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絶島H  作者: 速川ラン
第一章 一変した世界
1/5

1/D


「あ、あ、ごめんなさい」


 大瑚が教室に入ろうすると同じタイミングで入口に立ったゾーオンに謝られた。別に同級生だから謝らなくて良いと思うが、謝られなかったらそれはそれで大瑚はムカっとくるのだろう。眼鏡をかけた猫背のゾーオンは更に背中を曲げてお辞儀をした。それから恐る恐る大瑚を見上げる。ただでさえハイマなのに体格が良いので相手をよくビビらせてしまう。


 「うっわ」


 その時、校庭側の窓際でクラスメイトたちの漏らす声を聞き、大瑚もそこへ合流した。見ると、島がハイマの生徒専用に新調したボルダリング用コンクリート壁が30メートルの高さで大地に突き刺さっている。古いものより10メートルも高い。

 早速、一人の女子が壁の前に立ち、蹴り登って一回転した。白のキャップ帽と風に揺れる短髪にまな板のような華奢な体。無地のティーシャツにデニムの短パンを履いた十七歳の女はまるで少年である。彼女はそれから凹凸に手をかけ足をかけ、ぐんぐん上へ登っていく。頂上に着くと片手でぶら下がり、校舎の方を振り返った。


「朝からやるねぇ。さすが運動神経最強女」


 横で友達が呟き、大瑚は急に恥ずかしくなる。

 ……潤だ。彼女はまたひとりで目立つようなことをしている。

 昨夜建ったばかりでまだ使用許可はおりていない。誰もまだ触れていない新品の壁へ登っていくということは全校生徒の注目の的になるということだ。彼女はそれを理解しているのだろうか。理解していて、わざと目立ちたくて、好き勝手しているのだろうか。恥ずかしいとは思わないのか。見ているこっちが恥ずかしい。幼馴染の大瑚は勝手に自分が悪いことをしている気分になる。周囲より目立つということは大瑚にとって悪なのだ。彼女は三十メートル上空でパッと手を離すと、ゆっくりと一回転、二回転、三回転して運動場に着地した。満足げに腕を回しながら鞄を拾って登校してくる。


「一限体育だよな? どっちみち校庭集合だし俺らも行こうや」


 友達に促され、ボルダリング壁を登る大瑚は気持ちよく頂上に着く。潤はここから三回転していた。そう思うと超えたくて、友達に紛れて五回転すると目が回った。


_ねえ、さっきの体育、流華の胸ばっか見てたでしょ?


 左斜め後ろの席を見るとニヤッとした潤と目が合う。


_ねえ、放課後ひま?


 無視しているのに彼女は構わず話しかけてくる。


_授業中のピーキングは校則違反だ。

_今度はバレないって、ほら、外眺めながら話しかけてるし。誰も気づかないって。


 「第一次世界大戦は何年から始まった? じゃあ山田」


 世界史の教師の目を盗み、再び潤を見ると確かに校庭の方へ顔を背けている。


「えっと、え、1920年?」


「1914年です」


 あ、そっかと教師に訂正された流華が最前列ではにかんでいるのが後ろ姿でも分かる。


_放課後は流華とデート

_ふーん、じゃあ一人で行こうっと

_また灰海街か?

_そうだよ

_この前行ったばかりだろ

_だから何よ、一人で行くって


 わざわざ灰海街に行って潮臭くなりたくない。それに今朝、灰海街には行かないように。ゾーオンが移るわ。と母にまるで風邪でも移るかのように言われてしまった。

 島の人口はわずか5千人。4千人の〈ハイマ〉と、1千人の〈ゾーオン〉が住むハイマ島は周囲が断崖に囲まれ、島のほとんどが緑に覆われている。人々はハイマ港を中心に発展したハイマ町に生活の拠点を置いた。その中にゾーオンがひしめくエリア、非ハイマ集合区域(別称:灰海街)がある。

 灰海街は船を使わず養殖漁に励むゾーオンたちが身を寄せ合う港町である。ゾーオンは貧困な者が多く、学校に通えない子どたちも多数存在していた。不衛生な環境に魚や肉、果物を売る市場や屋台がひしめき合う状況であった。灰海は海流により少しは洗練されているもののゴミは多く、特別綺麗ではない。

 大瑚には歳の離れた姉がいるが、未だに独身で男をつくらないことに母は焦っていた。大瑚は素直で真面目だからお母さん安心よ。それに比べて……と、よく姉の愚痴を聞かされる。高齢の両親は早く孫が見たいらしい。近所に色々聞かれるのがうんざりなんだろう。とにかく、大瑚は親を悲しませるようなことは何だってしたくないと日頃から思っている。


_今日は辞めとけ

_無理不可能


 潤は友達が少ない。昔から同種のハイマよりゾーオンたちと遊びたがる。昔、一人で灰海街へ行こうとする潤に大瑚が心配で付き添うようになってからは一緒に行くのが暗黙の了解となっていた。いくらハイマとゾーオンが共生する社会でも変わり者の潤を他種のスラム街へ一人で行かせるわけにはいかない。大瑚はいつも灰海街へ向かう途中、親に見つかりませんように、友達と会いませんように、と願いながら花々に溢れたハイマ町を海の方へと駆け下りて行った。


_わかった。じゃあ、明日なら

_わかった! 良いこと思いついた。今日彼女も連れてきなよ!

_行かせる訳ないだろ

_流華、案外興味ありそう

_ある訳ないだろ、あんな臭いところ


「田中」

「はい」


 大瑚は反射的に返事をし、こっちを睨む教師と目が合う。


「誰と話してる?」

「え」

「授業中のピーキングは校則違反。前も注意したばかりじゃないか」

「すみません」


 クラスメイトの前でまた恥をかいた。最悪だ。


「田中とピーキングした奴、名乗り出なさい」


 潤はそうっと片手をあげた。


「やっぱりお前か鈴木」

「はい、私が話しかけました」

「またか。二人とも今すぐ北東監視所へ認印をもらいに行きなさい」

「北東監視所って結構遠いですよね先生」


 潤は口を尖らせて言った。


「ああそうだ」

「ファングネイルを出したわけじゃないし厳しすぎませんか?」


 よくもまあ、教師に口答えができるものだ。


「遠くても行け。1時間以内に帰ってくること」

「さっき体育で結構走りました。疲れてます。これじゃ罰ゲームです」

「罰を与えているんだ」

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