第9話 吸血鬼の髪
「失礼します」
宵宮が腕に噛み付く。この光景を卒業まであと何度見ることになるのかは分からない。ついでに対策をしてあるとは言っても日光に照らされる吸血鬼というのもあと何度見れるのだろうか。
銀色の髪がサラサラと揺れる。長い髪はケアが大変だとは聞くが宵宮の髪は綺麗だと思う。そんなことを考えながら宵宮を眺めている内に魔が差したのか。自分でも気が付かない内に宵宮の髪に手を伸ばしている自分がいた。
「……なんですか」
むっとした顔でこちらを軽く睨みつけてくる宵宮。ただ嫌悪の表情とかではなく単純に「食事の邪魔をするな」という感情の方が強いだろうか。ついでに言うなら妙に可愛らしい顔で怒っている。
「綺麗だなと」
「……はい?」
「いや、綺麗だなと」
「えと……あ、ありがとうございます?」
今度は困惑したような表情を見せる。コロコロ変わるのは見てて面白い。別に髪が綺麗だなんて言われ慣れてるだろうに。教室で過ごしてれば自然とそんな会話も耳に入ってくる。
「あ、あの……もう終わりましたよ?」
「……ん?あぁ、もう少しいいか?」
その質問には答えない。ただ立ち去ろうとするわけでもない。何かするわけでもなくその場に立ち続けてされるがままと言った状態だ。
……まぁ、沈黙は同意と同じ、なんて言葉もあるくらいだから少なくとも拒絶ではないだろう。
「……楽しいですか?これ」
「まぁ……それなりに?」
「それなり……ですか」
「女子の髪なんて触れる機会無いしなぁ」
「朝日奈さんに触らせてもらえばいいじゃないですか」
「楓は怒るんだよ」
向こうは散々触る癖に俺が触ると怒るのはさすがに理不尽ではないかと思う。理由を聞いても何だかんだ適当なこと言って答えてくれない。
まぁ女子は色々あるんだろうが……こればっかりは男には分からないしなぁ。
「……………………」
「宵宮?」
「いえ、その……私ならいいと思ってませんか?」
「……いや、もちろん嫌ならやめるぞ?綺麗だなって思っただけだし」
宵宮を怒らせてしまっただろうか。ただそれでも手を振り払うわけでもなくされるがままだ。言葉に反して何か嫌そうな雰囲気を見せてるわけではない。
むしろ撫でろと言わんばかりに……いや、それはさすがに言い過ぎだとしてもだ。
「……その、血を吸う時でしたら許可します」
「え、いいのか」
「神代君がそれで満足なら……別に、嫌ではないので」
そこでようやく顔を見る。相変わらず何を考えているのか分からない表情で……でも、それは教室にいる時のような機械的な笑顔よりかは何倍も好感が持てるものだ。
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらうかな」
「……はい」
♦♦♦♦♦♦
時間にしては短いはずなのに妙に長く感じた芸術鑑賞会は先生のありがたい話が終われば各自帰宅となる。ここから遊びに行く者も直帰して惰眠を貪る者もいるだろうが……
「ん〜!じゃ、どっか遊びに行こ!ナギ♪」
「ま、明日休みだしな。いいよ、どこ行く?」
「任せる」
「お前が誘ってるんだよな?」
「ふふん、じゃあナギに私を誘う権利をあげよう」
「帰るか」
「わー!待って待って!ちゃんと行きたいとこあるから置いてかないで〜!」
そのまま連行される俺。もはや拒否権など無いに等しい。パワーバランスとかはとっくの昔に崩壊しており楓の独裁国家(国民2人)が形成されてる。
それもこれも幼馴染という立場だからなんだろうが……まぁ、その辺は好きにしてもらって構わないし、俺もそうする。お互い気を遣うとかできるタイプじゃないのは分かってることだろうし。
「で、どこ行くんだ」
……そういやこうして制服を着たままどこかに遊びに行くなんて経験は初めてかもしれない。家から学校までが近いと一度着替えてから〜となる。
「ナギ……さ、運動したくない?」
「出来ればしたくない」
「し・た・く・な・い?」
「そういや最近運動不足だな」
倒れてた時もあったし、休日なんかほとんど家から出ずに夕方くらいまでベッドの上でダラダラスマホを弄って過ごす……なんてザラだ。これが高校2年とか本当に悲しくなってくる。
「うん、というわけで〜……『運動』しよっか♡」
「さっきから妙に意味ありげな感じで喋ってるけどボウリングだろ?今日こそコテンパンに叩き潰す」
「望むところだよ!負けた方が奢りだからね!」
♦♦♦♦♦♦
昔からいつ誰に誘われても恥をかかないように……と、2人で色々やってきたが、その中にはボウリングも含まれる。
ただぼっち、やはりぼっちなのでどの辺までのレベルが丁度いいとか分からず俺達の腕前はその辺の高校生など軽く凌駕するレベルに到達してしまった。
ちなみにこれはイキリ発言でも何でもないし実は才能がありました……!なんて話でもない。あるならば……そう、お互いとんでもなく負けず嫌いだということだろう。
「よっしゃ!ターキー!」
「まだまだだね」
「ボウリングの王子様やめろ」
無論、それ以外は普通の高校生なので分身は出来ないし日本のガットでとんでもない威力のスマッシュを打つなんて出来ない。ついでに俺達にはテニスの経験もテニスのような何かの経験も無い。
「ふふん、ナギ……まさかもう『勝った』……なんて思ってるんじゃないだろうね」
「正直思ってる」
「その油断が命取りっ!うおおおくらええええええええ!!!!」
「再起不能になるわ!」
ボールは友達ってセリフがあるくらいなのに武器に使い出すのは聞いてない。本当に聞いてない。そもそも6kg近くあるものを武器にするな。
「でも実際まだ勝てるから!ここから全部ストライク決めて吠え面かかせてやるぜ……!」
「おう、まぁ頑張れ。でも二度とそれ武器にしないで」
その言葉が届いているのかどうかは知る由もないが楓がレーンに向かっていく。特に緊張した様子もなく、あの決意表明は何だったんだと言わんばかりにあっさりと投げ……そして、宣言通りに一発目のストライクを取った。
「……どやさ!」
「……近い」
「え〜、いいじゃん別に。今に始まったことじゃないし」
「いや、まぁ……そうなんだけどさ」
昔はこうしてくっつかれても気にならなかったが高校生ともなればさすがに気になる。楓だって順調に成長してるわけで意識しないかと問われればNOと答える。
危機感があるのかどうかは知らないが。まぁ……ただ1つ言えることは俺が楓を意識しないわけではないということ。それだけだ。
「ま、いいや。この後どうする?私の奢りなわけだけど」
「飯なら俺も出すからいいよ。こっちは奢ってもらうが」
「うへぇ……容赦ないのか優しいのか分からないなぁ。お寿司でも食べる?」
「賛成」