わるというなら、まあ、それでいいのかもしれない。確かに、リハーサルを眺めている限り、黒江がこの場にいなくても、クオリティに問題はなさそうに見える。ライブとはなんなのか、少し疑問に思うところもあるが、今回はもうこれが正解なのだろう、と思考を〆ることにした。
「やはり彼女、当日は来ないんですね」望月がやってきて、そう言った。
やはり、という言葉が気になったが、加古井は黙っていることにする。望月は鷹野に話しかけているように見えたからだ。
「すみません。急なことで」鷹野が望月の方に身体を向けた。
「いえ、私は別に構いません。でも、ライブなんてやっている場合ではないのではありませんか?」
「どういう意味です?」
「白日アリアは、もう限界だと思いますよ」望月は吐き捨てるように言って、モニターブースから出て行った。
「なんですか、あれ」加古井が言った。「あの人、ちょっと感じ悪いですよね」
鷹野からの返答は無かった。
それから、5時間ほどかけて、打ち合わせと演出のリハーサルが行われた。最後まで、問題らしい問題は起こらなかった。今まで黒江が現場にいた時と同じようなクオリティを保ったまま、リハーサルを終えることができた。ただ、MCだけは、掛け合いを無くしてアリアと甘姫で一人ずつ交互に行うように変更になった。アリアのMCは客のリアクションに答えられないので、違和感の少ないように構成にも少々変更が加えられた。懸念事項をひとつずつ潰していった結果、黒江から託されたという演出データと歌の録音データに、初上が合わせる形でライブを決行することが改めて決まった。望月いわく、これが出来るのは初上が器用だからだ、ということだった。
黒江が来ない、と初めに聞いた時は、これは大変なことになるなと思ったが、想定よりも事態は大きくならなかった。初上も技術班の方々も、焦っていたのは最初だけで、とんとん拍子に修正が進められた。途中からは、まあ、データがあるんで、大丈夫じゃないですか? というような具合だった。最悪、あらかじめリハーサルで録画したライブ映像をそのままステージに投影すればいい、という保険があったみたいで、それが大きかったのだと、後から気付いた。生身の人間を見せないバーチャルストリーマーのライブのならではメリットでもあり、デメリットでもある部分だな、と加古井は思った。
段取りに問題ないことが確認でき、この日は解散になった。加古井はホテルに移動し、シャワーを浴びた。熱いお湯が降り注いでくると同時に、今日の長い一日が終わったことに安堵した。
朝の時点では、旅行に行く時のようにわくわくしていた。楽しい一日になると思っていたのだ。黒江がいないだけで、こんなにも雰囲気が変わるものだろうか。初上も、黒江が来れなくなったことに腹を立てているように見えた。アリアの休止前のライブで、どちらというと主役はアリアだ。そんな大事なライブなのに、自分にだけ苦労を押し付けられているような感覚になったのかもしれない。彼女の怒りは最もだと思った。
黒江の真意はわからない。ただ、何か事情があるにしろ、説明はすべきだ。このライブにはたくさんの人の努力と、資金が投入されている。それなのにどうしてこんな不義理を働けるのか理解できなかった。
加古井はそこまでで、また苛立ち始めていることに気が付いたので、考えることをやめた。髪を乾かしてから、ベッドに身を投げると、すぐに眠りにつくことができた。




