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第7話 昼行性吸血鬼

『今日のお昼休みは生徒会室に来てくださいね』


なんてメッセージを受け取った時、生徒会の役員なら会議や仕事を想像するだろう。ただ俺は生徒会に所属はしていない。

なら告白だろうか。昼休みに生徒会室を利用する者はいない。ただメッセージは非常に簡素だし送り主とは大した関わりなんてない。


ならこの呼び出しの目的は何か。相手は誰か。……さて、俺には1つ、周りには言えない隠し事があるわけだが……


「では、いただきますね。神代君」


メッセージの送り主。そして周りに言えない隠し事の当事者、宵宮憐が笑顔で言う。

サラサラとした綺麗な髪。整った顔立ち。吸い込まれそうなほど綺麗な真紅の瞳。そして……異形な羽と鋭い牙。

そのまま腕に噛みつき牙が刺さる。この姿にも血を吸われるのも、そしてこの痛みにも早く慣れなきゃなと宵宮の姿を見て思う。

学年一。いや、もしかしたら学校一と言っていいほどの美少女に呼び出される。普通に考えれば幸せなことだが血を吸われるとなれば考えものだろう。


「ほんと、誰かに見られたら大変だよな」


「……コスプレで誤魔化せるでしょうか」


「さすがに無理があるだろ……あと、宵宮のその姿もそうだが俺と2人でいることもだ」


誰もがお近付きになりたい。あわよくば恋人関係になりたいと考える宵宮。宵宮が誰かと付き合ってるだなんて話を聞かないので自分が……!なんて考える奴は少なくない。

そんな宵宮が俺のような地味な生徒と一緒にいる。それも人に言えない関係だ。少なくとも良く思われないのは確実なわけで。


「……純粋に疑問なのですが、そんなに恋人って憧れますか?疲れると思うのですが」


「いや?俺は全然。宵宮もか」


「……私は、どうせ先に死なれてしまうので」


「あぁ、そういうこと……」


よく考えればそうだ。吸血鬼と人間の寿命は違う。誰かを好きになって、誰かと同じ時間を過ごしても……それでも、相手は老いて先に死んでしまう。興味が湧かないのも必然だろう。


「……すみません。こういった話はするべきではありませんね」


重苦しい雰囲気の中で宵宮が苦笑いで呟く。その言葉にも何と言えばいいのやら。「気にする必要はありませんよ」とは言うが、それでも宵宮が気にしていないとは思えない。

友人は多くとも、親友と呼べるほど深く関わる友人はいないと言ったのはそういうことだろう。


血と唾液を拭き取る姿からは目を逸らす。別にこれといってやましい感情がある訳では無いが、妙な気持ちになるからだ。


「ごちそうさまでした。本当に助かり……神代君?」


「どうした?」


「いえ、あの……目が合わないので」


「別に、それは普段からそうだろ」


俺もそうだが宵宮も目を合わせようとしない。いや宵宮の場合は何か考えての行動ではないかもしれないが。あくまで教室内での俺達は赤の他人。良くてただのクラスメイトということになる。


「では、これからはもう少し……神代君を見てみます」


「勘弁してくれ」


「ここは喜ぶところですよ、神代君」


「全くそう思わんけどな」


「私のことは嫌いですか?」


「別に好きでも嫌いでもない。正直、こういう事情がなきゃ関わることすらなかっただろ」


ならあの日に声をかけなければ良かった話だが、疑問を疑問のまま放置しておくのも気持ち悪い。

後悔してないと言えば嘘になる。ただ悪いことばかりかと言えばそうでもない。普段の優等生でない宵宮憐の姿を見るのは楽しい。もちろん、これが素だとは思わないが。


「別に他人同士でいいんだよ。嫌だろ。こういうことがあるからって教室でも俺が絡んできたら」


「えぇ、はい。それはもちろん」


「……そ、そうだろ?」


「動揺を隠せてませんよ」


「正面から言われると割と傷つくというか」


「……1番バレたくない秘密がバレた以上、演技なんて必要無いですから」


どこか冷めた口調で、半ば呆れ気味に言う。誰に対しても優しく接する姿からは想像もつかない。……まぁ、こっちの方が人間味は溢れているとは思うが。吸血鬼ではあるんだけどな。


「大変だな。優等生ってのも」


関わりもないのに、どこか「宵宮憐」に対して理想みたいなもんを抱いていたのかもしれない。そしてそれは俺だけじゃないはず。ただ人も……吸血鬼も、そこまで完璧じゃないだろう。

吸血鬼であることを明かして、その後も宵宮と関わりを持った人間はいないと言っていた。だから絶対バレないように、疑いすらも持たないように、そのためにも自分と深く関わることがないように、「みんなの宵宮憐」という仮面を被って遠ざけていたのだろう。


「……そうですね。その通りです」


宵宮がまた笑う。ただ、それは先程の冷めたような、どこか呆れたような笑みではない。


「優等生でいるのって疲れるんです。でも仕方ないですよ。私、天才なので」


「お、おう?」


「誰しもが私に期待します。関わりを持とうとします。正直、すごく疲れます」


「だろうな。俺も宵宮には変な理想を抱いてたよ」


「関わりたくないのに、ですか?」


「関わりたくないからこそだ」


「……神代君がよく分かりません」


「知る必要も無いだろ。まぁ……なんだ、面倒な感情も持たずに血を分けてくれる都合のいい存在って思っとけ」


改めて優等生ってのは本当に大変なんだろうなと思う。その悩みが分かる日はおそらく永遠に来ないだろうが。

自分が貰いすぎだと宵宮は言う。ただそれは気にしていない。ある種の信頼とも言えるかもしれない。


(気にする必要なんてないだろうに)


教室の中とはまた違う宵宮と言っても、こういったところは教室と同じだ。あくまで宵宮は対等な視点で見ているのかもしれない。……が、実際はそうじゃない。

俺と宵宮は全く対等じゃないだろう。立場も種族も全く対等じゃない。吸血鬼だって弱点くらいはあるだろうが人間なんかが太刀打ちできるかどうか……弱点?


「と、とにかく私は貰いすぎなのです!せ、せめて何かお返しを……」


「……なぁ、日光大丈夫なのか?吸血鬼の天敵のはずだろ?」


「……え?」


ふと気になったことだ。古来から吸血鬼は太陽に晒されると消滅してしまう生物であると言われている。アニメや漫画でもそういった描写はあるし、そういうもんだと思ってたが……


「宵宮って太陽の下で普通に生きてるよな?もう、なんかその質問に答えてくれればいいや」


「そ、それは構いませんが……なぜ急に?」


「好奇心」


「は、はぁ……そうですか」


実際、これに関しては吸血鬼本人にしか聞けないことだろう。そしてその吸血鬼が目の前にいる。

その吸血鬼、宵宮は生徒会室に置いてある小さなポーチを手に取る。そしてそこから小さなボトルのようなものを取り出した。


「これ、です」


「……?なにそれ」


「日焼け止めです。確かに太陽は天敵です。私も何度か消滅しかけました」


「消滅しかけてんの?」


「はい。ですが!太陽光は日焼け止めで簡単に遮ることができるんです!冬にも使わないといけないので出費は厳しいですが昼も生きれるなら安いとは思いませんか!?」


「お、おう……」


妙にキラキラとした目で宵宮がはしゃいでいる。ピョンピョンと軽く飛び跳ねる姿は可愛らしいが、背中に生えた羽も動いている。

血を吸い終え既にいつもの人間のような姿に戻っていたのだが……どうやらテンションが上がると本来の姿に戻ってしまうらしい。


「……しかし、なんか拍子抜けだな。進化の過程で太陽を克服したとかそういうもんかと」


「それは……おそらく無理でしょうね。事実、私の周りでこの時間に活動してる吸血鬼は私だけですから」


「教えてやればいいのに」


「以前、私は言いましたよ。人間が、吸血鬼が、全て良い人とは限りません」


「……つまり?」


「吸血鬼には人間を本当に食糧としてしか見てない方もいます。そんな吸血鬼が昼にも活動したら……多くの人間はこの時間帯に活動しますから」


宵宮が少し震えてるように見えた。……なるほど。確かに見境なく襲う吸血鬼が昼にもいたらパニックどころの騒ぎじゃないだろう。

人間は食糧……か。短命種かつ単体だと力なんて無いに等しい種族の評価としては妥当と言えるかもしれない。「人間は怖い」というが吸血鬼から見たらそんなもんなのだろう。


「なあ宵宮」


「はい?」


「なんで宵宮はこの時間に活動するんだ?」


「……そうですね」


「考えたことありませんでした……」と小さく呟いて、うーんと頭を悩ませる。10秒ほどその状態が続いてから、ふふっと笑って、笑顔でこちらを真っ直ぐ見つめて……


「人間になりたいという願望……でしょうか」


様々な意味が込められたような、そんな言葉を口にした。

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