君以外いらない
これはとある高校生の夏の物語。今思えばあの時から俺は君に夢中だったのかもしれない。
とあるジメジメした夏。俺、高校2年生の磯部悠馬は今日も平凡な日常を歩んでいた。いつもと同じ電車に乗り、今日もあくびをしながら電車に乗り、ドアの近くに立ち夏目漱石の本を読みながらゆらゆら揺られながら学校に向かう。そんなつまらない日常だ。「次は〜平川〜平川〜」このこぶしの聞いたアナウンスも何度聞いてきただろう。いつもこの駅のむかいの線路で電車が止まる。5分くらいだろうか。この景色何度見てきたのだろう。向かいのドアちかくに人はいない。あるのは柱だけ。いつも通りだ。「もう見飽きたよ」そう思っていたのに。今日からは少し違う。
いつもいないはずのドアの近く、今日は人がいる。俺は珍しいと思っていた。普通ならなんとも思わないのだろう。でも俺は気になってしまいずっとみていた。女の子だ。しかもとびっきりの美人だ。年齢はいくつぐらいだろう。同じ年ぐらいかな。少し年上かななどと考えていたら電車は発車してしまった。時間が経てば忘れるだろう、そう思っていた。学校につき、授業を受ける。いつも通りの日常のはずだった。なのに授業中も休み時間もあの子のことばかり考えてしまう。あの長い髪の毛、大きな目、大きな胸、頭の中はそのことでいっぱいだった。悩んだ俺は友達の加藤涼介に相談してみた。「それは恋だな」加藤はそう言った。「そんなことはないだろ」と俺は言う。「ならなんで初めて会った人のことをずっと考えるんだ」加藤は言う。確かにその通りだ。しかし、その時の俺はまだ自分の気持ちに気づいていなかったんだ。
俺が彼女を見かけてから早いようでもう一ヶ月。少し肌寒くなってきた頃だろうか。今日の朝もいつものところに立ち電車にのっている。今日も彼女は立っていた。今日も見て終わるんだろうなと思いながらバレないように目線を隠しながら見ていた。いつも通りだ。だけど、今日は違う。目線を少し上げると驚きの光景がそこにはあった。「夏目漱石お好きなんですか?」そう書かれたノートを彼女が掲げていた。俺は驚いて自分もノートを出しこう書いた。「はい。いつもこの時間の電車にのっていますよね?」と。すると彼女は「はい!」と。今日はそれで終わった。その日から俺と彼女の電車の窓越しの不思議な文通が始まった。名前は泉響子。同い年の高校ニ年生だ。
私の名前は泉響子。私には気になっている人がいる。向かいの電車に乗っているいつもドアの近くに立って夏目漱石の本を読んでいる男の子。初めは不思議な子という印象しかなかった。でも次第に彼のことばかり考えてしまうようになった。いつかお話ししてみたい。でも電車越しにしか会ったこともない。そう思った私は友達の立花花梨に相談してみた。「ノートとかに書いてみせてみたら?」花梨はそういった。次の日から実行してみようと心に決め、私はいつもの電車に乗った。今日も彼はいる、やるなら今だ!そう思い、「夏目漱石お好きなんですか?」そう書いたノートを見せた。気づくかな、変なやつだと思われないかななどと考えていたその時、彼がこっちをみた。驚いていたがすぐに返事をくれた。そこから私と彼の不思議な文通が始まった。
それからの毎日はとても楽しかった。何もない日常に光が差し込んだ。その日から毎日窓越しの5分間だけの文通は続いた。内容はたわいもないこと、当たり障りのない日常生活での話などだ、窓越しからだったがラインも交換した。ラインでもはなし、でんわもする。気づけば朝になっていた時もよくある。こんなに楽しい時間は初めてかもしれない。そのことを加藤に話した。すると加藤は「それだけ話するんなら今度の夏祭りにさそっちゃえよ」と。きっと加藤は俺が泉さんのことを好きなんだと思っているのだろう。だが、俺にはそんな感情はないと思っていた。今日も電話をした。特に変わった話はしない。夜も遅くなり、切ろうとしたそのとき、俺の口から言葉が出た。「今度の8月23日に夏祭りがあるんですけど一緒に行きませんか?」と。かってにでた言葉だ。なんでそんな言葉が出たんだろうと思ったが、答えは一つだった。彼女のことが好きなんだ。と。この時、おれは初めて自分の気持ちに気づいたんだと思う。
彼から夏祭りに誘われた。とても嬉しいが他の友達と行く約束をしてしまっており、悩んでいた。だが、彼からの誘いに二つ返事でオーケーした。友達との約束を断ってまで優先する相手?なんで彼の誘いに応じたんだろう。理由は簡単だった。彼のことが好きなんだと。前までは不思議な子だしか思っていなかった。きっとこの感情が恋そのものだったんだと。私は最初から君に夢中だったんだ。
彼女からオーケーをもらった。これまで感じたことのないほどに嬉しかった。思わず部屋の中で叫んでしまった。おそらく今までの人生で1番でかい声を出していたと思う。それだけ嬉しかったんだ。そこから夏祭りまでの時間は経つのが早かった。タイムマシンに、乗って未来に行ったのかと思うぐらい早かった。今日は夏祭りの日。待ち合わせ場所に10分前に着いた俺。人も多くなってきて混み始めていた。彼女は気づくかな。などと考えていた時、彼女がきた。長い髪の毛をまとめてお団子のようにし、青い浴衣を着てちょっと頬を赤ながら彼女はきた。俺はそんな姿にまた心を打たれてしまった。とても綺麗だった。しばらく見つめ合う2人。最初に言葉を発したのは彼女だった。「お待たせ。まった?」と。いつも電話で聞き慣れた声だと思っていたが直接会って話すと少し恥ずかしさがあった。俺は「ぜんぜんまってないよ。俺もきたばっかりだから。浴衣すごい似合ってるね。」と。彼女はまた頬を赤らめていた。
ようやく2人とも歩き始めた。そこからはとても楽しかったのを覚えている。2人で屋台のご飯を食べて、たくさん笑って、たくさん遊んだ。楽しい時間は過ぎるのが早いというが本当にそうだと改めて思った。そして本日のメインディッシュ花火が始まりそうになった。2人でよく見える丘の上でみていた。ピューバーンと上がる花火を見ている彼女の顔を見て俺は思わず言ってしまった。「好きです。付き合ってくださいと。」なぜ言葉が出たのかわからない。気づいたら出てしまっていた。本心からの言葉だったのだろう。すると彼女は少し間があったが恥ずかしそうに答えてくれた。「私も前からずっと好きでした。」と。その会話の後、2人同時に出た言葉は同じだった。
君以外いらない。
夏の青春の1ページ。