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世界を平和にする方法

作者: 憚 岩三


「私の夢は世界平和です。


 どうすれば世界は平和になるのでしょうか。


 ずっと考えてきました。


 今から私が考えたことを発表します。



 世界が平和になる方法。



 結論から言います。


 地球に生きる人間たち。


 全員が。


 同時に笑う。


 その瞬間は、世界平和と呼べる。


 そう結論しました。


 全人類が同時に笑う。


 それが私が考えた、世界を平和にする方法です。



 簡単ではありません。


 実現したことはありません。


 とてもたくさんの困難があります。


 でも、不可能ではありません。



 世界平和は地球人全員が目指すべきことだと考えます。


 全人類の協力がなければ実現しません。



 世界平和を実現するためには、いくつかすべきことがあります。



 一つ目は世論の確認。


 同じ目的を目指せる人間がどれくらいいるか、知る必要があります。


 世界平和を望む者がどれくらいいるか。


 世界平和を望まない者がどれくらいいいるか。


 世論を知ることから始まります。


 仲間はどれくらいいるのか。


 敵はどれくらいいるのか。


 私は無関心も敵だと考えています。


 私は、人類は世界平和を目指すべきと考えています。


 あなたはどう考えますか?



 次は情報の共有です。


 世界を平和にする方法。


 人類は世界平和を目指すべきか。


 世界平和を目指すべきではないと考える者がどれくらいいるのか。


 地球に生きる人間全員が知るべきことです。


 人間全員に共有したい情報です。



 最後に情報の拡散です。


 情報を共有するために必要なことです。


 もしあなたが世界平和を望むならお願いがあります。


 この情報を拡散してください。


 もしあなたに多くのファンがいるならお願いがあります。


 この情報を拡散してください。


 私の言葉でなくてもかまいません。


 あなたの言葉で伝えてください。


 あなたの表現方法で拡散してください。


 あなたが世界平和を望んでいないなら、何もする必要はありません。



 もし、あなたが国のリーダーなら答えてください。


 もし、あなたが国民を代表する立場なら答えてください。


 もし、あなたがマスメディアの記者なら答えてください。


 もし、あなたが文化や文明、知識や技術の恩恵を受けて生きる社会人なら答えてください。


 あなたが回答すれば、情報は拡散されます。


 私は、人類は世界平和を目指すべきと考えています。


 あなたはどう考えますか?


 それとも、無視しますか?



 考えてみてください。


 歴史上、世界平和は一度も達成されていません。


 世界平和は歴史的な快挙です。


 誰も経験したことのない瞬間です。


 なぜ誰も世界に平和をもたらさないのでしょうか?


 歴史に名を残しませんか?


 他の誰もが無し得なかったことを達成した人物になるチャンスです。


 興味深いと思いませんか?



 実は一つ条件があります。


 世界の平和は人間の力だけで成し遂げなければなりません。


 信仰に頼らないでください。


 私たちは人間です


 人間の世界平和は、人間のものです。


 私は信仰を否定しません。


 信仰は偉大です。


 ですが、いつまでも頼っていられません。


 いつまでも未熟でいいのでしょうか?


 祈ることだけでいいのでしょうか?


 人間は成長するべきだと思います。


 世界平和が実現すれば、人類は成長するはずです。


 人類の成長は、あなたの信仰に反する考えですか?



 人類は、いつまで悲しみの歴史を繰り返すのでしょうか。


 世界平和を望むなら、人類全員が無関係ではありません。


 全員で考え、実行する必要があります。


 私が考えた方法は選択肢の一つですが絶対ではありません。


 ですが、今夜、あなたが眠る前に、この話を思い出して笑ってくれたら嬉しい。



 私は、人類は世界平和を目指すべきと考えています。


 あなたも一緒に考えてみませんか?」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「終わりですか?」


「・・・終わりです」


「・・・」


彼女が言うことをすべて聞いてから、依頼を受けるかどうかを決める。


そういう話だった。



さて、どうしたものか。


私は彼女に回答する前に、これまでのやり取りを思い出すことにした。




「はじめまして、ジャック佐藤です。この度は、私が提供する電話サービスをご購入いただきありがとうございます」


「はじめまして、エヌです。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします。最初に一つ、質問させてもらってもよろしいですか?」


「はい、なんでしょうか」


「電話サービスを提供するユーザーは、私以外にも、たくさんいらっしゃいます。よろしければ、なぜ私を選んでいただいたのか、教えてもらえないでしょうか」


「・・・それは、プロフィールを拝見して、私の依頼にあっていると感じたからです」


「私の、プロフィール、ですか」


「はい、書かれている内容と、後は・・・直感です」


「・・・直感、ですか」


「・・・はい」


「・・・」


「・・・」


「ありがとうございます、選んでいただいて光栄です。・・・改めて、よろしくお願いします」


「はい!・・・じゃあ、さっそくですが、依頼についてお話しさせてもらっていいですか?」


「もちろん、どうぞ」


「ありがとうございます。ジャックさんは、パソコンとかネットは得意ですか?」


「得意というほどではありませんが、基本的な操作なら説明文を読めば問題なく実行できると思っています」


「たとえば、私が言ったことを文章にして、ネット上に残すのって難しいですか?」


「文字起こしをして、テキストをブログなどのウェブサイトにアップロード、なら割と簡単にできますよ」


「よかった!じゃあ、私が言ったことを題材にして、物語を作ってもらうことはできますか?」


「創作ですか。納得してもらえるかどうかが別であれば可能ですが、それでは話にならないですよね」


「うーん。ありがとうございます。じゃあ、いったん、そのままで大丈夫です」


「創作せずに、エヌさんの発言をそのままテキスト化して、ネット上にアップロードすれば大丈夫、ということですか?」


「はい。それをお願いしたいんです」


「なるほど。まったく問題ありませんね」


「よかった!」


「ちなみに、すでに音源化されているのですか?」


「いえ、ジャックさんが問題なければ、これから口頭でお話しさせてもらいたいです」


「なるほど、では、録音させてもらってもよろしいでしょうか?」


「もちろんです、私も録音するつもりでしたので、万が一ジャックさんが録音できなかった場合は私が音声を提供します」


「お心遣いありがとうございます。ちなみに、どれくらいの時間、お話しされる予定ですか?」


「一度、試しに台本を読んだときは5分くらいでした。依頼についての確認などを含めても1時間かからないと思います」


「ご存知かもしれませんが、私との会話には1分間100円のサービス料金が発生しています」


「はい、もちろん存じてますよ。仮に1時間、会話をしても6000円。想定内ですのでご安心ください」


「そう仰っていただけるとありがたいです」


「でも、その6000円て、そのままジャックさんの収入になるんですか?手数料とかは」


「えぇ。手数料が引かれるので、実際に得ることができる額は4000円ほどです」


「え、半分以下じゃないですか。っていうか、喋っても大丈夫な内容でしたか?」


「大丈夫だと思いますよ、ネット上にも掲載されていて、誰でも見ることができる情報ですから」


「検索したら出てきます?ジャック佐藤って」


「私の名前で検索しても、私の紹介ページか、同じ名前の違うユーザーさんのアカウントがヒットするだけですよ」


「あ、そうなんですか」


「サービス提供サイト名と併せて、出品者の売上金と通話料について、と検索すると情報が見つかるかもしれません」


「後で検索してみますね!」


「気になるのであればどうぞ」


「あと、サービス料金とは別に、依頼に対する報酬をお支払いしたいと思っています」


「報酬ですか」


「はい、私にできる限りの金額になっちゃうんですが・・・」


「文字起こしなら、先ほどの通話料金と大差ない額が一般的な相場ですよ。文字数にもよりますが」


「文字数は、5分程度の話ですので、それほど多くないと思います」


「承知しました。ちなみに、どういった内容を、お話しされる予定ですか?」


「それは・・・」


「言いにくい内容なのでしょうか?」


「・・・私としては、依頼を受けることになった場合、ジャックさんに少なからずリスクが伴う内容と考えています」


「ほほう」


「ですから、ジャックさんが依頼を受けるかどうかは、私の話を聞いてもらってからにしてもらいたいんです」


「なるほど。ですが、非合法な話なのであれば、お断りさせてもらうことになりますよ?」


「これから私が話す内容が非合法なのであれば、そんな世界で生きたいと思いません」


「それはそれは。興味深いですね」


「どういったリスクなのかは、後で説明させてもらった方がわかりやすいと思います」


「承知しました。まず、お話しを伺いましょう」


「報酬の額についても、そのうえでお話しさせてもらいたいです」


「まぁまぁ、お金の話は後にしましょう」


「でも、大事な話だと思うので・・・」


「たしかに、仕事においてお金の話より重要なことはあまりありませんが、正直なところ内容次第でもありますから」


「そう仰っていただけるのであれば・・・ありがとうございます」


「いえいえ。では、準備がよければ、はじめてください」


「わかりました。長くなりますが、一方的にお話しさせてもらっていいですか?」


「えぇ。質問は、お話しが終わってからにしますよ」


「ありがとうございます。今から、私が考えた、世界を平和にする方法をお話しします」




その話が、先ほど終わった。


ゆっくりと、しっかりとした口調だった。


依頼を受けるかどうか。


悩むまでもなく、決まっていた。


「わかりました、さっそく作業に入りますね」


「え、じゃあ」


「はい、契約成立です。エヌさんからの依頼、受けさせていただきます」


「やった!・・・ありがとうございます!」


「あぁ、ただ、そうですね」


「・・・はい」


「報酬についてです」


「はい、私としては」


「不要です」


「・・・え、そんな、だって」


「今のお話を伺って、報酬を受け取ることはできませんよ」


「でも・・・」


「むしろ、ぜひとも協力させてください」


「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、作業してもらう手間がありますし・・・」


「なら、成果報酬にしましょう」


「成果報酬、ですか?」


「えぇ。要は、一定の成果に対して報酬を支払う、という仕組みです」


「一定の成果、ですか」


「私としても何もしないで報酬を受け取るのは抵抗があります」


「そうなんですね・・・じゃあ、成果報酬ということでも大丈夫ですが・・・」


「では、契約成立ですね」


「でも、まだ金額や具体的な内容も決めてないですし、契約書も作ってませんし・・・」


「お金の話はやめましょうよ。何より、今もこうして通話している時間分のサービス提供料が発生しています」


「それは、ちゃんと理解したうえで電話してるので気にしなくても平気ですけど・・・」


「はい。ですから、通話した分のサービス料だけお支払いしていただければかまいません」


「でも・・・」


「後から法外な金額を請求するということはありませんから安心してください」


「それは信じてますが・・・」


「不安であれば、何かあった場合は、この音声を証拠として提出すればいいでしょう。録音は?」


「はい、ちゃんと録音しています・・・」


「私はエヌさんからの依頼を受けますが、報酬は成果報酬であり、金額は・・・そうですね、やること自体はただの文字起こしですので、相場に従い1文字1円としましょう。これでいいですね?」


「でも、それだとジャックさんが損をしませんか?それに・・・」


「それに・・・先ほどのお話では、リスクが伴うということでしたよね?」


「はい・・・」


「ひとまず、報酬の話は後で大丈夫ですから、エヌさんが仰る、そのリスクについて教えてください」


「・・・わかりました」


「よろしくお願いします」


「今回、私が伝えた内容『世界を平和にする方法』を文章化してネット上に残す、という依頼に伴うリスクについて、です」


「はい」


「過去の事件を振り返ると、世界平和を実現しようとする者は命を狙われる傾向にあると認識しています」


「ふむ」


「私が知っているのは、いわゆる著名人に限った話ですが、世間に名を知られていない方も例外ではないと考えています」


「なるほど、たしかに何名か、平和に繋がる活動をしていて、唐突に命を奪われた著名人の顔と名前が思い浮かびますね」


「・・・証拠があるわけではないので、あくまで憶測になりますが、世界平和を願う行動には、命を狙われるリスクが伴う、というのが私の考えです」


「事実に基づく憶測であれば、信ぴょう性がゼロとは言い切れませんね」


「はい」


「となると、エヌさんの言葉をネット上に掲載すると、私が命を狙われる可能性が高くなる、ということですね」


「そうならないために、あくまで立案者は私であると明示してほしいんです」


「責任は、自身にあると」


「はい。あくまで、別の人間から依頼されただけだと。それと、身の危険を感じるような事象が起きた場合は、情報をすべて非公開にしていただいてもかまいません」


「そうすれば責任の所在をうやむやにすることができるかもしれませんね」


「・・・はい」


「ただ、現時点での不確定要素が一つあります」


「・・・はい」


「平和を願う活動をした人物の命を狙う存在というのは、誰なんでしょうか?」


「・・・わかりません」


「特定の組織なのか、あるいはいち個人なのか。まぁ、過去におきた暗殺事件における犯人はすべて別人ですから、後者ではなさそうですが」


「可能性があるのは、特定の意識を共有している人たちだと思っています」


「ふむ」


「簡単に言うと、世界が平和になると都合が悪い人たち、です」


「一理ありますね」


「それと、世界を征服しようとしている人たち、もです」


「話が大きくなってきましたね。もっとも、大きなテーマを取り扱ってるのでやむをえませんが」


「全部憶測です。妄想って言われてもしょうがないと思っています」


「まぁ、会ったことも話したこともない人たちのことですからね。可能性があるなら考える余地もありますよ」


「そう言ってもらえると助かります」


「ただ・・・」


「・・・」


「もし、仮に、そういった人たちが立ちふさがるというのであれば、どうしようもない気がしますね」


「・・・」


「おそらく、そういった人たちは、手段をえらばないでしょう」


「・・・」


「自身の欲望を満たすためなら、倫理観や道徳観を無視し、文字通り何でもするタイプですね」


「・・・はい。だからこそ、暗殺などという卑怯卑劣極まりない非人道的な手段を用いるんだと思います」


「もしあるなら、地獄に落ちてほしいものです」


「そうですね」


「・・・」


「・・・」


「大丈夫ですよ」


「え」


「残念ながら、そういった人たちは、現実に存在します。命を奪わないまでも、社会に身を置きながら、自分のことしか考えられない人間というのは、いくらでもいます」


「・・・そう、なんですかね」


「えぇ。私自身、ひと様のことは言えません。偉そうなことを言っておきながら、欲求に従い身勝手な行為に走ることもありましたし、これからもあるでしょう」


「私も・・・そうだと思います」


「ですから、ひとまず、大丈夫、というか、気にしないでおきましょう」


「?」


「殺されるときは殺されますし、何か抵抗できる手段があるなら全力を尽くす、私はそれでかまいませんよ」


「そんな・・・でも」


「生きている以上、少なからず危険、リスクは伴います。ですが、そのことを気にして何もしないのは、もったいない」


「そう、でしょうか・・・」


「それに、仮に、そういった人たちから、命を狙われるような事態になったとしましょう」


「・・・はい」


「そのときというのはつまり、すでに、世界中に情報、つまりエヌさんの考えが拡散されている、という状況だと考えられます」


「・・・そう、ですね」


「情報の発信者の存在が邪魔だからこそ、命を狙うわけですからね」


「・・・はい。なので今回の話を、小説でも漫画でもいいので、物語として、フィクションとして発信してほしいんです」


「なるほど、あくまでエヌさんも私も空想上の人物というわけですね」


「そうです。・・・ただ、ウェブサイトを利用する性質上、身バレする可能性も考えられます」


「パスワードやIDなどのアカウント情報の自己管理を徹底することで危険性を低くすることはできますが、そもそものウェブサイトから情報流出、漏洩があった場合は注意のしようがありませんね」


「はい。なので、各ウェブサイトに登録するときの情報はすべて架空のものにしてください」


「たしかに、そうすることで情報流出時の懸念はかなり晴れますね。ただ、IPアドレスなどのアクセス記録を読み解いて、位置情報や個人情報を盗まれる可能性も考えられますね」


「あ・・・そうなんですね」


「ふふふ。ただ、まぁ、そこまでできる人たちが、そこまでするということは、その人たちにとって、よほど都合が悪い状況になっているということなんでしょうね、きっと」


「そうだと思います、たぶん・・・」


「それはそれで、仕掛けが上手くいったということですから、ひとまずよしとしましょう。あくまで憶測の話ですし、やはり、やってみなければわかりませんよ」


「そう、ですね・・・」


「それに、リスクを考えるのも大切ですが、その前に考えるべき懸念があると思います」


「懸念、ですか?」


「えぇ」


「それは、なんでしょうか」


「この後、電話を切ってから、私は、エヌさんの言葉を、可能な限り物語のような文章にして、ネット上にて公開します」


「はい」


「率直に言って、拡散されると思いますか?」


「・・・」


「もちろん、私の書き方や表現方法も関係してくる話なので、下書きを読んでもらって、エヌさんからOKをもらったうえで情報として発信しますが」


「・・・正直、難しいと思っています」


「・・・そうですか」


「ごめんなさい、ジャックさんのことを悪く言うつもりはないんです」


「えぇ、わかっていますよ。そういう話ではなく、ですね」


「・・・はい。そもそもの話、ですね」


「・・・えぇ」


「世界が平和になる方法があると情報を発信して、どれくらいの人が反応してくれるかわかりません」


「はい。私もそう思います」


「・・・どうして、そうお思いになったんですか?」


「うーん、なんでしょうね。日常のできごとや、社会の動きを見ていると、たぶん、世界平和を願う人がいても、それどころではない、というのが現実なのかな、と」


「それどころではない、ですか・・・。その通りだと思います」


「どうやら、私とエヌさんは、同じように考えているみたいですね」


「・・・はい。ジャックさんのプロフィールに書いてあったことを読んで、そんな期待はしていました」


「そうでしたか・・・」


「ここでいったん話を整理しましょうか」


「・・・お願いします」


「まず、エヌさんは世界が平和になる方法を考えた、その考えを文章化してネット上に公開するように私に依頼をした、エヌさんはその依頼には命を狙われるリスクが伴うと考えてる、命を狙われるような事態になるということは世界中にエヌさんの考えが情報として拡散、共有された状態だと考えられる、ただし、そもそもの話として、世界平和を世の中に訴えたところで世の中がただちに反応するとも思っていない。というところでしょうか?」


「・・・そう、ですね。私は、世の中の人の多くは、世界平和に興味がないんだと思っています」


「左様でしたか。であれば、一つ伺いたいのですが」


「はい・・・どうぞ」


「少し厳しいことを言うかもしれません」


「はい、大丈夫です」


「エヌさんは、ご自身の声、ご自身の言葉で、ご自身の考えを世の中に発信しようとはお考えにならなかったのですか?」


「・・・それは」


「リスクを懸念されてることはわかりますが、今回の内容は、ご自身によって発信されてこそ、拡散されるような気がします。もちろん、文字通り、命懸けの情報発信となる可能性もあるとお考えですので、強要するわけではありませんが」


「・・・実は、これまでも何度か、似たようなことを、友人やクラスメイト、知り合う人たちに、私の考えを話したことがあります」


「・・・左様でしたか」


「ほとんどの人たちが、何を言ってるの、そんなの無理よと言って、話を聞いてくれませんでした。話を聞いてくれた人たちも、難しくてよくわからない、今は自分たちのことを頑張ろうよって、それで話は終わってしまいました」


「・・・そうだったんですね」


「最初は、みんな間違ってるって思っていたんですけど、でも、みんなそれぞれの考えだから、否定しちゃいけないって思って、それからずっと、一人だけで考えるようにしたんです」


「・・・はい」


「平和じゃないことが当たり前、平和を願うのは異端、平和が実現するのは不可能。世界には、そのような風潮があると私は感じています」


「たしかに、それが世界の常識かもしれませんね」


「はい。・・・世界平和を実現するためには、まずその風潮、常識を変える必要があると思っています」


「そうかもしれませんね」


「そのために、まずは考えたことを情報として公開、発信しようと思いました」


「なるほど」


「とは言え、リスクが伴うと考えているのも事実です」


「えぇ」


「たしかに、ジャックさんが仰る通り、命懸けの情報発信となるかもしれません」


「はい」


「私は、私が行動した結果、世界が平和に近付くのであれば、かまわないとも思っています」


「・・・左様ですか」


「人はいつか必ず死にますし、そうでなくても、現代社会でも命は無慈悲に奪われることがあります」


「・・・その通りですね」


「ならば、行動しないのは、後悔に繋がります」


「はい」


「とは言え、投げやりにならず、防げるリスクがあるなら、事前に対策できることがあるなら、考えられる限り実行したいとも思っています」


「もちろん、そうすべきですね」


「はい。そのためにも、できることは、まだあると思っています」


「教えてください」


「今回、私の発言を文章化して、ネット上に残してもらうように依頼をさせてもらいます」


「えぇ」


「ですが、最後のアップロードの作業は、私が、私の家から、実行したいと思っています」


「左様にお考えでしたか」


「はい」


「ありがとうございます、エヌさんの気持ちはよくわかりました」


「・・・ありがとうございます」


「ただ、ご自身の言葉で情報を発信しないことについて、もう一つ気になることがあります」


「・・・なんでしょうか」


「もし、すべてがうまくいき、人類の未来が、世界平和に近付いたとしましょう」


「・・・はい」


「そのとき、提案者であるエヌさんは、それ相応に賞賛されるべきであると考えます」


「・・・」


「先ほど仰られていた通り、世界平和は人類未踏の快挙です。それを成し遂げた者として、歴史に名を残し、後世に語り継がれるべき人物に成り得ると考えられますが、いかがでしょうか」


「・・・どうでしょうね、わかりません」


「人類の有史以来、歴史上、もっとも偉大な存在として、世界中の人間から敬われても、不思議ではありません」


「はぁ・・・そう、なんですかね」


「・・・あまり、興味ありませんか?」


「・・・はい。別に・・・。男の人だと、そう思うんでしょうか」


「手柄を独り占めしたいタイプの人ならば、世界を征服することと同義と捉えるかもしれません」


「あはは・・・。そういうのは、ないです」


「なるほど」


「っていうか、自分だけの手柄みたいには思わないです。もし、世界平和が実現したら、世界平和を願う人たち全員が協力してくれたからこその結果だと思います」


「たしかに」


「ですから、賞賛されたり、手柄を手にする人がいるなら、情報の共有や拡散に貢献してくれた人たちが相応しいと思います」


「・・・左様ですか」


「はい。もし、すべてが上手くいって、世界が平和に近付いて、発案者に手柄を渡すような動きになっても、私はすべて拒みます。地位も名誉も、富も名声も、いりません」


「・・・はい」


「私は、ただ、世界が平和になった瞬間に、立ち会ってみたいんです」


「・・・左様ですか」


「だって、せっかく生きているのに、諦めたくないじゃないですか」


「ごもっともです」


「・・・」


「エヌさん」


「はい」


「エヌさんの考え、気持ち、そして覚悟。理解しました」


「・・・」


「私に依頼していただき、ありがとうございます」


「・・・」


「すべて、承知しました。改めて、依頼を承りたいと存じます」


「・・・本当に」


「もう二言は、いりません。すべて、承知したと、お伝えしました」


「・・・ありがとうございます」


「さっそく、文章化を進めます。できあがった文章はテキストファイルにして、メッセージ機能で送付しますね」


「メッセージって、あのチャットみたいなのですか?」


「そうです」


「わかりました!」


「アップロードについては、IDやパスワードのこともありますし、後ほど擦り合わせましょう」


「よろしくお願いします!」


「お任せください。今回のやり取りを、文章化して、複数の小説投稿サイトなどにアップロードしますね」


「はい!」


「問題なければ通話はこれくらいにして、作業に入ろうと思いますが、いかがでしょうか?」


「大丈夫です。あ、私にできることがあるなら、やりたいとも思っています」


「なにかお考えが?」


「はい、他にも考えていることがあって、私もジャックさんみたいに匿名で活動したいと思っています」


「いいですね」


「匿名で活動して、有名になって、そしてアップロードされた物語を拡散しようと思っています」


「理にかなっていますね」


「もしご迷惑じゃなければ、ジャックさんのお仕事も紹介してもかまいませんか?」


「その点はエヌさんのご判断にお任せしますよ」


「わかりました!」


「他に何かご質問は?」


「ありません!何かあれば、また電話させてもらいます!」


「承知しました。それでは、このたびはジャック佐藤の電話サービスをご利用いただき、ありがとうございました」


「こちらこそ、お話しを聞いていただいて嬉しかったです!ありがとうございました!」


「それでは、失礼します」




生きていれば、こういうこともあるか。


通話が切れた状態を示す内容が表示されているスマートフォンの画面を見ながら、しみじみと感じた。


さて。


浸っている場合ではない。


さっそく、作業をはじめようか。


電話サービスの受付も、いったんストップしておこう。


アプリを操作し、出品中の電話サービスを受付できないように設定変更した。


通話履歴から、会話の内容が録音されるか確認する。


再生。


問題なく音声が残っていた。


慌ててもしかたないので、一服しよう。


お湯を沸かし、コーヒーを淹れた。


インスタントコーヒーだ。


何も入れない。


カフェインを接種できれば、それでいい。


コーヒーを飲みながら、再生されたままの音声に耳を傾ける。


ひとまず、改めて会話を聞いて、考えを整理することにした。


何から書きはじめようか。


そうだ。


重要なことから書こう。


そう思いながら、私はメモ帳を開き、タイピングをはじめた。




 この物語は創作です

 登場する人物は実在しません





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