区分所有法はいずこ?
王立図書館の閲覧室には、薄く埃をかぶった背の高い書架が並んでいた。
その一角――「法律・行政」と書かれた棚の前で、俺は足を止めた。
ティアの先祖が“法”を定めたと聞いて、ふと気になったのだ。
異世界から来た誰かが、そんな偉業を成し遂げるなんて、どれほどの人物だったのだろう。
棚に並ぶ本の中には、俺の記憶にある『六法全書』と同じタイトルがいくつか見えた。
けれど、分厚い辞書のようなあの姿とは違い、この世界のそれはどれも控えめな厚さだ。
それでも、ぎっしりと小さな文字で詰まった紙面を見れば、内容は決して軽くないとわかる。
「民法なら、読めそうだな……」
そう思って手に取った一冊を、机に広げてページをめくる。
契約、物権、親族、相続――章立てや構成は、見覚えのあるものに似ていた。
ただし、細かい内容はやや異なる。
この世界の社会構造や文化に合わせて、独自に調整されているのだろう。
それでも、これを“思い出しながら書いた”としたら……とんでもない頭脳の持ち主だ。
司法試験直前に転移でもしてないと、ここまで再現できるとは思えない。
少なくとも、俺には絶対無理だ。
――そうだ、区分所有法みたいな、いわゆるマンション関連の法律はどうだろう……
自分の得意分野が異世界にどう適応されているか、気になって探してみた。
だが、似たような項目は見つからなかった。
「……まあ、日本でもマンションの歴史は浅かったしな」
思わずつぶやいた時、気配に気づいて顔を上げると、ティアが静かに近づいてきた。
「お探し物、見つかりましたか?」
「……ああ、民法とかはあったんだけど、マンション関連は見つからなくてな。
そういえば、君の先祖って……どれくらい前の人なんだ?」
ティアは少し考え込むように目を伏せ、それから答えた。
「……記録では、約三百年前だとされています。エルフの五代前にあたりますから」
「三百年……」
違和感が胸をよぎる。
三百年前の日本って、まだ江戸時代だろ?六法全書なんて無かったはずだ。
じゃあこの本は一体……?
俺の疑問に、ティアは少し首を傾げ、説明を始めてくれた。
「実は、異世界と私たちの世界では、時間の流れが異なるとされています。
過去の研究では、地球の時間に対して、こちらの世界ではおよそ十倍の速度で時間が進んでいると考えられているんです」
「十倍……ってことは、こっちで三百年前は地球では三十年ってことか?」
「はい。異世界から来た方の技術や知識が、驚異的に感じられた時代もありましたが……
最近は、双方の文明レベルが近づいてきていて、かつて“奇跡”と呼ばれたような発明は少なくなっています」
「なるほどな……だから国王も塩対応だったのか…」
「なので、ゼンイチさんが半年であの魔法を編み出したのは、本当にすごいことなんですよ?
今の異世界人は、皆が皆、発明家というわけではありませんし……」
ティアの声が、ほんの少し誇らしげに聞こえた気がした。
その表情を見て、少しだけ胸の奥があたたかくなった。