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1000円看護婦

 鏡子が川内内科で勤務を始めて2ヶ月が経とうとする頃、道路には落ち葉がちらほら・・・夏の終わりを感じる季節になった。

 『何だか寂しいな』

寮であるコーポを出て、歩きながら道に落ちている葉を見ながら鏡子は呟いた。

鏡子自身、夏の短い雪国育ちだが寒さにはとことん弱かった。手足が霜焼けになりながらも膝まで積もった雪道を歩き、遠方にある小学校に毎日通った。鼻呼吸で鼻の中が凍る感覚にビックリした経験もした。でも寒いのが大嫌いだった。

ただでさえ憂鬱な職場なのに、寒い季節が近付いて来ると思うと余計に憂鬱になる。

 

 『おはようございま〜す』

職員用玄関の扉を開け、ナースシューズに履き替えた鏡子は 職員用玄関から数歩歩いた所の左手にある厨房のドアを開け早番の職員に挨拶をした。

 『おはよう寺田さん』

と早番のおばちゃんが返してくれる。 

(返事があるっていいな〜)

最初の頃に比べたら挨拶の返事が増えた事が、鏡子にとってはささやかな幸せだった。

 (相変わらずの人もいるけどね〜)

准看学生2年の前山と正看学生1年の田代だ。挨拶してもいまだにシカトされる。

(やれやれ・・でも半日我慢するだけだ!)

と思いながら鏡子は病棟に向かう階段を登って行った。

 

『おはようございま〜す』

と言いながらナースステーションの扉を開けると

『おはよう寺田』

と、当直明けの藤原主任が挨拶してくれた。

(昨夜の当直は主任さんだったんだ〜)

『寺田、悪いんだけど注射器 滅菌終わってるから外来に持って行ってくれない?まだ記録終わってなくて・・』

『わかりました』

鏡子はオートクレーブ(高圧蒸気滅菌器)からガラス製の20CC注射器20本が入った金属ケースを取り出し、外来の処置室に持って行こうとドアを開けた。

 

※ 今はディスポ(使い捨てプラスチック)の注射器が主流だが、鏡子が勤めていた川内内科ではガラス製注射器を使うのが当たり前だった。振り返るとケチで古典的な医院だったのかな?と思う点が多数出てくる事になるとは、この時の無知な鏡子は知らなかった。

 

 と同時に

『おはようございます』

とナースステーションに香月こうづきさんが入ってきた。年配の病棟看護婦で低音ボイスと無表情が特徴。そして鏡子には無愛想である。 

(もう慣れたけどさ〜)

ため息をつきながら外来処置室に近づくと、何やら話し声が聞こえる。 鏡子は立ち止まり耳を澄ませていた。

『婦長なのに病棟に居るだけで外来には絶対来ないよね』

『あんな形で前の婦長達が辞めたから急いで集めたにしてもさ〜』

(この声は()()影山さんだ!もう一人は・・・清水さん?!)

外来看護婦は4人で、影山さんと清水さんが古株で、大原さんは病棟看護婦の香月さんと共にこの医院に来たとは鏡子も聞いていた。残る一人は真島さんと言う看護婦で聖先生の奥さんの妹だという。

(真島さんも聖先生の親戚なのに何でアタシにだけ風当たりが強いんだろう・・・)

女の世界は恐ろしくもあり理解できないなぁ〜と思いながら、鏡子はまだ影山さんと清水さんの会話に聞き耳を立てていた。

『婦長も主任も前の職場は精神科で看護部長と病棟婦長だったんでしょ?』

『定年だからって追い出されたみたいじゃない』

『役職に就かなくても、引き止めて定年延長とかあっても良いよね?』

『アレじゃない?二人とも1000円看護婦だからじゃない?』

『時代に合わないものね』


 (何?1000円看護婦って言った?何なのそれ?)

鏡子にとって優しく接してくれる藤原主任さんを小馬鹿にしてる様で

(緑川婦長はどうでもいい)

苛立ちを感じた鏡子は処置室に入った。

『おはようございます』

『あら、おはよう寺田』

気まずそうに挨拶を返す影山と清水。鏡子は金属ケースを処置台に置き、振り返りながら聞いた。

『1000円看護婦って何ですか?』

聞かれてたか?というよう表情をする二人。でも影山はすぐに表情を変え

『看護婦の歴史みたいなものだから教えてあげる。戦後の混乱期の看護婦不足の時代に、准看護婦でも1000円の登録料を払えば正看護婦になれたのよ』

『そんな時代があったんですか?』

(って事は緑川婦長も藤原主任も1000円払って・・・資格は准看護婦から正看護婦になったのか?お金で資格が買えるなんて・・・それって正しくないじゃん!正看護婦の学びをしていないんだから! なのにアタシはあんなに怒られて・・・)

鏡子の怒りの感情は何故か緑川婦長に向かっていた。自分にも非があった事も忘れて・・・

(アタシは絶対正看護婦になって見せる!!)

改めて強い決意を誓った鏡子だった。

 『まあ、私も副看護婦の資格しかないけどね』

と清水さんがいきなり話す。

『副看護婦って何ですか?』

(これまた初めて聞くぞ)

『昔、そういう資格もあったのよ。実習もあったしね』

『今もある資格なんですか?』

『ううん、もう今は廃止されたの』

『そうなんですね』

(ってことは無資格ですか〜??でも頭にナースキャップ載せてますよね〜?!)

 何やらめちゃくちゃだな ここの医院・・・そう言えば『あんな形で前の婦長達が辞めた』と話してたな・・・一体何があったんだろう?

と考えながら、重い足どりで鏡子は病棟に戻って行った。









                                                つづく

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