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未来都市X  作者: 館凪 悠
3/4

3.


 僕は彼女の家から真っ直ぐに家に帰り、そして寝室に置いてあった電子銃を忍ばせて家を出た。

 自宅を出たのが、八時三〇頃だった。


 今の時刻は夜一〇時。


 空にこそ夜の暗さが広がっているが、その宵闇は地上までは降りては来られない。

 眠らない未来都市は、日付を跨ごうともその光を消すことはないのだ。夜の闇がこの世界を支配するには、きっとこの光すべてを消し去るほかないのだろう。

 柄にもない思考に、やはり僕は頭がおかしくなったのだろうと自嘲する。


 僕は、王の城に来ていた。

 自分でも、何をしているのかはわからない。

 ただ、理不尽と圧政を敷くのが王だというのならば、きっとそれは間違っている。

 そもそも、王の勤めが何であるのかがわからない。政治なんてしなくても、システムが回れば問題はない。問題が発生したとしても、その対応に追われるのは各担当部署だ。

 思うに、僕たちは王様の子飼いの羊なのではないだろうか。

 反感を持たれず、王様が楽して暮らせるための社会の歯車。

 だから、抗議をしたりするだけで、反意ありと処分されてしまう。

 もしそうだとすると、彼女も危ないかもしれない。彼女がこの件に、おかしいと声を上げれば、待っているのは──。


 僕は意を決して、宮殿の敷地内に足を踏み入れた。


 ──拍子抜けだった。


 一歩でも足を踏み入れれば、迎撃システムが作動するかとも思ったが、そんなことはなかった。

 城の衛兵たちも勤めは終わっているからか、城の警備を行っているのはロボットだけだ。

 そのロボットたちも、僕に対して敵意を向けてくることはない。

 あまつさえ、


「コンバンハ、ヤカン オソクノ カツドウハ、ヒカエマショウ」


「コンバンハ、コンヤハ ツキガ キレイデスネ」


「コンバンハ、オシズカニ オネガイ シマス」


 なんて。銃を隠した侵入者に対して、挨拶までしてくる始末。

 警備ロボットが、聞いてあきれる。


 僕は真っ直ぐに、廊下を突っ切る。

 建物の構造はよくわからないから、とりあえず王様を見つけるまでしらみつぶしに探すしかない。

 厳つい両開きの扉を開くと、そこは大広間だった。

 ステンドグラスに描かれた模様が煌々と光り、一種の幻想さを醸し出す。


 きぃ──


 大広間に、車輪のきしむ音。


「よう来た……」


 ぼそぼそと、呟くような声がした。

 そこには、車いすに座った、老いた男がいた。

 鼻や、腕や、あちこちから伸びた管が、車いすの後ろをついて歩くロボットにつながっている。


「すまん、な。どうも、しゃべりづらい、でな。して、いかようじゃ」


 王様に会いに来た。 

 僕はそれだけを告げた。

 ほっほ、と老いた男はにんまりと笑みを浮かべた。


「わし、じゃ。わしが、王じゃよ」


 それを聞いて、僕はすぐに銃を取り出してその額に向けた。

 それでも、王を名乗った老人は、その穏やかな表情を変えることはなかった。


 おぅ──。


 それどころか、目を細めている。まるで、嬉しそうに。笑うように。

 僕の中で、再びどす黒い怒りがわいてきた。


「して、何用、じゃ。用もなく、そんな、ことをする、わけでは、あるまいて」


 僕は、弾かれたように喋った。洗いざらい、この怒りと、その原因と、理由を。

 話せば話すだけ、その怒りはより熱を持つようで、脳内回路は熱暴走を起こし、何度話しながら老人を撃ち殺そうとしたかわからない。

 気が付けば老人は、そうか、そうかと相槌を打ちながら僕の訴えを聞いていた。

 穏やかな表情は、変わらない。


 僕はついに、撃った。


 バリン! 


 熱線が放たれる音と、ガラスが割れる音は同時だった。

 さすがに驚いたようで、老人がビクリと肩を震わせた。

 いいかげんにしろ、と僕は怒鳴った。お前のせいで、どれだけ人が苦しんでいると思っている! 


「仕方が、ないの、じゃよ、息子、よ」


 息子? 誰が? 息子だと? 

 僕の父親と母親は、実家で元気に暮らしている。決してこんなよぼよぼの、得体のしれない老人なんかじゃない。

 僕の混乱をどうとらえたのか、老人は語り始めた。


「もう、技師は、わししか、おらんでのう。みな、死んで、もうた。もう、早いか、遅いかの、違いじゃ」


 技師? 死んだ? 

 僕の混乱は加速する。焼き切れた脳内回路では、情報の整理がつかない。


「ほっほ。わしの──、王の名を、知って、おるか。どいつ語で、こうのとり、という、意味じゃ。どいつは……知らん、じゃろうな。もう、幾年になる、かのう」


 老人は続ける。僕に語り掛けているのか、それともただの独り言か。


「死病が、流行っての。人工、知能で、なんとか、できぬか、試したが、無駄じゃった。わし以外、死んで、もうた」


 ただ、僕は黙って聞くことしかできなかった。


「希望は、ないかと、生き、永らえたが、もう、飽いた。もう、疲れた。のう、息子よ、おぬし、この、都市の、外を、知っている、か?」


 僕はただ、黙って聞くことしかできない。

 老人は、乾いた笑い声をあげ、そしてせき込んだ。


「──今まで、声を、上げる者は、おれど、行動に、出る者は、おらんだ。もう、潮時、じゃろう。遅いか、早いか、じゃ」


 老人はそう言って、枯れた腕を振るわせながらゆっくりと持ち上げ、自らの額を指さした。


「撃つなら、撃て。外すな、よ」


 僕には、どうすればいいかわからなかった。

 ただ、怒りとか、悲しみとか、混乱とか。様々な情報と感情が、自分の中を錯綜していた。

 そして、その答えを出せぬままに、大広間に銃声が鳴り響いた。

最終話は明日8時頃投稿予定です

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