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絶島H  作者: 速川ラン
第一章 一変した世界
2/5

2/D


「なんで先生分かるのかね? 超能力者だね」

「知らねえよ。まじでピーキングしてくるなって言ってるだろ」


 校門を出て二人で軽く走る。風が耳元でビュンビュンと鳴る。


「無視したら良いのに返事する大瑚が悪い」

「は? ふざけんなよ」

「まあ良いじゃん。授業サボれるし」


 それから向かったのは北東監視所ではなく、立派な一軒家。このオーシャンビューな西洋館は一際そびえ立つ断崖上にあった。バルコニーがある部屋からは邸を敬うようにうねり広がるハイマ町、そしてさらに向こうに広がる海を一望できる。


「こんにちは。潤さん、大瑚さん」


 顔馴染みの門番が和かに挨拶をする。


「こんにちは。深波いますか?」

「はい。坊ちゃんは丁度大学から一時帰宅しています」


 坊ちゃんこと鈴木深波はハイマ町の町長且つハイマ島の最高指導者、鈴木陽一郎の一人息子である。そして潤の二歳上の従兄弟にあたり、大瑚の幼馴染でもあった。

 長いコンクリートの玄関アプローチの先に彼の姿が見えると潤の黒目に光が差し込む。

 潤は昔からこの従兄弟の兄ちゃんが大好きなのだ。彼女は時速60キロで抱きついたが彼

はなんとか持ちこたえた。端正に襟足を刈り上げられた彼の髪はさらさらとしていて大瑚

の癖毛とは大違い。


「二人とも学校は?」

「潤のせいでまた追い出された」


 いつ来てもこの空間は美術館のようだ。中へ通された大瑚は絵画が飾られた立派な廊下を進んでいく。深紅の絨毯を土足で踏むのが申し訳ない。


「北東監視所って言ったね」

「そう、ありそう?」

「うん、あったよ」


 深波は二人の手の甲に丸いハンコを押し当てる。大瑚はインクを早く乾かすために手を振ったり、窓から日光に当てみる。


「ほんと深波が従兄弟で良かった」

「潤、僕は君の尻拭い係じゃないよ」

「分かってるって。でもここに来れば島の監視所のハンコが全部手に入るんだよね?」

「乱用禁止だから口外はしないでね」

「ってことは先生にどの監視所を指定されても楽勝ってことじゃん! ね、大瑚、ラッキーだね私たち」

「お前な」

「ねえ深波、監視所って全部で何箇所あるんだっけ?」

「8箇所だよ」

「そんなにあるの? 意外ー」


 大きくため息をつく大瑚を横目で見ながら深波は眉を下げて微笑んだ。


「あ」


 大瑚の視線の先にハイマ港に着く船が見える。


「父さんが本土から帰って来た」

「陽一郎さん、最近よく本土に行ってるよな?」

「うん、最近忙しいみたい。ずっと疲れているように見える」


 詳しくは教えてくれないけれど、と深波は呟く。


「選ばれし者は大変だね。本土ではどんな仕事をしているの?」

「物資調達や専門職員の派遣依頼とか。あと県庁にも要があるらしい。色々交渉業務があるのさ」

「けんちょう?」


 潤は首をかしげる。


「本土には僕たちの想像を遥かに超える大勢の人々がいて、県庁はそんな社会をまとめる場所みたい」

「凄いね。本土って凄いところなんだね。きっと」

「うん、僕は必ずこの目で見たい。海の向こうを知りたい。潤は行ってみたい?」

「うーん、わからない。行きたいって言って行ける場所じゃないよね」


 本土と呼ばれる場所と島を渡れるのは一握りのハイマのみで、島の最高指導者である深波の父親は不定期に数名の部下を引き連れて渡航している。

 島は全住民に100年前から【船製造禁止令】を出し、製造は愚か所有も禁止している。よって、この島に着く船は全て本土のもので、客人を島へ迎えに来ては島に降ろすと再び帰っていく仕組みになっている。島自体はは一隻も船を持っていないのだ。取締は非常に厳しく、監視所や監視員を配置している。この島を離れる行為に関しては陽一郎さんの身内だからといって容認されることは無い。

 でも、と潤は続ける。


「深波は行くでしょ? だから、行きたい」

「僕が行くから行きたいのかい?」

「うん!」


 将来、このまま父親の後を継いで深波もいつか本土へ渡る日が来るのだろう。潤なんて島の外に全く興味ないくせに……深波に興味が大有りなのか。


「想像を遥かに超える人数か、なんか気持ちわりぃわ。あーあ、ここの生まれで良かった」


 大瑚は乾いた手の甲にふっと息を吹きかける。


「もう行っちゃた。いつもすぐに帰っちゃうね」


 客人を降ろした船が本土へ引き返して行く。


「どういう原理で浮いているのかな」

「さあね。船に関する情報は何も無いから……知りたいな」


 外を眺める潤と深波の髪が差し込む光に照らされる。


「そうだ。もうちょっと時間あるし、深波、私と大瑚の特訓してよ。久しぶりにコレ、やりたい」


 潤は人差し指を立てた。グキ、ピキ、と小さく音を鳴らしながら指はあっという間に変形していく。一瞬で関節は太く盛り上がり、青紫に腫れ上がる。それから彼女は爪を10センチだけ伸ばして見せた。相変わらずとても鋭利なファングネイルだ。自分だって同じ物を持っているが大瑚はこのグリテスクな見た目だけがどうしても好きになれない。

 ファングネイルは利き手の爪だけを意図的に伸ばせるハイマ特有の能力である。最長で40センチ弱まで伸ばすことができ、伸びると太く変異し硬化するそれの切れ味は刃物に及んだ。潤がやりたがっているのはこのファングネイルを用いて対戦する爪牙闘技のことである。もう何十年も昔に廃止された違法スポーツだ。


「はやく引っ込めろよ。誰がどこで見てるか分かんないだろ」


 一応、学校でも特別授業としてファングネイルについて学ぶことあるが、万が一の為の防衛術で、将来剪定屋などの特殊な職に就かない限り自発的に出すことは許されておらず、島の取締は非常に厳しい。ゾーオンと共生するこの島では彼らとの信頼関係を築く上でファングネイルを出さないという決まりは非常に大切なことなのだ。


「あれれ、大瑚ビビってる? 私に勝つ自信ないの?」

「そういうことじゃなくて、爪牙闘技がバレたら禁錮3年。そんで怪我させたら10年。重症追わせたら最悪の場合終身刑。人殺したら必ず死刑。いつも言ってるだろ」

「でもここは?」

「深波の家」

「最新の防爪牙だって?」

「ここにはある……」

「だからバレない」

「あーくそ」


 本当は大瑚もしたいのだ。爪牙闘技ほど面白い遊びはこの世にない。この豪邸の地下には鈴木家の趣味で闘技場が設置されている。それに最新の防爪牙(ファングネイルから身を守るためのスーツ)だってある。島の警備員や監視員がいざという時のために身に着けているものらしい。この闘技場の存在は鈴木家と潤と大瑚だけの秘密なのだ。


「僕は構わないけれど、口外はしないでね」 


 深波はいつでも爽やかに笑う。

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