食事会
夕暮れの街を抜けて、ティアに案内されたのは、木の蔓が絡まる瀟洒な小さなレストランだった。外観はこぢんまりとしているが、扉を開けると、温かな光に包まれた心地よい空間が広がっていた。天井から吊るされたガラスのランプと、テーブルの上に飾られた季節の花が、柔らかな雰囲気を醸し出している。
「ここが、そのおすすめの店?」
「はい。『ルミナ・グロッサ』っていって、王立料理学院の卒業生がやってるんですよ。素材も新鮮で、味付けも上品なんです」
ティアが笑顔で案内してくれた席に腰を下ろすと、ほどなくして給仕のエルフがワインと前菜を運んできた。ハーブの香りがふわりと漂い、ゼンイチの食欲を刺激する。
「いやあ……相変わらず、レベル高いよな。ほんと、うまそう」
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいです。ゼンイチさんって、食べ物に対して素直に感想言ってくれるから、紹介しがいがあります」
「そりゃあ、うまいもんは素直に褒めないとバチ当たるってもんだよ」
パンをちぎり、スープに浸しながらゼンイチが言うと、ティアは少し照れくさそうに笑った。
「……あの、以前話したかもしれませんが」
「うん?」
「私、異世界文化の研究をしてたって言いましたよね。実は……私の五代前の先祖が、異世界人だったんです。女性で、名前は“ミカ・ナガセ”って記録が残ってます」
ゼンイチの手が止まる。
「マジか。それ、初耳だぞ」
「はい、あまり人に話すことじゃないかなと思って。……でも、私がこの仕事に就いたのも、きっとその血の影響かなって思うんです。異世界人に出会えるのはまれですし、実はゼンイチさんが私にとって、初めての“来訪者”なんです」
ティアは少し照れたように視線を落としたが、その声にはどこか誇らしげな響きがあった。
「その先祖がですね……法律を整備したって記録があるんです。それまでの王国では、揉め事があると王やその部下が直接、善悪を決めていたんです。でも、国が大きくなるにつれて矛盾が生まれて混乱してしまって……」
「トップダウンで裁くには限界があるってわけか」
「はい。そこで“法律”という概念を持ち込み、議論と条文によって物事を決めるという仕組みを作ったんです。前国王がその制度を承認して、今では王国全体で運用されています」
「へえ……それは、すごいな。まさに改革者じゃん」
ゼンイチはワインを一口飲み、静かにうなずいた。
「食事の面でも、800年ほど前に来た異世界人が大きく進化させたって記録があります。調味料の使い方、火の通し方、保存法や食器の使い方まで……今の料理文化の基盤を作ったとも言われています」
「……たしかに、うまいよ、この料理。日本にいたときと比べても、遜色ないっていうか、むしろこっちのが繊細かもな……。いやあ、先人たちに感謝しないと」
ティアは、ゼンイチのその言葉にぱっと笑顔を見せた。
「私、そう言ってもらえると、すごく嬉しいです。きっと、彼女たちもそう言ってもらえる日を夢見てたと思います」
ゼンイチは改めてティアを見つめた。その瞳に宿るまっすぐな光に、自然と心が和らぐ。
「……なあ、ティア」
「はい?」
「俺さ、この世界のこと、もっと知りたいって本気で思ってる。魔法とか技術とか文化とか、先人たちが残してくれたものを……今の目で見て、感じてみたいんだよな」
「……その時は、ぜひ私も一緒に連れて行ってくださいね」
そう言って微笑むティアに、ゼンイチもまた、軽くグラスを掲げた。
「じゃあ、とりあえず……今夜に乾杯だな」
「はい、乾杯です!」
グラスの中のワインが半分ほどになったころ、ゼンイチの頬はほんのり赤く染まっていた。口数も少し増えて、表情も柔らかい。
「……はは、なんか酔ってきたかも。こんなにうまい酒、久々だな」
「ふふっ、ここのは果実の香りが強いですからね。気づかないうちに酔っちゃう人、多いんです」
ティアはくすりと笑いながら、ゼンイチのグラスに残ったワインをちらりと見た。
ゼンイチは、そんなティアをぼんやりと見つめる。
「それにしても……改めて見ても、ティアって美人だよなぁ……」
ティアの動きがぴたりと止まり、目をぱちくりと瞬かせる。
「……いきなり、どうしたんですか?」
「いやいや、正直に思っただけ。俺なんて、日本じゃ平均的だと思ってたけど、この国のエルフと並んだらもう、手足は短いし、顔は地味だし、種族格差を痛感するよなぁ~」
酔いの勢いもあって、ゼンイチは苦笑混じりに自虐を口にする。だがティアは、それを真顔で受け止めた。
「……そう言われれば、たしかに違いますね。骨格も耳も、ぜんぜん違います」
あっけらかんと言い切るティアに、ゼンイチは思わず噴き出した。
「ははっ、そんなストレートに肯定する?」
「え? だって事実ですし。それに、この世界はたくさんの種族がいますから、見た目が違うのは当たり前なんですよ。気にしたこと、ありません」
ティアはさらりと、まるで「空は青い」とでも言うかのように言った。
「昔は、種族同士で争っていた時代もあったみたいです。でも今は混血も多いですし、見た目で優劣を決めるのは意味がないって、みんな知っています。中身のほうがずっと大事ですよ」
その言葉は、まるで常識のように当たり前に響いた。ゼンイチは思わず、グラスを見つめたまま呟く。
「……なんか、こっちの世界のほうが、よっぽど道徳的に進んでるかもな」
「そう、でしょうか?」
「うん。少なくとも、そういう考え方が普通ってのは、すごくいいと思う」
ティアは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
やがて食事が終わり、店を出ると、夜風が酔いを少し冷ましてくれた。通りには魔灯が灯されており、静かな夜を彩っている。
「送ってくよ。夜道は物騒かもしれないし」
「…お気遣いありがとうございます。でも、私は魔法で自衛できますから、大丈夫ですよ」
「そうか、そりゃ心強いな」
「ゼンイチさんこそ、お気をつけて。もし道が分からなくなったら、またここに戻ってくださいね」
軽く手を振るティアに、ゼンイチも笑って応じた。
「おう。じゃあ、またな、ティア」
「また明日。おやすみなさい」
二人はそれぞれの帰路へと歩き出した。月明かりの下、ゼンイチの胸にはほのかな余韻と、異世界での新たな一歩が確かに刻まれていた。
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