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懺悔の…

 鏡子は今、山のふもとにある精神科病院に向かって車を走らせていた。

今日は医療事務の面接である。

『何を話せば良いのかなぁ〜?』

(入社動機は土日の休みが欲しいからです。なんて言えないしな〜…)

鏡子は面接のイメトレをしながら、菓子部に退職願を出してすぐに、本部長が飛んで来た事を思い出していた。入社して一年の自分の為に、本部長自ら説得に来てくれたのだ。本部長は社長の弟である。

『寺田君はいずれ菓子部のリーダーにと考えてる、退職は考え直してくれないか?』

 本部長の熱い説得に、流石の鏡子も申し訳ない気持ちになった。でも、彼氏と休みを合わせる為には退職せざるを得ない…と鏡子の意思も固かった。

こんな自分を、そこまで考えてくれていた本部長に感謝しかない。

(本部長有難うございます。)

鏡子はそう振り返りながら、空からの木漏れ日が注がれている精神科病院に続く細道を走っていた。



◇◇◇



到着した精神科病院は緑に囲まれ、鳥のさえずりが心地良い。3階建てで白壁の病院前の看板には【山元さんげん病院 精神科・内科】と書いてある。

玄関を開けると、真正面が受付になっていた。

『こんにちわ〜』

と2名の受付女子が声をかけてきた。

『こんにちわ。あの、今日面接予定の寺田鏡子と申します。』

 鏡子は、なんかこの2人見た事あるな…と考えながら、事務長室に案内された。

 緊張でいっぱいだった鏡子は、自分で何を話したか記憶は曖昧だったが…確か営業部での仕事で一年経験した事を、医療事務に勤める事で患者さんのお役に立てたら…みたいな事を伝えた様な感じだったはずだ。うん、多分そんな感じで伝えたはずだ。と思い返していた。

ただ、事務長さんのアフロヘアーだけは強烈に印象に残っていた。 口調は優しくて

『今月いっぱいで1人辞める予定なので、是非来月からいらしてください。』

と、即採用が決まり鏡子の心の中は万歳三唱で自然と笑顔が溢れた。

『来月から宜しくお願い致します。失礼致します。』

と事務長室を出て静かでやや広めの廊下を歩き、玄関に向かうと受付の2人に

『寺田さんて桜坂高校じゃない?』

と聞かれた。

『はい、そうですけど…』

『私達も同じ高校出身なんだよ』

『え⁈やっぱり!なんか見かけた事あるなと思ったんですよ』

 この2人はクラスは違うが同じ高校だった。どうりで見た事ある様な気がしてたわけだ。とりあえず自分は面接者の身なので敬語で会話した。

『採用きまりそう?』

『はい、採用決まりました。来月から宜しくお願いします。』

と言い鏡子は山元病院を後にした。

 当時の医療事務は資格が必要の無い時代。今では考えられない〝古き良き時代〟だった。

給料は手取り月10万近く。医療事務でも夜勤があるとの事だった。いわゆる電話番である。

『夜勤しても次の日の定時まで帰れないんだな〜』

医療事務も大変だと鏡子は思いながら、残り少ない菓子部の仕事を頑張ろう!と気持ちを切り替えた。



◇◇◇◇



 今は温泉街のとある居酒屋。菓子部の先輩や同期、店長らが鏡子の送別会を開いてくれている。

たった1年間しか在籍してなかった自分に、送別会まで開いてくれた皆様に鏡子は感謝でいっぱいだった。鍋料理が並び若者の熱気も手伝って、アルコールが進む。

『俺は酒が強いんだぁ〜』

と言う店長は顔が真っ赤だ。

 この一年は本店への移動もあり、覚える事が沢山あった中で 涙を流したり辛い事もあったけど、 歳の近い先輩達とも仲良くなり、沢山遊んで色んな所に行った思い出は鏡子の宝物になった。

最後に花束を頂いた鏡子は

『この本店で働く事が出来て幸せでした。』

と言う言葉で締めた。



◇◇◇◇◇



 鏡子が退職してから初めての土曜日。今日は彼氏が家に来る事になっていた。再就職内定した事はまだ彼氏には言ってない。今日伝えてビックリさせる計画なのだ。

 マフラーの音が聞こえ駐車場に車を停めた彼氏が玄関を開けて2階の鏡子の部屋に来た。

田舎の我が家は当時、殆ど玄関の鍵を掛けていなかった。なのでこの一連の流れは通常運転とでも言うのか…ほぼ当たり前だった。

『いらっしゃい!久しぶりじゃん元気だった?』

笑顔で鏡子は聞いた。

『ん〜まぁねボチボチ元気かな』

『アタシさぁ、山元病院の医療事務採用決定したの!ビックリした⁈』

『マジで⁈おめでとう 凄いじゃん』

『これで休み同じだよ〜 やっとだよ』

『…………』

『何で黙ってんの?』

『……鏡子にはホント悪いと思ってる…俺、好きな人出来た だから別れて欲しい。』

 鏡子は聞き間違いだと思った。この人何言ってるんだろう。別れて欲しいって言った?

『誰だよ 好きな人って』

鏡子はショックよりも怒りモードになっていた。

『職場の同期で俺より5歳上のひと。よく一緒にスキーに行ったりしてたら…そうなって…』

『5歳上⁈』

アタシは年上の女に負けたの…⁈

『あんたと休み合わせる為に 職場探して面接受けて…結果これかい?』

『本当にごめん鏡子』

と言いながら彼氏は鏡子に唇を合わせてきた。

『やめてよ!別れるんでしょ?バカじゃないの?このバカ男!!』

と言う鏡子の服を一枚一枚脱がすバカ男。

『何で別れるのにヤルんだよ!やめろや!』

鏡子の抵抗も虚しくバカ男のなすがままだった。

(もしかしたら別れたくないから襲ってきたの?)と淡い期待が少しはあったのは否めない。



結局、バカ男はコトが終わると帰って行った。

もう、会う事はないだろう…

『懺悔のつもりかよ馬鹿野郎』


 彼氏の為に退職し、再就職前に別れるなんて…

しかも相手は5歳年上の女…鏡子は色んな感情が入り乱れ、一日中涙が止まらなかった。




                    つづく

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