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白日アリアは死んだのか?  作者: 黄色之鳥
第1章 黒い日々
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10話

 加古井は、二日後に迫ったライブの会場から、帰宅したところだった。アリアの休止宣言から2か月。滞りなくライブの準備は進んだ。今日行ったリハーサルでも、何ら問題は無いように見えた。


 鷹野はやたら、アリアの長時間配信がコンスタントに続いていることを気にしていたが、当の本人である黒江はまるで元気な様子だった。心配を向ける鷹野をからかって遊んでいたぐらいだ。


 前日は朝から会場入りして最終確認を行う予定だったので、加古井は珍しく日を跨ぐ前に就寝した。早起きして、集合場所である大和田事務所に向かうと、黒江を除き、全員が既に到着していた。


「黒江さん、寝坊ですか?」集合時間ギリギリに着いた加古井が問いかけた。


「電話にも出ないので、寝てるかもしれませんね」鷹野が答える。「先に向かってしまいましょうか。最悪、僕が迎えに行きます」


「前々日にリハーサル、前日に会場入りにしておいてよかったね」大和田が言った。「鷹野君の采配でしょ?」


「いいえ、黒江さんがそうして欲しい、と。寝坊が怖い、と言ってました」


「黒ちゃん、最近は規則正しく配信してたのに、朝はやっぱり弱いみたいね」初上が微笑んだ。


 鷹野がもう一度電話をかけたが、やはり応答はなかった。このままみんなで黒江を起こしに行くのはどうか、と悪戯っぽい笑みを浮かべた初上から提案があったが、会場で待機しているはずの運営の人たちを待たせることになるのが申し訳ないとして、却下された。


 会場までは車で50分ほどだった。道中、窓から見える東京湾の壮大なパノラマに、萌がはしゃいでいた。陽光を浴びた海面がきらきらと光っていて、これからライブに臨む我々をペンライトで応援してくれているみたいだ、と加古井は思った。


 会場に到着して、運営の人達と合流すると、すぐに打ち合わせが開始された。初上は歌や振り付けの練習に、萌はそのサポート。裏側の動きのすり合わせを加古井と鷹野、そして大和田で行った。昨日のリハーサルの時点で問題は無かったので、打ち合わせという名の、最終確認だった。


「黒江さん、まだ起きませんか?」しきりスマホを確認していた鷹野に、加古井がきいた。


「そうですね。起きたらすぐに返信が来るはずなので……」鷹野は右のかかとを上下させて、床を鳴らしている。「昨日……というか、今日も朝方まで配信していたので、夜まで起きないつもりかもしれません」


「え? 本当ですか?」


 昨日はリハーサルだったので、黒江も朝から夜まで現場にいた。その後、帰宅してから朝方まで配信していたのなら、確かに起きれなくても仕方がない。寝ずに来るつもりだったところを、寝落ちてしまったのだろうか。


「黒江さん、今日が会場入りの日だって知ってますよね?」加古井が問う。


「当然です。昨日、口うるさく伝えましたから」


 加古井が腕時計を見ると、正午を回っていた。


「鷹野君、迎えに行ってあげて」大和田が微笑みながら言った。「怒らないであげてね」


「怒るなんて、あり得ません」鷹野は立ち上がる。「行ってきます」


 加古井も付いていこうか迷ったが、残ることにした。とはいえ、このまま会場にいてもすることもないので、昼のお弁当をいただいたあと、ステージを見て回ることにした。


 ステージからの眺めは壮観だった。今は誰もいない伽藍洞のホールを見渡す。誰に見られているわけでもないのに、妙な緊張感があった。明日はここに大勢の人間が集い、そのすべての人が、壇上で歌って踊るアリアと甘姫に熱狂する。


「何人ぐらい入るんだろう……」加古井が呟く。


「1万5千人ぐらいですよ」どこからか答えが返ってきた。


 加古井が声の主を確認するべく振り向くと、ステージの端の方にスーツを着た女性がいた。技術サポートをお願いしている会社の女性だった。名前は確か、望月だ。貰った名刺に、やたら偉そうな役職が書かれていたが印象的だった女性だ。おそらく、30代ぐらいだろうか。彼女は片腕にノートパソコンを乗せて、神妙な表情で画面を見つめていた。


「あ、そうなんですね……」近くに人がいると思っていなかった加古井は、気まずさを感じた。「ごめんなさい、もしかして邪魔だったりします?」


「いいえ、大丈夫です。すでに調整は済んでいます」望月は目もくれずに言った。


「その、すごい技術ですね」会話を切り上げるのもなんだか忍びない気がした加古井から出た言葉が、これだった。


「ありがとうございます」望月が顔を上げて、加古井に向けた「弊社は、最先端のバーチャルライブ技術を使用しております」


 おぉ、と感嘆の息を漏らす加古井。なんともいえない怖さのある望月に、気圧されていた。加古井は、明日もよろしくお願いします、と言って話を終わらせることにした。望月は、はい、とだけ答えて、ノートパソコンに視線を戻してくれた。


 加古井はそれから、演出の練習中であろう初上の所へと行った。初上はカメラが大量にある広々とした部屋の中央で、ダンスの練習をしていた。加古井はそれを隣のミキシングブースのような部屋から、ガラス越しに見ていた。そのブースにはモニターが並んでいて、画面の中で、アリアと甘姫が踊っていた。技術の人によると、アリアにはこれまでの練習中に保存したモーションデータの動きを流し込んでいて、甘姫の方はリアルタイムで踊っている初上のデータを使って、合成している映像なのだ、と教えてくれた。この映像を、ステージ上で立体的に見えるように投影するらしい。先日のリハーサルの時に観客席から見ることができたが、本当にアリアと甘姫がそこにいるかのように見えた。もはや、バーチャルと現実の境目など存在しないのではないかと、そう思わせてくれるような光景だった。




 ***




 加古井は休憩室の時計を見上げる、午後4時過ぎだった。初上のレッスンにも区切りがついて、休憩室に皆が集まっていた。


「遅くないですか?」加古井が言おうとしたこのセリフを、初上が言った。


「う~ん、鷹野君、電話に出ないんだよね。運転中かもなぁ……」大和田が頭を掻いた。「ここから里沙ちゃんの家までは、どれくらいかな……多分、1時間半ぐらいだと思うから。そろそろ、こっちに着いててもおかしくないんだけどね」


「黒ちゃんなら、起きた瞬間にメッセージを飛ばしてくると思います」初上が真面目な表情で言った。「鷹野さんも、黒ちゃんと合流出来たら、その時点でメッセージをくれるんじゃないですか?」


「確かに……」加古井も疑問に思っていたことだった。「明らかに遅すぎますね。なんらかのトラブル……事故?」


「ちょちょちょ! やめて、怖いから」大和田が頭を抱えた。「俺、言わないようにしてたのに」


「社長、車を出してください」初上が立ち上がった。「私たちも行きましょう」


「え、里沙ちゃんの家?」


「そうです。もう、何か行動を起こすべき時間です」


 初上は、いつもの余裕を失っていた。明らかに焦っている。加古井は初上のこんな姿を見たのは初めてだった。黒江と連絡が取れなくなってから、少し時間が経ちすぎていることを考えると、初上が狼狽えるのも無理はない。加古井も加古井で、嫌な想像ばかりが、頭に渦巻いていた。


「わかった。行ってくる」大和田も立ち上がる。「みんなは待ってて。あ、ホテルに行って休んでてもいいからね」


「私も行きます」初上が言った。


 大和田が逡巡するような表情を浮かべていると、誰かの着信音が鳴った。


 そこにいた全員が身体を硬直させる。一瞬の沈黙の後、誰にかかってきているのか、を確かめるべく、それぞれが顔を見合わせた。


 自分のものだと気付いた大和田が、慌ててポケットからスマホを取り出して画面を確認する。


「あ、鷹野君だ」大和田が口元を緩めた。


 初上は大きくため息をついて、胸をなでおろした。


「鷹野君、心配してたんだから」大和田が嬉しそうな声で話し始める。「うん……いや、大丈夫。もう少しで車を出すところだったけど」


 緊張の糸がほぐれた加古井はテーブルに乗っていたお菓子に手を伸ばして、大和田の電話が終わるのを待っていた。静かにしていた萌も安心したのか、同じようにお菓子を食べ始めた。


「どういうこと?」大和田の声が大きくなる。「里沙ちゃん来れない、って……」

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