仕事が早い!
ゼンイチが図書室の一角で魔法書を読み漁っていると、ドアがノックされた。
「ゼンイチさん、いますか?」
扉の向こうから聞こえてきたのはティアの声だった。
「おお、いるよー。入っていいよー」
ティアが書類を何枚か抱えて部屋に入ってきた。いつも通りの柔らかな笑顔だが、どこか張り切っているようにも見える。
「お疲れさまです。今日はちょっと、嬉しいお知らせがあって来ました」
「お、なに? まさかまた魔法の小テストか?」
「いえいえ、今日はもっとすごいことです!」
ティアは小さく咳払いをしてから、手に持っていた書類の束を広げた。
「配管清掃魔法『ヘドロソウジ』と、あのパッキンの構造について……特許登録が完了しました!」
「は?」
ゼンイチは思わず手にしていた本を閉じた。
「……今、なんて?」
「特許です。登録されました。魔法ギルドと工房の協力で手続きを進めていたんですが、無事に認可が下りました」
「あれ…先週、実地試験終わったとこじゃ……」
「はい。それと、パッキンについては王国の国営工場で量産されることになりました。そして、販売は王室が支援している商会にて独占で取り扱われるそうです」
「……え、早くない?…しかも、なんか、ちゃんとしてるやつじゃん」
ティアは嬉しそうにうなずいた。
「その関係で、まずは独占販売権に対する報酬として、ゼンイチさんに金貨二百枚が支払われます。今後は半年ごとに、売上の一割が特許料として支払われる予定です」
ゼンイチは椅子に深くもたれかかり、天井を仰いだ。
「金貨二百枚……二百万円相当か……どうしよう…」
「どうしました?」
「いや、金貨200枚を自分の部屋に置くのって、ちょっと怖いなって思って。強盗来たら終わりだし」
ティアはくすくすと笑った。
「では、銀行口座を開設しましょう。ヴェール銀行なら、王立図書館の紹介でスムーズに手続きできますよ」
「銀行……あるんだね……そういえば、今まで全部現金手渡しだったな。よし、連れてってくれ」
ヴェール銀行は石造りの重厚な建物で、街の中央区画に構えていた。高い天井、磨かれた床、整然としたカウンター。まるで中世と現代の銀行が融合したような空間だった。
手続きを進める中で、職員の女性が黒い石板を取り出した。
「口座登録には、気力紋と魔力紋の認証が必要となります。こちらに指をお当てください」
ゼンイチが指を当てると、石板がわずかに光った。
「……登録、完了です。お疲れさまでした」
「めっちゃ簡単だな……」
「ちなみに、気力は冒険者や兵士の身体や武器を強化するのに必要な力で、身体を鍛えることで増えていきますよ」とティアが横から補足した。「魔力は生まれつきの資質に左右されますけど、生力は努力で伸ばせるので、鍛錬も無駄にはなりません」
「へー……ちょっとランニングとかしてみようかな」
最終的に、金貨二百枚のうち五枚だけを手元に残し、残りはすべて口座に預けた。
手続きが終わったところで、ゼンイチはティアの方を向いた。
「なあ、今日はありがとな。記念に、夕飯でもどうだ?」
ティアは少し目を丸くしてから、ぱっと花が咲いたように笑った。
「はいっ、ぜひ。あ、そうだ、おすすめのお店があるんです。少し歩きますけど、雰囲気も味もすごく良くて……」
話しながら歩き出すティアの背を見て、ゼンイチはふと、気が付いた。
「……これって、デートに誘っちゃったのかな…いや、たぶん、たまたまだよな?……な?」
と、小さな声で呟いた。