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復讐

 スナック〝kazuko〟の向かい側にあるスナック  〝咲羅さくら〟が、アタシと由美のバイト先だと聖子から説明を受けた。

(目の前じゃん)

『まずは挨拶しに行こうか』と聖子はアタシらを連れ出した。

〝咲羅〟は姉妹でやってる店なのだが、姉が喫茶店を開く事になり、夜の仕事まで手が回らないかも… と人手を探していたとの事。

 扉を開けると、カウンターの中に金髪に近い髪をアップにまとめおり、鏡子の様なポッチャリ体型のこの店のママ〝静華しずか〟と、

艶の良い黒髪のロング、由美の様に高身長でスタイルの良いチーママの〝美華みか〟が立っていた。聖子が

『こんばんは〜バイトの2人です』と紹介したので

『鏡子です 宜しくお願いします』

『由美です 宜しくお願いします』

と2人で頭を下げた。

『2人共かわい子ちゃんね、どうぞ宜しくね』とママの静華が笑顔で言う。

聖子はここで自分の店に戻って行った。

『2人共この世界初めてでしょ?色々教えるから心配はしないでね』とチーママの美華が2人の緊張をほぐしてくれた。


 丁度〝咲羅〟には客の来店が無く、『今日はまだお客さん居ないから、基本的な接客を教えるわね』と美華にボトルの置き場所や、厨房を案内された。他に、お客さんと乾杯する時はグラスを下に下げる、お酒を飲む時は必ずお客さんに断りを入れる、お客さんにお酒を勧められた場合断らない。お客さんのプライベートな話題には触れない、グラスを持ったままの接客は控える、カラオケの誘いは断らない…等教わった

(メモ帳用意しときゃ良かった〜…)

鏡子も由美もまだ頭の中で整理が出来ていなかった。

 混乱している2人を見て美華が

『大丈夫よ必ず慣れていくから』と優しく微笑んだ。一番困ってたのはバイトで着る服だったのだが、嬉しい事にママの服を鏡子に、美華の服を由美に借してくれる事になった。

バイトはシフト制で1日おきに鏡子と由美が出勤し、金土は2人共出勤する事になった。

 バイトが終わるのは深夜なので交通手段のバスも最終便は21時台で使えない。しかもここは電車も通ってない町だ。

『帰る時の事まで考えてなかったな』

鏡子は浮かれ過ぎて、帰りの事まで考えるに至らなかった自分を反省した。

 すると美華が

『ここの3階は私達の家なの。良かったらバイトの日は泊まっていってちょうだい』

(ありがたい〜)

鏡子と由美は

『ありがとうございます!助かります!』

何から何まで親切なママとチーママには感謝しかなかった。



◇◇◇

 


今日からバイトが始まる!鏡子は胸のワクワクと緊張が入り乱れ、授業中も上の空だった。

 休み時間になると由美が来て

『鏡子今日からだね!どんな感じなのか明日教えてね』1日交代なので由美は明日がバイト日なのだ。

『りょ〜かい!教えるね 今日はさ、ワクワクはしてるんだけどドキドキしてるんだよね』

『そりゃ〜初めてのバイトだもん当たり前だよ〜でも鏡子なら大丈夫だよ』

『本当に〜?』

『本当ホント』

『じゃ、お弁当の卵焼き分けてね』

『鏡子また太るよ〜?』

どうせならスタイルの良いホステスになりたい…と思っていた鏡子は

『はぁ〜…ダイエットしなきゃな』

とため息混じりにつぶやいた。



◇◇◇



 今、鏡子はスナック〝咲羅〟のカウンターに立っている。高校生とバレない様に化粧を施し、ママに借りた黄色のスーツを着て40代の男の接客中だ。

『お嬢ちゃん、新入り?名前何て言うの?』と聞かれ

(名前は本名が良いのか?でもバレても嫌だしな)

と考えてた所に美華が

『新人の真美まみです。慣れない事もあるかもしれませんが宜しくお願いします。』とフォローしてくれた。

(美華さんナイス!)

よし、今日からアタシは〝真美〟だ 頑張ろう

『真美です。新入りですがどうぞ宜しくお願いします』と鏡子は男にお辞儀した。

『真美ちゃん新入りだったんだね そうだカラオケは歌えるかな?』

確かカラオケの誘いは断ってはいけなかったな…

『勿論歌えますよ』

(知らない曲だったらどうしよう)

流れきた前奏で曲名がわかった

〝もしかしてpartⅡ〟だ これなら歌える!

久しぶりのカラオケだった鏡子だが、楽しんで歌ってる自分に気付いた。

『ありがとうございました〜』と40代の男に御礼を言うと

『真美ちゃん上手だね〜』

と褒めてもらえた。

 それからは団体客が入ったので、ボックス席に付き、水割りを作ったり、灰皿を取り替えたり、氷を運んだりと忙しく過ごした。

勿論、〝乾杯する時はグラスを下に〟を意識して。



 ようやく閉店の時間になった。緊張の中で飛ばしていた鏡子はヘトヘトだった。

エレベーターに乗り、美華に3階の自宅まで案内されたのだが、そこには約20畳の大きなリビングが広がり、隣には和室のくつろげる部屋もあり、ふすまの無いオープンな造りだった。

(何この家!)

と広くて豪華な家に驚いた鏡子だが、バイト初日の疲労が勝り、とにかく眠りたかった。

廊下を進み一番手前にある部屋を開ける美華。そこには一組の布団が敷いてある。

『真美ちゃん、今日は頑張ったわね!初心者と思えないくらい動きも良かったし、接客も良かったわよ』褒められた鏡子は少し疲れが吹き飛んだ気がした

『ありがとうございます。美華さんのご指導のお陰です。名前聞かれた時も助けてくれてありがとうございました』

『源氏名は使った方が良いと思うの。明日くる由美ちゃんは〝恵美えみ〟ちゃんでどうかな?』

『良いと思います きっと由美も喜びますよ』

『良かったわ。じゃあ私は寝るから、真美ちゃんは学校に遅れない様に起きてね。私朝は苦手だから声を掛けなくても大丈夫だから。それじゃお疲れ様

おやすみ』

『おやすみなさい』

鏡子は部屋に入るとそのまま布団の上に倒れ込む様に寝た。


 次の日目覚めると、布団の横にはタオルとブラシ、歯ブラシセットと洗顔クリームが置いてあった。     

(凄っ!ホテルみたい)

洗面所を探し、顔を洗いながら

(アタシ、化粧も落とさず寝ちゃったんだ)

と昨日のハードなバイトを思い出していた。


 バスに揺られ学校へ向かう。鏡子の頭の中では

『あーすれば良かった もっと違う声掛けがあったかな?』

等、一人反省会をしていたら ふと、両親の顔が浮かんだ。

 両親には『しばらく友達の家から学校に通う』と

伝えてある。鏡子の両親も『またか』と諦め半分で何も言わなかった。

『由美の両親は大丈夫なのかな?』

由美の両親はウチと違ってうるさいのだ。

『うちの娘がタバコを吸う様になったり色々変わったのは、オタクの娘さんの影響だ!』とウチに乗り込んでくる程の親だ。実際はタバコは勧めてないのだが…

とにかく学校に着いたら由美に聞いてみよう

と、恐怖の極狭坂道を鏡子は登り始めた。



 鏡子は由美に昨日のバイトの様子を細かく説明し緊張したけど楽しかった事と、由美の源氏名が〝恵美〟になった事を伝えた。

『そんなに楽しかったんだ〜でも忙しかったんだね』

由美は興味深く聞いていた。

『美華さんから教わった事を実行すれば大丈夫だよ』

と鏡子がアドバイスした。

『所で由美さ、週4日の泊まりでのバイトじゃない?両親は大丈夫なの?』

 しばらく由美は黙り、考えこむようにうつむいてから口を開いた。

『両親にバイトの話したんだけどさ、泊まりのバイトは何だ⁈と聞かれてさ。バレたくないから誤魔化したんだけど、今週だけならって、やっと許可もらったの…ごめんね鏡子 誘ったのはアタシなのに…』

 あの両親を説得するのは難しいとは思っていた。

ましてやバイトは水商売。言える訳がない…

『由美、話してくれてありがとうね。4日間だけど人生の良い経験になるよ 金土は一緒にバイト出来るし、楽しもうね』

『本当にごめんね鏡子 ありがとうね 今日は楽しんでバイトしてくるよ』




 


 翌日の由美は明るかった。朝、教室に入る鏡子を呼び寄せ

『鏡子〜バイト楽しかったよ〜』と笑顔だ。

『良かったじゃん やぱ楽しんでやるのが一番だもんね』

『カラオケでさ〜デュエットさせられたけど何とか知ってる曲だったから歌えたよ』

『デュエットは何の曲を歌わされるかドキドキものだよね』

『でも1つ失敗しちゃってさ』

『何を失敗したの?』

『ボックス席のテーブルに膝ぶつけちゃってグラスが倒れかけたの。咄嗟にグラスを押さえてくれたから、割れずに済んだんだけど…そのボックスのお客さんが矢部さんだったんだよね』

『矢部さんって〝kazuko〟で見た人?』あのチビデブハゲオヤジか⁈

『そうその矢部さん。なんかさ、アタシが土曜日でバイト辞めるから、バイトの後にお疲れ様会やろうと言ってくれてね』

『どこでやるの?』

『矢部さん家だって。一応、聖子とあずさにも声掛けたんだ〜』

あのチビデブハゲオヤジ、意外と良い人なのか?人は見かけによらないな…と鏡子は思った。




◇◇◇◇◇




 鏡子と由美はカウンターの中に立って接客していた。今日が由美のバイト最後の日だと思うと、仕方が無いと解っていても、寂しさでいっぱいになる。その寂しさが表情に出ない様に、鏡子は無理矢理口角を上げて笑顔を振り撒いていた。



由美とのバイトは、お互い助け合いながらこなしていたので、スムーズに業務が進み あっという間に閉店時間になろうとしていた。

 客が居なくなった店内で美華さんが

『恵美ちゃん、今日までバイトお疲れ様でした』と拍手した。合わせて鏡子も拍手した。

『4日間と言う短い間でしたが、とても楽しかったです。家の都合で辞める事になってすみません。〝咲羅〟での経験は宝物です。本当にありがとうございました』と由美が挨拶した。拍手が再び湧いた

『この後打ち上げ行かない?』と美華さんが声を掛けてくれた。

『せっかく誘って頂いたのにすみません美華さん。実は矢部さんにお疲れ様会をしようと先日誘われまして…』美華さんの眉がピクっとなった様な気がしたのは見間違いか?気のせいか?

『矢部さん家でするの?』

『はい。鏡子と聖子も行く予定です』

『そう。じゃ、みんなで楽しんできてね』

美華さんに鏡子もすみませんと頭を下げ店を出て、聖子を誘いチビデブハゲオヤジ矢部の家に向かった。あずさは都合が悪い。と来なかった。



 矢部の家は丘を上がった先にある町営住宅に住んでいた。どこもかしこも丘の上かよ!と鏡子は息切れしながらイライラしていた。

 ようやく到着し103号室のチャイムを鳴らす。

ドアを開けてきたのは野宮だ。やはりコイツは矢部の舎弟なのだろう。

『どうぞ』

とリビングに案内された。小さなソファーにドカっと座ってる矢部が

『いらっしゃい 恵美ちゃんお疲れ様 みんな座って。野宮〜ビールやサワーとツマミ持って来い』 


今宵の主役は由美だ。こうしてお客さんにお疲れ様会をしてもらえて、心から楽しんでるようだ。

聖子はビールを飲むペースが早い。意外と聖子がアルコールに強い事を知った。

『聖子、大丈夫なの?』鏡子は心配する。

『大丈夫だよ〜ビール好きなのぉ』

もう酔っ払っている。

矢部は由美の好きなサワーをグラスに注ぎ

『由美ちゃんお疲れ様、頑張ったね』と労っている

野宮は無口でビールを飲んでいた。今日はあずさが居ないから不満なのかも…。

 バイトで既にアルコールを飲んでいたバイト組3人は酔っ払って眠くなってきた。

『あの矢部さん、寝る所ってありますか?』鏡子が聞く。

『あと二部屋あるけど、一つは俺の寝室で、もう一つは布団敷いてあるよ』

見に行ってみると、布団が3組敷かれていた。

『寝床用意してくれてありがとうございます。そろそろ眠くなってきたので寝て良いですか?』

すると矢部は

『宴もたけなわだけど、そろそろお開きしますか 由美ちゃんお疲れ様でした』矢部の拍手につられ我々も拍手をした。



寝室に聖子が向かうと速攻で右端の布団に寝た。酔っ払って疲れたのだろう。すると野宮がやって来た。

(何で⁈お前ここで寝る気か⁈)

と思ってると案の定、左端の布団に寝た。

『おい!ここは女の子が寝るもんだろっ何なんだコイツは!』と怒りMAXでリビングに居る矢部の所に行った。

『矢部さん、アタシか由美の寝る所がないです。』

(野宮のせいで!)と思いつつ、怒りを抑えながら矢部に伝えた。

『俺のベット広いから、そこに寝るってのはどう?』

何言ってんのこのハゲ!そんなヤバい所に寝る訳ないじゃん!と鏡子の怒りはMAXを超えた。

『鏡子〜アタシが矢部さんのベットに寝るよ。お疲れ様会も開いて頂いたし…』そう言う由美に対して

『いや、アタシが寝るよ』由美、矢部に恩を感じる事ないんだよ。そして無防備だ!と目で訴えた。

『大丈夫だよ鏡子 ありがとうね』

『由美、本当に良いのかい?』

『うん、大丈夫 矢部さん優しいし』

 もう何を言っても無駄か…と鏡子はそれ以上何も言わなかった。

(疲れたな…)

鏡子は真ん中の布団で爆睡した。



『鏡子!鏡子!』

と聖子の大きな叫び声で目が醒めた。

寝ぼけてリビングに行くとパジャマを着た由美が泣いている。おそらく矢部に借りたであろうパジャマは、ボタンがちぎられ生地も所々破れていた。

『何これ…?』

鏡子の頭には悪い予感が走る。由美に駆け寄る鏡子。

『由美、矢部と野宮は?』

『出掛けた…から居ない』

『そっか。由美、うちらは由美の力になりたいの。何が起きたのか教えてくれる?』

しばらくの間涙が止まらずに黙っていた由美が、落ち着いてきたのか、ようやく口を開いた。

『昨日、矢部さんの隣で寝てたら急に襲ってきたの パジャマも破かれて…でも抵抗したの。そしたら白い粉の入った袋と、注射器見せられて脅されて…アタシ急いで部屋を出てリビングで大泣きしてたら聖子が起きて来たの』と鼻をすすりながら由美は答えた。

『アタシもビックリしちゃってさ由美の声で飛び起きたのよ』

聖子も起きたのにアタシは爆睡していた…鏡子は由美に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

由美を抱きしめ ごめんね由美 と何度も謝った。

『由美、最後までは…大丈夫だったんだよね?』

鏡子がたずねる。

『それは大丈夫 逃げたから』

良かった…と胸を撫で下ろした鏡子だが

『由美…今回のチンピラの事はもう忘れるんだよ

アタシが復讐するからね!絶対地獄に突き落とすから!』

由美に覚醒剤を使おうとしたクソチビハゲデブお前ら絶対許さねぇ!!




その後、着替えた由美を鏡子と聖子が家まで送った。聖子と別れた鏡子は再び温泉街へ向かう。

目的の場所は美華さん宅。エレベーターに乗りインターホンを押した。

『は〜いどちら様?』

と美華さんの声だ。

『突然すみません、真美です』

扉が開き少し驚いた表情の美華が立っていた。

『どうしたの?真美ちゃん?』

『ご相談がありまして』

鏡子は神妙な表情をしていた。

美華は何か深刻な事があったのでは?と悟り、自宅に急いで招き入れた。美華宅の広いリビングに通された鏡子。

『そこ、座って』

革製の黒いソファーが高級感を漂わせる。クッションもフカフカだ。

『実は…』

と、昨日矢部の家で起きた事を美華に説明した。

『何となく影のある男だとは思ってたけど…シャブにまで手を出してるとはね〜…由美ちゃんは大丈夫なの?』

『由美は落ち着きました。でも、アタシはアイツを刑務所にぶち込みたいんです』

『じゃあぶち込みましょ』

と笑顔で電話を手に取る美華。もしかして警察に掛けてるのか?

『あ〜もしもし〜刑事1課か2課に繋いでください。名前は匿名の垂れ込みです。あ、もしもし刑事さん?温泉町の町営住宅の』

と言って鏡子を見る。鏡子は

『103号室です』と答えた。

『103号室に住んでる矢部と言う男が覚醒剤所持してます、早急に捕まえて下さい 必ず捕まえて下さいよ じゃ』

と美華は電話を切った。

『これだけの情報与えたんだから動くでしょ』

『美華さ〜ん ありがとうございます!』

本当に美華さんは頼りになる。相談して良かった。

アタシ1人じゃ何も出来なかったよな…ごめんね由美頼りない友達でごめんね。





翌日のテレビのニュースで、矢部と野宮が逮捕された映像が流れた。

『よっしゃ〜!!』と鏡子は両手の拳を高く突き上げた。



                    つづく

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