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白日アリアは死んだのか?  作者: 黄色之鳥
第1章 黒い日々
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11話

「理由は教えてくれなかった」大和田は俯き、テーブルに肘をついて額に右手を当てていた。


「本当に来ないんですか? 黒江さん」加古井がきいた。


「鷹野君は、『来れない』って言ってた」


「う~ん、怪我したとかですかね?」


「分からない」大和田が首を振る。「聞いても、教えてもらえなかった」


「じゃあ、ライブは中止?」


「それは、『やる』って言ってたよ」


「黒江さんは自宅から参加するってことですかね?」


「何も説明されてない」大和田が天井を見る。「こっちに向かってるらしいから、とりあえず待とう」


「来たら、説明してもらいましょ!」加古井は語気を強めた。「心配かけすぎですよ、まったく……連絡も説明もろくにしないで……」


 黒江は来ない、という言葉があってから、休憩室の空気が一変した。初上は一言も喋らず、姿勢よく椅子に座って、テーブルの一点を見つめている。


 萌は、空気を読んで、離れたところで黙ってスマホをいじっていた。居心地は最悪だろう。萌にはこういう空気を味あわせたくなかったな、と加古井は思った。


 みんなが黙ってしまったので、加古井は少し黒江について考えることにした。もし本当に会場に来れないなら、理由はなんだろうか。昨日は元気そうに見えたが、もしかしたら体調を崩していたのかもしれない。鷹野が大和田に事情を伝えなかった件に関しては皆目見当もつかない。いたずらに心配をかけるような真似を鷹野がするとは思えないので、何か事情があるのだろう。ライブは決行するらしいが、黒江無しで出来るのだろうか。もし出来るとしても、段取りを作り直さなければならないのではないかと思うのだが、今から間に合うのか、という懸念もある。


 電話があってから10分ほど経った頃、鷹野が現れた。思っていた何倍も早かった。すぐに大和田が駆け寄っていき、里沙ちゃんはどうした、と聞いた。


 鷹野はどこも見ていないような表情で、黙っていた。


「鷹野君、大丈夫か? どうした? 何があった?」大和田が不安げな表情で言った。


「黒江さんは来れません」鷹野が表情を変えずにいった。


「分かった」大和田は頷く。「来られないのは分かったから、里沙ちゃんに何があったんだ」


「言えません」


「どうして!」大和田が叫ぶ。


 初上を除いた全員が、鷹野を見つめていた。


「約束なので、言えないのです」


「約束? 里沙ちゃんとの?」


「そうです」


「よくわからんが、里沙ちゃんには会えたんだな?」


「ええ」


「わかったもういい……それが聞ければ十分だ」大和田が大げさにため息をついて、椅子に座った。


「これを預かりました」鷹野がそう言って、ポケットから何かを取り出した。


「なんですか、それは」加古井がきいた。


「ポータブルSSDです。これがあれば、明日のライブは黒江さんがいなくても、問題ありません」


「……もしかして、アリアちゃんの演出データですか?」加古井が問いかける。


 鷹野が虚空に向かって頷いた。


「ライブは成功させます」誰とも目を合わせなかった鷹野が、初上に視線を向ける。「初上さん、出来ますか?」


「黒ちゃんに、託されたの?」初上は俯いたまま、瞼を閉じていた。


「そうです」


 初上は、不自然なほどに緩慢な動作で、鷹野を見つめた。


「出来るわ。それ、貸して」


 鷹野は座っている初上に近づいていき、目の前にポータブルSSDを置いた。初上をそれを手に取り、休憩室を出て行った。途中、大和田が初上の背中に、どこへ行くのか、と問い掛けたが、呼びかけは無視された。


「鷹野君」大和田はそう言って、顎でドアの方を示した。「三無姫ちゃんに付いていってあげなさい」


 鷹野は大和田が言い終わるまえに歩き出し始め、部屋を出ていった。


「こりゃ相当キテるな……」大和田が呟く。「何があったんだ……」


「あれ、本当に鷹野さんですか?」加古井が思ったことを口にした。「なんか、不気味すぎて、怖いんですけど……」


「ああなった鷹野君を、前に一度見たことがある」大和田が加古井を見て言った。


 加古井は大和田の言葉を待った。


「……いや、やめとこう。今話すことじゃないな」


「また⁉ 鷹野さんも社長も、そういう感じですか⁉」加古井が怒鳴る。「説明もできないなら、もう黙っててくださいよ!」


 萌がビクッと身体を震わせる。


 怯えた萌の表情を見て、我に返る加古井。ごめんね、と小さく口にした。大和田もバツの悪そうな表情で詫びる。よくない傾向だ、自分が何に怒りを覚えたのかわからなかった。大和田には大和田の考えがある。普段はおちゃらけているが、誰よりも周りを見て、気を使っている。少し冷静になれば、それぐらい分かったはずなのに、子供みたいな苛立ちを口に出してしまった。昨日から移動続きで、自分が感じているよりも疲れているのかもしれないな、と加古井は思った。


「すみません」加古井は頭を下げた。


「いや、俺の方こそ申し訳ない」大和田も同じように頭を下げる。


「えっと、麻衣ちゃん、鷹野君の前の仕事、聞いたことある?」大和田が柔らかい口調で言った。


「あ……YURIのマネージャーだったって、このまえ聞きました」


「そう、その時の鷹野君、あんな感じだった」


「その時って、YURIが自殺しちゃったときのことですか?」


 大和田は口を固く結んで、頷いた。


「……黒江さん、大丈夫ですよね?」


「まあ、そうなるよね」大和田が、後ろ頭を掻く。「大丈夫さ、鷹野君は会ってきたって言っていただろう? きっと、何か事情があって、来られなくなっただけだよ」


「はい……」加古井は聞かなけばよかった、と思った。怒鳴りつけて言わせたくせに、そんなことを考えている自分に嫌気がさした。


「麻衣ちゃんも三無姫ちゃんのところに行ってあげて。俺は萌をホテルに連れてくから」


「私、自分で行く」萌が口を出した。「すぐそこだし」


「いや、一緒に行こう。疲れただろう? おぶってこうか?」大和田がおどけた調子で言った。


 萌は何も言わず、笑顔で大和田のお腹を叩いて、休憩室を出ていった。


「じゃあ、麻衣ちゃん、後で戻ってくるから。ちょっと萌を送ってくるね」


 加古井が頷いたのを確認して、大和田も出て行った。


 独りになった加古井は数分、椅子に座ってぼうっとしていた。自分の思考が止まっていることに気づいて、頭を振る。


 加古井はとりあえず、大和田に言われた通り、初上に探すことにした。休憩室を出て、廊下を見回す。設営をしてくれていたスタッフが歩いていたので、初上がどこに行ったかを尋ねてみたところ、リハーサルスペースが使用中になっていた、という情報を得ることができた。おそらく初上が練習に使っているのだろうと、加古井は考えた。


 ポータブルSSDの中身はアリアの演出データだと思う。初上は明日、それに合わせて歌い、ダンスを合わせなくてはならない。つまり、練習が必要だ。


 鷹野の様子がおかしいことも、黒江が無責任にデータだけを押し付けたことも、今は考えない方がいいだろう。とにかく、初上のサポートに回ることが最善だ。


「ま、トラブルのひとつやふたつ、起こりますわな」加古井は首を回して、思ってもいない強がりを口にしてみることにした。「楽しんでいきますか……」

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