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未来都市X  作者: 館凪 悠
2/4

2.


 彼女の住むマンションに着いたのは大体七時三〇分頃だった。

 このマンションの二六六号室が、彼女の部屋だった。エレベータの遅さが恨めしい。

 ふと外を見ると、きらきら輝く夜景が見えた。

 この都市の夜景を、百億ドルの夜景なんて例えた文句があったっけ。

 彼女との会話を思い出す。

 彼女は、その例についての話を聞いて、「実際にそれだけお金がかかっているのかもね」と笑っていた。


 確かにきれいではあるけれど、光るだけでは芸術性に欠けるわ。


 彼女はこうも言っていた。僕はこの夜景が結構好きだったので、軽く論争にもなってしまったっけ。

 ポーンという、目的階に到着したことを知らせるチャイムが鳴り、僕は思考回路を現実に切り替え、エレベータから飛び出した。


 彼女の部屋の前。シックな黒いドアの前に立ち、インターホンを鳴らす。

 やや間が開いてから、「入って」という湿った声が聞こえた。


 ドアノブを引き、室内に入る。


 きれいに整頓された部屋の隅で、彼女は小さくうずくまっていた。

 ひどく、沈んだ表情だった。

 僕には、彼女は落ち込んでいるというよりも、思い詰めているというような印象を受けた。


 大丈夫? 

 どうしたの? 


 ──なんて。


 そんなありきたりな言葉をかけてはいけないような、そんな雰囲気を感じた。

 僕はそっと、彼女に触れた。


 冷たい。


 冬の雪に曝された鉄に触れたように、彼女は冷たかった。


「……ごめんね」


 何が、と訊き返しそうになって僕は首を振った。

 いいよ。

 そう言ってから、話してごらんよ、と彼女を促した。


「……たぶん、もう知っていると思うけど、伯父さんが、今日廃棄されちゃったの」


 うん、と僕は頷いた。


「でもね、伯父さん、悪いことはしていないはずなの。ただ、昨日ね、私のお父さんが、また調子を崩しちゃって、診断してもらって、そしたら──」


 彼女の声が、止まる。 

 僕は一つ頷いて、彼女の言葉を待った。

 しばらくして、彼女は震える声で再び話し始めた。


「もう、なおすことはできない、都市の外に廃棄するしかないって言われて──。それでね、今朝、それを知った伯父さんが、王様に直談判してくるって言って、それで──」


 彼女の下に、伯父に関する知らせが届いたのは、今日の昼過ぎ。Lという店に着いてすぐのことだったようだ。

 父親に回復の見込みがないと知って、それに追い打ちをかけるような伯父さんの一件だ。


 大変だったろう。

 つらかったろう、苦しかったろう。


 彼女に同情すると同時に、僕の中で、ふつふつと湧き上がるものがあった。


 僕はそっと立ち上がった。

 彼女が、驚いたように、怯えたように顔を上げる。

 僕は、彼女に優しく布団をかけてあげた。温かくしておいで、また明日来るからね。

 そのまま、静かに彼女の部屋を後にする。


 はらわたが煮えくり返るというのは、きっとこういう状態なのだろう。

 彼女が、いったい何をしたというのだ。彼女が王に、何をしたというのだ。

 だのに、王は彼女に何をした? 

 脳内回路が、焼き切れそうなほど、体が熱を持っている。


 怒り。そう、怒りだ。


 こんな感情を持ったまま、彼女のそばに居続けたくはなかった。

 怒りで、どうにかしてしまいそうだ。

 誰が悪い? なんで彼女が悲しんでいる?  


 答えは一つだ。


 ああ、もしかしたら僕の脳内回路は、さっきの一瞬で焼き切れてしまったのかもしれない。

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