3.
僕は彼女の家から真っ直ぐに家に帰り、そして寝室に置いてあった電子銃を忍ばせて家を出た。
自宅を出たのが、八時三〇頃だった。
今の時刻は夜一〇時。
空にこそ夜の暗さが広がっているが、その宵闇は地上までは降りては来られない。
眠らない未来都市は、日付を跨ごうともその光を消すことはないのだ。夜の闇がこの世界を支配するには、きっとこの光すべてを消し去るほかないのだろう。
柄にもない思考に、やはり僕は頭がおかしくなったのだろうと自嘲する。
僕は、王の城に来ていた。
自分でも、何をしているのかはわからない。
ただ、理不尽と圧政を敷くのが王だというのならば、きっとそれは間違っている。
そもそも、王の勤めが何であるのかがわからない。政治なんてしなくても、システムが回れば問題はない。問題が発生したとしても、その対応に追われるのは各担当部署だ。
思うに、僕たちは王様の子飼いの羊なのではないだろうか。
反感を持たれず、王様が楽して暮らせるための社会の歯車。
だから、抗議をしたりするだけで、反意ありと処分されてしまう。
もしそうだとすると、彼女も危ないかもしれない。彼女がこの件に、おかしいと声を上げれば、待っているのは──。
僕は意を決して、宮殿の敷地内に足を踏み入れた。
──拍子抜けだった。
一歩でも足を踏み入れれば、迎撃システムが作動するかとも思ったが、そんなことはなかった。
城の衛兵たちも勤めは終わっているからか、城の警備を行っているのはロボットだけだ。
そのロボットたちも、僕に対して敵意を向けてくることはない。
あまつさえ、
「コンバンハ、ヤカン オソクノ カツドウハ、ヒカエマショウ」
「コンバンハ、コンヤハ ツキガ キレイデスネ」
「コンバンハ、オシズカニ オネガイ シマス」
なんて。銃を隠した侵入者に対して、挨拶までしてくる始末。
警備ロボットが、聞いてあきれる。
僕は真っ直ぐに、廊下を突っ切る。
建物の構造はよくわからないから、とりあえず王様を見つけるまでしらみつぶしに探すしかない。
厳つい両開きの扉を開くと、そこは大広間だった。
ステンドグラスに描かれた模様が煌々と光り、一種の幻想さを醸し出す。
きぃ──
大広間に、車輪のきしむ音。
「よう来た……」
ぼそぼそと、呟くような声がした。
そこには、車いすに座った、老いた男がいた。
鼻や、腕や、あちこちから伸びた管が、車いすの後ろをついて歩くロボットにつながっている。
「すまん、な。どうも、しゃべりづらい、でな。して、いかようじゃ」
王様に会いに来た。
僕はそれだけを告げた。
ほっほ、と老いた男はにんまりと笑みを浮かべた。
「わし、じゃ。わしが、王じゃよ」
それを聞いて、僕はすぐに銃を取り出してその額に向けた。
それでも、王を名乗った老人は、その穏やかな表情を変えることはなかった。
おぅ──。
それどころか、目を細めている。まるで、嬉しそうに。笑うように。
僕の中で、再びどす黒い怒りがわいてきた。
「して、何用、じゃ。用もなく、そんな、ことをする、わけでは、あるまいて」
僕は、弾かれたように喋った。洗いざらい、この怒りと、その原因と、理由を。
話せば話すだけ、その怒りはより熱を持つようで、脳内回路は熱暴走を起こし、何度話しながら老人を撃ち殺そうとしたかわからない。
気が付けば老人は、そうか、そうかと相槌を打ちながら僕の訴えを聞いていた。
穏やかな表情は、変わらない。
僕はついに、撃った。
バリン!
熱線が放たれる音と、ガラスが割れる音は同時だった。
さすがに驚いたようで、老人がビクリと肩を震わせた。
いいかげんにしろ、と僕は怒鳴った。お前のせいで、どれだけ人が苦しんでいると思っている!
「仕方が、ないの、じゃよ、息子、よ」
息子? 誰が? 息子だと?
僕の父親と母親は、実家で元気に暮らしている。決してこんなよぼよぼの、得体のしれない老人なんかじゃない。
僕の混乱をどうとらえたのか、老人は語り始めた。
「もう、技師は、わししか、おらんでのう。みな、死んで、もうた。もう、早いか、遅いかの、違いじゃ」
技師? 死んだ?
僕の混乱は加速する。焼き切れた脳内回路では、情報の整理がつかない。
「ほっほ。わしの──、王の名を、知って、おるか。どいつ語で、こうのとり、という、意味じゃ。どいつは……知らん、じゃろうな。もう、幾年になる、かのう」
老人は続ける。僕に語り掛けているのか、それともただの独り言か。
「死病が、流行っての。人工、知能で、なんとか、できぬか、試したが、無駄じゃった。わし以外、死んで、もうた」
ただ、僕は黙って聞くことしかできなかった。
「希望は、ないかと、生き、永らえたが、もう、飽いた。もう、疲れた。のう、息子よ、おぬし、この、都市の、外を、知っている、か?」
僕はただ、黙って聞くことしかできない。
老人は、乾いた笑い声をあげ、そしてせき込んだ。
「──今まで、声を、上げる者は、おれど、行動に、出る者は、おらんだ。もう、潮時、じゃろう。遅いか、早いか、じゃ」
老人はそう言って、枯れた腕を振るわせながらゆっくりと持ち上げ、自らの額を指さした。
「撃つなら、撃て。外すな、よ」
僕には、どうすればいいかわからなかった。
ただ、怒りとか、悲しみとか、混乱とか。様々な情報と感情が、自分の中を錯綜していた。
そして、その答えを出せぬままに、大広間に銃声が鳴り響いた。
最終話は明日8時頃投稿予定です